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聖炎式の下準備②

 廊下を歩いていた王子は、大きな歓声が聞こえ、びくっ、と肩を揺らした。ゆっくりと振り返り笑顔になると、前を向いて歩いて行く。

「はぁ……疲れたよぉ……」

 部屋に戻った王子が扉を開けながら力なく呟いた。演説のときの精悍な顔は見る影もない。

 よろよろと歩き部屋の隅に置いてある石の長椅子に座ると、着ていた防具一式をだらだらと脱ぎ、下着姿のまま倒れ込むように大理石の床に寝転んだ。

「あぁ……やっと終わったよぉ……。はぁ~……冷たくて……キモチいい……」

 うつ伏せのまま両手両足をピンと伸ばすと、そのまま大の字に広げ大理石に頬ずりを始めた王子は目を閉じて微笑んでいる。


「……またそんな……行儀の悪いことをするんじゃない」

 ノックもせずに扉を開けた白いローブの男が、その様子を見て溜息をついた。

「あっ……アマティ! もうボクは王子の影武者の役目は終わったんでしょ? ほら、早く帰る用意しようよ」

 王子(?)はそう言ってすぐに立ち上がると、そのまま胸に飛び込んだ。グリーブを脱いで小さくなった王子(?)の頭がアマティの鳩尾に入る。

「……ってぇ……リラ、お前、また腕に切り傷できてるじゃねぇか。この鎧は内着を着てからだと言ってるだろうが」

 驚く様子もなくアマティと呼ばれた男は、王子と呼ばれていた者をリラと呼んだ。

「だって、アレって銀の糸で編んでるからさ、何かぞわぞわして肌触りが気持ち悪いんだよ……」

 アマティは身震いするリラを見ると、ローブから取り出した木製の小さな容器のふたを開け、リラの腕にできた傷に塗った。

「ありがとー」

 笑顔を向けるリラを見て、小さく溜息をついたアマティは、少し奥に置いてあるベッドまで歩き、ヘッドボードの上に小さな容器を置くと、側の窓を開ける。

「まだお前にはすることが残ってるんだ。ほら、準備するぞ」

 そう言いながら、ローブの中からハサミを取り出すと、石の長椅子に座るよう顔で合図をした。

「えーっ……もういいじゃーん。今日で終わりって言ったのにー」

 石の長椅子にちょこんと座り、ぶらぶらさせた自身の足を見ながら不満そうに話すリラ。

 

 気にすることなく壁に大きな鏡を立てかけたアマティは、リラの頭を持って前を向かせた。

「まぁ……六年間ご苦労だったが……王宮(ここ)の暮らしも悪いもんじゃないだろう?」

「うん、みんな優しくしてくれるし。でも、もういいかな。……それより、早くボクと一緒に帰って結婚しようよ!」

「……動くなよ……」

 話をそらすように言ったアマティが、細かくハサミを動かしリラの髪を切り揃えている。

 ふと、リラは手に持っている自身の髪に気づいた。

「あっ、この髪、どうするの?」

「……持っとけ」

 ぶっきらぼうに言ったアマティは、そのまま無言でリラの後ろ髪を見つめた。リラはすねた様子で口を膨らませ、落ちた髪を足で触っている。

「あー、髪は後で掃除しておくから気にするな」

「……掃除はボクがするけどさ。……何でアマティは治療とか手術もできて、薬も作ってるし、戦いにも行ってさ……散髪もできるの?」

 鏡の中で目が合ったアマティに話しかけるリラ。

「……俺は何でもできるし、上手いんだよ」

 アマティはリラの横髪を切り揃えながら言った。

「……よくメイドたちの髪も切ってるよね。仕事じゃないのにさ」

「……動くな」

 そう言ったアマティは、口を尖らせてうつむこうとしたリラの頭を両手で掴んで前を向かせ鏡で確認すると、リラの前に回り前髪を切りながら話を続ける。

「……まぁ、お前には分からないだろうが、全部、仕事みたいなもんだ。俺がこうやって髪を切るのも、な」

「あー、そーですかー」

 そっけなく大声で言ったリラが、目を閉じて口を膨らませた。その様子を見て軽く溜息をついたアマティは、そのまま髪を切る。

 ……いつも子ども扱いしてさー。……子どもだけど。でも、ボクだって何も分からないままルチェーレ(ここ)に来て頑張って来たんだから、もう少し褒めてくれてもいいよね! ……あ、切り終わったんだ。櫛で髪をとかしてくれてる……

 目を閉じたことで、髪を切るハサミの音と、アマティの手が頭に触れる感覚が鋭くなったリラがぼんやりと考えている。


 ――ドン、ドン

「あぁ、どうぞ……」


 ……髪を切られてるだけで、こんな嬉しい気持ちって、みんな感じてるってことだよね……

 目を閉じてもやもやと考えるリラは、扉をノックした音も、アマティが返事をした声も聞こえていない。

「ほら、最初の客人だ」

 目を閉じたままのリラを見て軽く頭を叩くアマティ。ゆっくり目を開けたリラは、鏡に映る自分を見て目を見開いた。

「……これ……ボク? すごく……可愛く……ない?」

「あぁ? リラが可愛いのは昔からだろ。そんなことよりさっさと着替え……」

 頬を赤らめたまま笑みを浮かべたリラが、扉の方を向くアマティに飛びついた。

「……失礼します」

 大きな声が聞こえ、扉が開く。

「……ってぇ……またかよ……。おいリラ、客が来たんだ、キチンとしろ!」

 アマティに抱き着いたままゆっくりと視線を扉の方へ向けたリラは、廊下に立っている三人の男に気づき、自身の下着姿を見つめると更に顔を赤くした。 

「ああああっ! ちょっ、待って! 見ちゃダメ!」

 リラはそう言うと、ベッドの上に置かれていた薄い水色のローブを手に取り、しゃがんで着替える。三人の男は、その様子を見て顔を見合わせ困惑した表情を見せた。


「あの……今、ソラ王子をリラと呼んだように聞こえたんですが……」

 ボロボロの布が巻かれたグリップの長剣を携えた男が、頭をかきながら嫌々敬語を使っているような不躾な喋り方でアマティに話しかけた。

「えっと……俺には王子が一瞬、女に見えましたが……」

 ボロボロの包丁を握り、恥ずかしそうに後ろを向いて話す男。

「……ぼくにも女に見えます。……先ほどのソラ王子とは、背が十センチ以上、違いますし別人でしょうけど……」

 ボロボロの羽ペンを持ったまま、腕を組んだ男もゆっくりと後ろを向いた。


 ベッドの後ろに回ったリラが、ちょこっと顔を出し扉の前に立った男たちを見ている。

「……あと六日……それまで他言しないと守れるヤツは、部屋に入って扉を閉めろ」

 アマティは面倒そうに歩きながら言うと、部屋の中央に置いてあるテーブルの椅子に座り視線をリラに向けた。

 三人の男たちは顔を見合わすと、小さく頷いてから部屋に入る。

 羽ペンを持った男が、廊下を見回してからゆっくりと扉を閉めた。


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