王族の血統の意味を知る下準備③
* * *
扉を閉めた王妃が口元を緩めると、リラを見つめながら歩き椅子に座った。
「王族たる大人も、色々と考えることがあるのよ。ねぇ、アマティ」
「それはまぁ……」
自室に戻ったと思っていた王妃が、再び来るとは思わず苦笑いしながら答えるアマティ。
「でも、王妃が美しさを求めるのは、民にとって何も意味がないですよね!」
ベッドから飛び降り、苦笑いするアマティの横に立ったリラが王妃を指差しながら大きな声を出した。
「それは違います。私が美しければ、健康であれば、長く生きれば、それだけ子を増やすことができるでしょう? それが真の王家の血筋となるのです」
「……それが民のためとなる?」
首を傾げながら隣に立つアマティに聞くリラ。怖いもの知らずと言えば聞こえはいいが、無知なリラに苦笑いするしかないアマティ。
『王妃の言いたいことも分かります。民と区別する一方で、王家にとって婚姻などの選択肢を増やしておくに越したことはありません。しかし、分け隔てなく王家に迎い入れるといった考え方は、慎重に議論しなければならないと思いますが』
六年前、王妃に助言した言葉を思い出していたアマティは、考えが変わっていないことが分かり大きく溜息をついた。
寂しそうな瞳をしてリラを見つめていた王妃が、大きく息を吐いてから口を開く。
「例えば……愛し合う者と一緒になれば、自然と子を欲しくなりますね?」
「そ、それは……まぁ……」
そう言ってちらりとアマティを見ると、顔を赤くしてうつむくリラ。それを見て寂しそうに微笑んだ王妃が話を続ける。
「では、愛した人の子を産めない女性に価値はあると思いますか?」
「価値? 愛し合ってるなら、子を産めなくても関係ないでしょ?」
「……リラ。あなたがアマティの子を産めないと分かったらどう? 今と同じことが言える?」
「……っ」
不思議そうな顔をしていたリラは、王妃の言葉を聞いて目を見開いた。そして、胸の辺りを手で押さえると、ゆっくりと側にあった椅子に座る。
……王妃はオルトベラ王の所業を知っている? 銀板を見たのだろうか……
見つめるアマティの考えを見透かしたかのように目を閉じて笑みを浮かべる王妃。
「……ただの移住民を優しく迎え入れてくれた恩義に応えようとしても、自然の摂理には勝てなかった。相性、そんな言葉で片づけられた挙句、見向きもされなくなった女にどんな価値があるのか……リラ、あなたは分かりますか?」
両手を握り締め、肩を震わせながら話す王妃が静かにリラに話しかけた。
「……でも……それでもボクは……アマティと一緒にいたいな、って思います。子がいなくても、ずっと一緒に……」
「そうでしょうね。それは民であれば、二人で幸せに暮らせるでしょう。しかし王族はそうはいきません。家系を絶やすわけにはいかない。だから子を産まなければならないのです。国のために……」
そう話す王妃の真剣な目を見つめたリラは、王妃自身の話をしていることに気づいたが言葉が出てこない。
「まぁ、そう言うことだリラ。良い、悪いじゃない。自分が信じる方へ進むしかないんだ」
うつむくリラの頭に手を乗せたアマティが言った。
「だから、ルチェーレという名を保護し、高貴族の位も守ると決めた。それも、大人の事情よ……」
寂しそうな顔をしているリラを見て話しを終わらせた王妃が席を立つと、足早に扉の側へ行ったアマティが王妃に耳打ちをする。
「ソラ王子が戻られましたので、これからのことを話し合われた方がよろしいかと。あと……リラに毒の類は無駄です……」
「……アマティ、実は私も……黄葡萄の匂いが分かるのですよ。これがどういうことか、医術師の見解を教えてくださいね」
リラに背中を向けたまま話す王妃が、そう言って少しだけ視線をアマティに向けた。
……リラの食事に毒を入れたのは王妃ではない……
一瞬、王妃と視線がぶつかったアマティが、笑みを浮かべながら扉を開きゆっくりと頭を下げる。
「……例えば、毒の耐性があっても、物忘れには関係ないのですね、大人でも子どもでも。
……聖炎式まで日はありませんが、身の振り方を考えましょう。お互いのために……」
頭を下げたアマティの前で、小さな声で言った王妃は部屋を出ると、廊下で待つメイドを連れ歩いて行った。
* * *
リラは寂しそうに部屋を出て行く王妃の姿を思い出しながら、アマティの耳元に口を近づけて話しかける。
「王妃が言ってた……名前を保護するって話は関係あるのかなぁ……」
「あぁ……それが王族を絶やさないために王妃が考えたことだよ……」
「でも、子を産めないって……」
「うん、まぁ……それも大人の事情ってのがあるんだよ」
小さな声で話すリラに、アマティはこれ以上、話すことはできないと、リラの頭をポンポンと撫で話を終わらせた。
人差し指を口に当てて考えていたリラは、首を傾げると、その手をアマティの耳元に当て小さく話し始めた。
「……ソラは……王と……王妃の子じゃない……の……?」
「……どうしてそう思う?」
王妃が子を産めないと言ったことはさておき、どうしてそう思うのか単純に知りたかったアマティがリラに聞き返す。
どうしてそう思ったのかは自分でも分からないところもあったが、オルトベラ王の遠征に同行し、各地で戦いをしてきたリラも朧げに疑問は感じていた。
「……何かね、ソラ王子にはオルトベラ王の匂いがしないの。どっちかというと、王妃の匂いで……」
……あれっ? フィオーレがボクを匂ってたのって、そういうこと?
アマティの話の途中で、昨日の様子を思い出したリラがフィオーレの方を向きぼんやりと考えると、話の途中だったとアマティの方を向く。
「だからね、王妃は子どもを産めないんじゃなくて、本当に相性なのかな、って……」
そう言いながら顔を赤らめたリラがうつむいた。
これ以上はダメだ、そう言うように苦笑いをしながらアバドを見つめるアマティ。
アバドは、いいですよ、と笑顔を向ける。