王族の血統の意味を知る下準備①
「で、何だ? リラとの結婚の話か?」
持ってきたパンを食べながらアマティが言うと、肩がびくっとしたが、そのまま食事を続けるリラ。
他の者たちが食事を始める中、リヴェールが口を開く。
「……それもありますが、昨日アバドから話を聞いて……どちらかと言うと建国に関してなのですが……」
そう言って隣に座るアバドを見るリヴェール。その視線に気づき、美味しそうに食事をするリラを見ていたアバドがアマティの方を向いた。
「自分……リレ、スタナ、セルモド、南に位置する三国を一か月ずつ調査しました。想像以上に過疎化が酷く、人口も五万から八万人程度です。突出した産業も無く、農地はありますが、川が無いため水資源が乏しく、加えて開墾する人もいない。王族がルチェーレに装飾品を売り、それを民に配分しているそうです」
アバドの話を聞いて深刻な顔をしたアマティがワインを口にする。
農業には水資源が無ければ話にならない。開墾、開発にしても人手は必要だ。産業も何も無いただ人が多いだけの国、ルチェーレを中心に六国が手を取り合ってイセタリブを支えようとする考えは無謀なのか。
ゆっくりとコップを置いたアマティが小さく息を吐くと、アバドを見ながら口を開いた。
「……セルモドは建国できそうか?」
「……アマティは色々、知ってるんですね。自分はセガノト様の指示で……調査も兼ねてセルモドに行きましたが……正直、何をしていいか分かりません。リレ、スタナは、まだ可能性はありますが……」
少し悔しそうに話すアバド。他の者たちはその話が聞こえていないのか、アバドに気を使っているのか食事を続けている。
食事をする手が止まったアバドを眺めていたアマティが、何かに気づき席を立った。
「そうだ……この銀の盾は返しとくぜ。使っていた盾は……まぁ、聖炎式までに持ってきてくれ」
「分かりました……」
自身の顔より少し長い銀の盾を受け取ったアバドは、アマティの顔を見つめるとゆっくりと席を立った。無言のまま歩き、部屋の隅に置かれた石の長椅子に座る。
その様子を横目で見ながら、話しかけてはならない雰囲気を感じ、重苦しい空気の中、食事を続けるフィオーレたち。
自身の顎に触り、少し考えた様子のアマティは、席に着くことなく、アバドの様子を伺っている。
……盾の取っ手を押し、一回転させてから下に……
真剣な顔で銀の盾を動かすアバド。
「……っ!」
カシャっと小さな音がすると、銀の盾が二つに分かれた。
その裏に埋め込まれた銀板に書かれてある文字を読んだアバドが、無言でアマティを見つめる。
……読め、と?
そんな目を向けたアマティは、軽く頷くとアバドに渡された銀板を読み始めた。
《卑下の国ルチェーレスと、傲慢なる国レリンアドを侵攻せよ、と神の啓示があった ルチェーレ・オルトベラ》
すぐに読み終えたアマティは血の気が引く感覚に襲われ、アバドの隣に座り込んだ。
「恐らく王の……初期の私記でしょう。最初にこの話をセルモドに持ち掛けたそうです。この侵攻で父は亡くなりました。そして、しばらくオルトベラ王はセルモドに滞在した後、生まれたのが自分です。父の家系の方から私記を見せてもらいました。この銀の盾は、その時の恩賞なのか、父の形見なのかは分かりませんが……」
「その話は、他の者たちには……」
「していません。昨日、食堂で話したのは建国についてのみです」
互いの耳元に口を近づけ小声で話すアマティとアバド。
その時代を後世に伝えるために書かれた書簡。それがまとめられ、綴られたものが古書となる。それが保管されるものもあったが、紙は長期保存ができないうえ、簡単に書き換えや焼失があり、記録として残すことは難しく様々な弊害を生んでいた。
何か代わりのものとして目に留まったのが銀板。鉱脈に囲まれたイセタリブ大陸は銀も豊富に取れ、鉱石の加工技術の研究は盛んに行われていた。
その中のひとつ、ルチェーレ管轄の銀の加工所が目に留まる。そこで銀板の製造が決まると、国監視のもと書簡を精査することになり、保管されていた大陸中の伝書が集まるようになった。
後世に伝えるべき史記や技術を内務官たちが精査し、銀板に清書される。そこに国印が押されていれば国秘扱いの国宝。王のサインだけでも同じこと。
重要な事柄を伝える銀板もあったが、多くは王族のためだけに作られ、ごく限られた者しか制作に携われなかった。
そんな銀板も、自分を語るための私記や戦記、財産を隠す地図や遺言など、一部の王族を名乗る者や高貴族など製作する者が増えて行く。
そしてそれを狙う者、隠そうとする者など、密かに争いごとも増え、制作自体が秘密裏に行われていくようになった。
食事をするリラに視線をやったアマティは、アバドに視線を戻し小声で話しかける。
「そうか……。他に……アバドの父について……セルモド王のことは何か書かれていたか?」
「自分が見た書簡で銀板になっているのはこれだけでしたが……」
そう言ってうつむくアバド。何かしらの予感が襲い、頭をかくアマティが口を開く。
「……まぁ、表に出る国秘もあるよな……」
「……自分は、その……改ざんされている可能性もありますが……もう父は亡くなっていて……計算が合わなく……自分は捕虜と思っていたのに……」
しどろもどろに話すアバドの話を聞きながら、やはりか、と溜息をつき肩を落としたアマティは、自身の口を隠すと小さな声で話し始める。
「……その件についてどうする? ここいる者たちと話すか?」
「アマティは知って……何か確証があったんですか?」
「あぁ。オルトベラ王が持つ銀板の私記を見たことがある。お前たちが信じるかどうかは別だが」
口に手を当てて考えるアバドは、楽しそうに食事をするフィオーレたちを見つめた。
「……自分の生い立ちに触れないように話はできますか?」
「……できればそうしたいが……」
アバドは口ごもるアマティを見て、アマティ自身にも話が及ぶのかもしれない、そう考え笑顔を向ける。
「……自分のことも含め、今の話はアマティにお任せします」
そう言って頭を下げたアバドの背中をぽん、と軽く叩いたアマティが立ち上がり、リラの横に座る。続いてアバドも席に着いた。