嫌悪が芽生える下準備④
「銀板のことはさておき……セガノトから、リラとの婚姻の話を聞きました。ソラも希望していることも……」
「その話は、リラがアバドを見つけたので無効ということになっています」
冷ややかな目で話す王妃にそう答えたアマティ。実際は保留になっている。
アマティの言葉を聞いて笑みを浮かべた王妃は、ワインを口にすると更に大きな笑みを浮かべた。
「……ソラが皇太子に即位したと同時に五国の子らも皇太子に。王は譲位する形でソラがルチェーレ王に即位。すぐに五国にも譲位を勧告し、ソラはイセタリブ王になるのです」
嬉しそうな王妃の話の途中で、目を見開いてアマティを見ると、乾いた笑みを浮かべるセガノト。
「それでは式典の意味をなさないし、各地方の民から反感を買うかもしれませんが?」
テーブルの上に両手を乗せたアマティは、無駄なことと分かりながら静かに王妃に言った。
「問題ないでしょう。後見人に私もいますし、ルチェーレにこだわる必要もないので、セガノトが補佐官を使って管理すればいいだけ。暇をしている騎士たちも戦いに出たいでしょう。……準備をしていたのはあなただけではないのですよ」
『それではオルトベラ王が行った侵攻と同じことでしょう!』そう怒鳴りたい気持ちを押さえたアマティは、大きく息を吐いてからテーブルの上に置かれた樽からワインを注ぎ一口飲んだ。気持ちが落ち着いたことを確認してから口を開く。
「……では、王はソラ王子が過ごされたジェルードにて療養されるのがいいかと。オレとリラで道中の護衛、以降の警護をいたします」
そう話すアマティを意外そうな顔で見つめた王妃は、横に座るセガノトに視線を向けた。
……アマティがいなくなれば、城内の士気が落ちるかもしれない。……今の話もするべきではなかった。気まぐれな王妃の抑止を手放すのは惜しいが、それでも、事を進めやすくなるに越したことはない。もし、これからのことが失敗したときのため、責任の所在も含め王が生きていた方が何かとやりやすい……
王妃を横目で見たセガノトは、顎に手を当て、ワインを口にしてからアマティに話しかける。
「……それは、無くなった銀板も含め、ジェルードが怪しいと?」
「オレは王から受けた恩を返したいだけ。優先する方の指示を出してくれたらそう動く。ルチェーレを出たところでオレは変わらない。まぁ、昔みたいに黄葡萄の調査をしてのんびり暮らしたいのもあるが」
「とりあえずはその方向で考えてみます。王妃もよろしいですね?」
深刻そうな顔をしたセガノトがアマティを見ながら王妃に言った。
「えぇ。……ではセガノト、アマティ……これからも頼みますよ……」
そう言った王妃は席を立つと、すぐにセガノトが扉を開け、外で待つメイドを呼ぶ。
ゆっくりと歩く王妃が部屋を後にすると、再び扉を閉めたセガノトが席に着くと、テーブルの上の両手を乗せ、のんびりと肉を食べるアマティに話しかけた。
「王妃もまた、オルトベラ王の意志に影響されているのだろうが……あの思想は……」
そう言いながら両手を組み、小さく首を振るセガノト。
「不老に加え、不死の希望も出て来たんだ。まぁ、オレの……セガノトの計画があるんだとしたら、あの思想は厄介ではあるな」
「アマティ! ……どうするんだ!」
呟くように話したアマティが席を立つと、セガノトが声を荒げた。
「どうもこうもないさ。オレの考えは変わっない。王妃が言った五国の王子に国を再建させる。正直、その後のことは成り行きに任せるしかないが、それは賛同する。が……」
イセタリブ国を作っても意味は無い。口ごもったアマティの言うことを理解していたセガノトは、自身の理想と王妃の思想との狭間で悩んでいるように見える。
「王妃はリラがいるからと、クリアミニを取れると思っているのだろうが……」
「あの森を簡単に考えているんだろうが、オレはジェルードを軽視し過ぎてるように思うが?」
小さく頷いたセガノトがアマティに目を向ける。
「……どうしてレハールを助ける……」
「オレも助けられた恩義。リラを守ることも託された。できるなら昔のように、ひっそり三人で暮らしたい。それだけだよ……」
そう言ったアマティは、テーブルに置かれたパンを一つ持ってから部屋を後にした。
離れまで戻って来たアマティは部屋の前の人影に気づく。
「あ、朝食のまかないとワイン、持って来たので」
そう言って銀色のカートの上に置かれた料理を見せるステーロ。
「それはありがたいが……どうした?」
「ま、とりあえず飯でも食いながら、な」
もう一台の銀色のカートを持ったフィオーレが言った。苦笑いしながら近づいてきたアマティが扉を開ける。
ベッドの上の布団にくるまれ寝ているリラ。その姿を見て溜息をついたアマティがフィオーレとステーロに続いて入って来るリヴェールとアバドを見つめる。
「あぁ、リラのことはいいから適当に座って食べるか……」
カートからテーブルに並べる食器の音、料理のいい香りに気づいたリラが薄っすら目を開けた。
……アマティは? ……? ……何でっ!
大きく目を開けたリラは、恥ずかしそうに顔を赤くすると、状況を理解して、枕元に置いていた薄い水色のローブを手に取り布団の中で着る。
「アマティ、ご飯なら先に起こしてよ!」
布団から出て来たリラが頬を膨らませた。
「あぁ、オレも予定外だったんだが……。まぁ、とりあえず知らないヤツじゃないんだ。何か話があるんだろうから」
そう言って椅子を引くアマティ。ぼさぼさの髪の毛を触りながらアマティの横の席に座るリラ。その対面に座る全員のワインを注ぎ終わったアバドが最後に席に着いた。
「一番年上のお前がやることじゃないだろう?」
「あぁ、いえ。自分、迷惑かけてますから」
苦笑いしながら答えたアバド。
「とりあえず食おうぜ。話はそれからだ」
「そうですね」
「じゃぁ、いただきます」
フィオーレが食事に手を付けながら言うと、ステーロが相槌を打ち、リヴェールが頭を下げた。
「いただきまーっす……」
眠そうに頭を下げるリラ。