疑惑に触れる下準備②
「よく生きてたな……。その、フィオーレの違和感って、霧の毒のせいなわけだ」
口を動かしながら聞いたステーロがワインを一口飲んだ。
「……今のいままで考えたことは無かったが、その霧に毒があるんなら、こうして飲んでるワインはどうなんだ、って話だろ?」
そう言ってワインを飲み干すフィオーレ。
「ワインは熟した実を発酵させてるから、毒素が消えてるんだ」
やはり料理のことはステーロの方が詳しいな、そんな笑みを浮かべていたフィオーレが顔をしかめる。
「……で、問題はリヴェールだ。その場にいたセガノトから何か話を聞いているのかもしれない」
「アバドのこともそうだけど、俺らには情報が無いからね。けど……正直、俺はリラとの結婚はどうでもいいんだ。どうしてフィオーレが好意……なのか敵意? なのか分からない感情をぶつけてるのかな、って」
「あぁ、いや……俺も分からねぇんだよ。髪を切ったアイツの姿を見て、何か頭がムズムズするっていうか……戦ってるときとは違う何かを、思い出した気がしたんだが…………ああああっ!」
考えがまとまらない様子のフィオーレは、背もたれに寄りかかると、大きな声を上げて天井を眺めた。
ステーロが持ってきた料理をテーブルの上に並べ終えたリラとアマティが並んで座っている。
「いっただきまーす」
テーブルに並べられた料理を前に手を合わせたリラが言うと、フォークを手にしてから食堂に並べられていたものと同じ肉を食べ始めた。
「……どうだ?」
「うん、ちょっと舌がビリビリするけど、美味しいね!」
その様子を見ながら、二つ並べたコップにワインを注ぐアマティは笑顔で口を動かすリラの前に、ワインとステーロが作ったまかない料理を置く。
「とりあえずワインを飲んでから、こっちも食べろよ」
「はーい。…………こっちの料理も美味しいね。食べやすいよ」
……黄葡萄の実を乾燥させたものが入っている……。指示を出すにしても限られた者しかできないわけだが……
ワインを飲んで、まかない料理を食べるリラの言葉を聞いて、少し考えた様子のアマティもまかない料理を食べる。
「あれ? アマティはこっちの料理、食べないの?」
「あぁ、食べていいぞ。残ったら穴に捨てるからな」
「えーっ、もったいなーい!」
そう言って料理を口にするリラ。
……クリアミニ侵攻は止めるべきだったのか……
無邪気に料理を食べるリラを見ながら、アマティも八年前のことを思い出していた。
* * *
前に見える小川の手前で馬が止まった。反動で川に落ちるオルトベラ王。フィオーレが乗った馬は、川の前で前足を上げて大きく鳴くと、ゆっくりと小川の中へ入り水を飲んでいる。
「……何だ、今の鳴き声は?」
川幅は六メートルほどの対岸に作られた小さな小屋の中、麻の布で作った簡素な服を着た男が言った。すぐに外へ出ると、川の浅瀬の綺麗な水の中に立つ馬に気づく。
……水の中に人が!
すぐに川の中に入った男は、オルトベラ王の背中から両脇を持ち上げて運び、地面に寝かせた。
「レハール様、今の鳴き声は……」
小屋の裏から、慌てた様子で駆け付けた白いローブを着た男が声をかける。
「あぁ、この者たちがやってきたのだが……」
「ごはっ! ごはっ!」
レハールの話の途中で苦しそうにせき込むと、目を見開くオルトベラ王。
「……この銀の鎧といい、高貴な方と思われる……があっ!」
歩いて来る白いローブの男の方を向いて話していたレハールが、苦しそうな声を上げた。
「レハール様!」
レハールの腹から突き出した短剣に気づき、声を上げた白いローブの男は、背後からレハールを刺していたオルトベラ王が持つ短剣を奪う。
「…………」
無言のまま、血走った眼でレハールから流れる血を見ているオルトベラ王。
「ねー、どうしたのー? ……えっ!? お父さん! どうしたの! ねぇ!」
小屋の後ろから出て来た子どもが声をかけると、惨状に気づき涙を浮かべながらレハールの側に駆け寄ってきた。
「見るな! くっ、くそっ! 何だ、お前らは!」
駆け寄ってくる子に気づき、そう怒鳴った白いローブ着た男は、オルトベラ王の腰にかかったもう一本の短剣を奪い、大きく振り上げた。
「アマティ! ……ダメ……だ……」
そう言って、アマティの足を掴みうずくまるレハール。
「お父さん! お父さん!」
アマティはレハールの側で泣きじゃく子を見ながら鞘を奪い二本の短剣を収めると、それでオルトベラ王の後頭部を殴った。すぐに着ていたローブを千切りレハールの腹に巻く。
「アマティ! お父さんが、お父さんが!」
アマティは泣きじゃくる子の頭を撫でてから笑みを向けると、レハールに巻いた白いローブが真っ赤に染まって行く様を見て歯を食いしばる。
……早くしなければ!
小川で水を飲むオルトベラ王が乗っていた馬を引き森の中を見つめると、レハールを抱え上げ馬の首に掴まらせた。すぐに振り返り、泣きじゃくる子に声をかけるアマティ。
「これからコイツらの陣営に行ってレハール様の治療をしてくる。お前はここで待っていろ!」
「わ、わたしも行く!」
涙を拭った子は大きな声を出すとアマティを見つめる。
「……事態は一刻を争う。お前がいると話がややこしくなるかもしれない。……この貴族は毒に侵されている。もうダメだ。だが、この馬の上のヤツは何とかなるかもしれん。レハール様も、だ。後は任せる」
涙を浮かべたまま歯を食いしばる子どもは、無言で頷くと、手に持っていた炭をアマティに渡した。それを手に取ったアマティは、微笑みながら自身のローブを少し破る。
そして、炭を半分に折り、ひとつを咥えもうひとつをレハールの口に当てると、破ったローブで固定した。子どもを見つめ、小さく頷くと、険しい顔になったアマティは馬に飛び乗り森の中を駆けて行った。
『アマティ……リラのことを……頼む――』
* * *