頼れる友人
残念ながらしばらくヒーローは登場しません……。
そして翌日。
授業中にも関わらず、私の頭の中は昨日出会った傾国の美男子こと、ノア・カルーア・ナーバンでいっぱいだった。
現ナーバン公爵の次男で、私と同い年で、特進クラス。
容姿端麗・文武両道の完璧超人だけど、かなり女癖が悪いという噂がある。しかし、今のところ揉め事になったと聞いたことはないので、かなり上手くやっているらしい。
私が知っているのはこれぐらい。
自分の持っている情報の少なさに絶望しかない。
「ではアルメリアさん、問2の答えはなんですか?」
さて、彼との一夜の思い出を作ると決めたはいいけれど、どうしたらいいのだろう?
とりあえず特進クラスには入るべき、だよね?
特進とそうでないクラスでは、授業時間外も含めまったく接点がない。入学前からの顔見知りでもない限り、クラスが違うのにお話しすることはほぼ不可能なのだ。
しかし、この学園では四月、つまり学年が変わるときにクラス分けテストがある。そこで上位層に入ることができれば、特進クラスの仲間入りが可能だ。
「アルメリアさん?」
「え、へぁ、はい?」
大きな声で呼ばれて驚いた。
前を見れば、先生が顔を顰めてこちらを見ているではないか。
「あの、どうかしましたか?」
「それはこちらの台詞です。私は先ほど、あなたに問2を答えるよう言ったはずなのですが」
全然聞いてなかった……。これは某次男坊のせいってことでいいだろう。
「す、すみません。問2の答えは……37だと思います」
「正解です。授業にはちゃんと集中して取り組んでくださいね」
私が頷けば、先生は満足したようで授業はまた滞りなく進んでいく。
午前の授業が終わって、昼食の時間。私は改めて先程の計画について考えていた。ミモザは他の子と食べるらしく、今日はいない。いつもなら一人は寂しいけれど、考え事をするには最適だ。
それで、えっと。特進クラスへの仲間入りはとにかく頑張って勉強するしかないとして。
問題は無事に特進クラスに入れた後のことだ。
どうすれば、彼は私と遊んでくれるのか。
向こうは美女がよりどりみどりなんだ。私の顔もそこそこいけてるとは思うけど、彼のお眼鏡に叶う自信はない。どうしよう。
相手の好みを知り、できる限りそれに寄せてみるとか。
結構いい案なんじゃないか?スタンダードではあるけれど、だからこそ効果はあるはず。
よし、今後の方向性も決まったし、まずは午後の授業に集中しよう。
午後の授業も終わり、夕食後。私はミモザの部屋に突撃していた。
この学園の寮はやんごとなき御身分の人間がたくさん在籍しているため、基本的には異性・同性問わず他人の部屋に行くには申請をしなければならない。
が、友人の部屋に遊びに行くためだけにそんな面倒な手順を踏む生徒は少なく、学園側も自己責任だからと黙認しているのが現状だ。
ただ、婚約者のいる人の場合は、異性が訪れる際はきちんと申請をするのが暗黙のルールだったりする。変な疑いをかけられては困るからだ。
とまあそんなわけで、寮母さんの許可無しに突撃した私を、ミモザは暖かく迎え入れて、はくれなかった。
「急に来られたらびっくりするじゃん!本人の了承はとってからきなよ」
「冷たいわね。私とあなたの仲じゃないの」
「親しき仲にも礼儀あり、って二、三日前のあなたが言ってたよ」
あれこれと言い合いつつも、ミモザは扉を開けて私を部屋に入れてくれた。ミモザはいつも最後には折れてくれる。多分私のことが好きだからだろう。
「で、お嬢様はいったいなんの御用ですか?私、明日提出の課題まだ終わってないから忙しいんだけど」
「ノア・カルーア・ターバンについて知っていることを教えて欲しい。特に好みのタイプとかね。お願い」
「無視しないでよ。それで、ノア・ターバンって、あの?それに好みのタイプって……まさかあなた」
「えーっと、えへへ」
「やめときなって。どうせ使い捨てられるのがオチよ」
「むしろそれが目的だったりしちゃったり?」
ここにはミモザと私の二人だけなので、私の言葉遣いを咎める人はいない。気楽に話せて最高だ。
「はい?イヴってば、何言ってんの?」
「私はもう決めたんだよ!私はいずれろくでもない金持ちに嫁がなくちゃいけないんだもん」
思い出ぐらい作ったってバチあたんないよね
私がそう言えば、ミモザはあんぐりと口を空けて固まってしまった。彼女の手からペンが滑り落ちる。
「思い出作り、ねぇ。それより、ろくでもない金持ちに嫁がなきゃってどういうこと?」
ミモザはなんとも言えない顔でこちらを見る。どうやら私の発言を疑っているらしい。
「私の家がお金がなさすぎて没落寸前なのは知ってるでしょ?」
「それは知ってるけど、でも。貴族なんてお金がない方が珍しいし、あなた顔と外面はいいんだから、まともな金持ちに嫁ぐこともできるんじゃないの?」
「まともな上にお金も持ってるお家が、数ある御令嬢の中からわざわざ一度婚約破棄された令嬢を迎え入れるとお思いで?」
貴族の世界ってのはめんどくさくて、婚約破棄なんて不名誉なことをされた人間を受け入れたがらない。
婚約していない恋人同士のお遊びは別に否定しないのに。
でも確かに、婚約っていうのはその名の通り、結婚の約束だ。
その約束を反故にされるような人間はろくな奴じゃないと思われても仕方がないのだ。実際には、破棄を言い出した奴の方がろくでもなかったとしても。
「でも別に、だれもイヴを避けたりしてないじゃん?イヴの気にしすぎじゃないの?」
「そんなあからさまに普段から避けられるようになるものじゃないんだよ。ただ、未来の夫人として迎え入れるなら、そういう過去のある人はない人より不安要素が大きいから選ばれにくいんだよ」
誰だって安牌を選びたい。それだけの話だ。
ミモザは床に落ちたペンを拾いながらため息をつく。
「相変わらず、お貴族様ってのは変なとこばっか気にするのね」
「そういうものなんだよ。まあ、浮気された挙句婚約破棄された私みたいなのからしたら迷惑な話だけどね」
って、そうじゃない。私はこんな話をしにここに来たわけじゃないんだ。
ノア・ターバンについて知っていることを教えてほしい。
私がもう一度そう頼むと、ミモザは仕方ない、とでも言いたげな顔をした。
ミモザはペンを机に置いて、私が座っているベッドに腰掛けながら言う。
「私も別に、そんなに詳しいわけじゃないんだけど」
「噂でも、なんでもいいから!おねがい」
「可愛くて、小動物っぽい子が好きって聞いたことある」
「小動物……」
泣かせがいがあるからじゃない?とミモザは笑っている。
「あとはそうだなー、めんどくさい人は嫌いらしい」
それはそうだろう。後腐れがあっては困るし。
小動物ってどうやったらなれるんだろう。
隣に座る頼れる友人を見あげる。
「ねえミモザ、私はどうやったら小動物みたいに可愛くなれると思う?」
ミモザはその言葉に待ってました!と言わんばかりに笑みを深め言った。
イメチェン、してみない?と。
「イメチェン」
「そう。イメージチェンジ。今のイヴも素敵だけど、可愛い系というよりかは綺麗系って感じだからね」
私はお母様譲りの真っ白な髪に、青空と同じ色の瞳を持っている。私のイベリスという名前はこの髪色からとられたらしい。
余談だけど、この国では女性の名前は花の名前が使われることが多い。男性はお酒の名前が主流だ。大抵の場合元からあるお酒の名前が使われるけれど、一部の王族や貴族は名前を決めてからその名前のお酒を新たに作らせたりもするらしい。金も権力も持った人たちは格が違う。
ミモザは私を姿見の前に立たせながら言う。
「例えばそうねえ、前髪を作るのはどう?後は髪をくくってみるとか」
今の私は前髪をつくらず、腰くらいまであるストレートの髪をそのまま流している。
「前髪……似合うかなあ」
「似合うにあう!」
ミモザはそう言うが、実際にそう思っているのかは謎だ。多分前髪のある私がみてみたいという好奇心しかないだろう。
でも確かに、前髪を作ると顔が幼くなると言うし、いいアイデアかもしれない。幼いと可愛いは近しいものの気がする。
「よし!今度の休みに切ってくることにする!」
「よく言った!それでこそイヴよ。後はスカートが長いから、もう少し丈を短くすればいいんじゃない?」
姿見にうつる制服を着た自分を見る。白のカッターシャツにチェック柄の紺のスカート、校章が金の刺繍で入れてある黒いブレザー。リボンは学年カラーの深緑。デザインはとても可愛い。けれどミモザの言う通り、膝が隠れるぐらいの丈のスカートはちょっと野暮ったく見える。
「というか、逆になんで今までそんなに長いスカートだったの?いくらあなたの家が貧乏だからってスカートを直すお金ぐらいあるでしょ?」
腐っても伯爵家なんだから、とミモザは言う。
ミモザの言う通りだ。別に直すお金がなかったわけじゃないし、校則で禁じられているわけでもない。ただ、元婚約者様が短いと騒ぐから、仕方なくこの丈でいたのだ。
「えーっと、元婚約者様の趣味的な?」
私がそう言うと、ミモザは呆れた顔をした。
「どうせあれでしょ?スカートが短いのは他の男を誘惑している!浮気だ!とか言ってたんでしょ」
大正解だ。もしかしたらミモザは元婚約者の良き理解者になれるのではなかろうか。
「今あなた気持ち悪いこと考えた?なんか悪寒がするんだけど」
私が顔に出やすいだけだったみたい。にっこりお上品に微笑んで誤魔化しておく。物凄く嫌そうな顔をされた。
時計を見ると、もうそれなりの時間だった。あまり長居しては明日に響く。それにミモザの課題提出が遅れたら私のせいにされそうだし、そろそろお暇しよう。
「今日はありがとう、ミモザ。私、頑張るね!」
頑張って使い捨てられてくるよ!
両手をぐっと握りしめ、決意をアピールする。
「はいはい、どういたしまして。あなたのそれはどう考えても使い捨てられたいとかいうのとは違う感情な気がするけど」
まぁいいか、とミモザが言う。
失礼な、私は邪な感情100%でお送りしていると言うのに。
むすっとした顔をしてみたけれど、ミモザには鼻で笑われて部屋を追い出されてしまった。