プロローグ2
人生、終わった――――
「冗談はお辞めになってください」
「そうですよ。寝言は寝て言わなきゃ」
「前者はともかく後者は悪口と捉えるよ?」
ソファに座りながら打ちひしがれる私に対して冷たい態度を取る彼女らは、私の専属侍女達だ。
ストレートの髪をきっちりお団子にしたしっかり者のダリアと、緩く波打つ髪を編み込みお団子にした元気いっぱいおてんば娘のベラ。見た目から喋り方まで、まるで正反対な二人だけど、私への敬意が微塵も感じられないという点では似ている。
「いやでも、確かにこれからお嬢様は大変ですね〜」
「本当にね……一体どうしたらいいのかしら」
あの日、私の説得も虚しく彼は意見を変えず、私は彼の部屋を追い出された。呼び出したのは彼だというのに。そして翌日にはオルドース伯爵家から正式に書状が届き、あれよあれよと言う間に婚約破棄が成立してしまったというわけだ。
そして今、私は実家から呼び出しを受け、ここに至るまでの経緯を説明し終えて実家の自室に閉じこもっている。
寮の設備もかなり整ってはいるけれど、やっぱり実家は落ち着く。ふかふかのソファ、天蓋付きの大きすぎるベッド、舌によく馴染む温かい紅茶。うん、実家最高!
とはいえ、いつまでもここにいるわけにもいかない。事実確認ももう終えたし、全ては終わったことなのだから。
お父様には彼が浮気をしていたらしいことも伝えてあったけれど、それについて何かできるわけでもない。せいぜい、慰謝料を多めにもぎ取るぐらいのものだ。
これから私はどうすれば良いのだろう。未婚でいるわけにもいかないけれど、犯罪仕立てのお金持ちに嫁ぐのは嫌だ。やっぱりどう転んでも終わりなんだ。
「お嬢様、そう悲観する必要はございません。世間にはお嬢様と似たような状況のご令息もいらっしゃるはずですから、そういった方を探せば良いのではありませんか」
「というか、どうせすぐに次が見つかるはずもないですし、次のお相手探しもかねて少しは羽目を外しても良いんじゃないですか?」
「私もそう思います。もうお嬢様は伯爵夫人となるための教育を受ける必要もなくなったわけですし」
確かに彼女達の言う通りかもしれない。時間ならたっぷりある。そうと決まれば、まずは学園への復帰だ。
友人によるとすでに婚約破棄の噂は学園中に広まっているらしい。なんでも、アルメリア家のお嬢様は婚約破棄がショックで実家に引きこもっているらしいとかなんとか。
実際には領地が学園から遠いところにあることとか、破棄の手続きとかその他諸々で復帰が遅くなっただけなんだけど。
決して自分の魅力のなさを痛感してちょっと傷ついたりはしていない。決して。
とにもかくにも、まずはその噂を払拭し、イベリス嬢はとっても元気であるとみんなに思ってもらわないと!
新しい恋もそこから始まるのだ。たぶん。
その後噂の払拭についてあれこれ画策しているうちにいつの間にやら日が落ちていて、私は両親と広い食卓を囲んでいた。
本当は兄も一緒だと良かったのだけれど、今日は友人の家に泊まっているのでこの場にはいない。
「今回のことはあまりに気に病まないようにね。こう言ってはなんだが、彼と結婚しない方がイヴは幸せになれると思うよ」
お父様は眉を下げて、優しい笑顔でそういった。お母様もその隣で何度も頷いている。
この縁談はもともとお父様が持ってきてくれたものだったので、もしかしたらお父様は私よりもよっぽど気落ちしているかもしれない。お父様は、それでも私を気遣ってくれる優しい人だ。
お母様もそうだ。私が嫁いだとき恥をかかないようにと、いろんなことを教えてくれた。手紙の書き方やテーブルマナーはお母様に教わった部分も多い。
ちなみにお兄様はよくダンスの練習相手になってくれていた。小さい頃、足を踏みすぎて本気で怒られたのは今も記憶に残っている。
「大丈夫です、お父様。私、もっと良い人を必ず見つけますから!」
「意気込むのは良いけれど、変な殿方に引っかかってはいけないわよ?」
お母様が心配そうな顔をしながら言った。私は同じミスは繰り返さないので大丈夫です。
安心して見守っていてほしい。
その後はこの場にいない兄のことや、お父様が視察中に出会った領民達の話など、いろんな話をして団欒のひとときを過ごした。