ルパン6世の俺は、お宝ではなく、あなたの世界最高の彼女を盗みます
俺の名前は、峰在世。
大怪盗ルパン6世である。
は? って思った奴。
信じられないかもしれないが、これはガチだ。
俺は物心がついた時から、盗みに必要な技術を骨の髄どころか、全ての細胞に叩きこまれ、令和の時代にも関わらず、怪盗なんて有り得ない事をしている。
こう見えても、この前ドバイの大富豪の屋敷から時価数十億ドルのダイヤを盗み、17歳と言う若さにしてルパン6世を継いだ泥棒の天才なんだぜ?
そしてそんな俺は、親父や爺さん曰く、才能だけならルパン一族最強らしい。
が最高の怪盗ではないみたいだ。
俺にはとある大きな欠陥があるせいで、初代様や3世様には及ばないと言われている。
容姿、頭脳、肉体、変装、体術、射撃、その他数百の特殊技能、全てが完璧。
いや完璧を超え、超人の領域にいる。
だが、だと言うのに、何故か俺はそんな不当な評価を受けている。
本当に納得がいかない。
くそっ、この『任務』を華麗にクリアし、親父達を見返してやる。
「と言う事で、転校生の峰在世君でした。皆さん仲良くしてくださいね」
そんな事を考えながら、今日から学友になる奴等の質問に答え終わると、担任の女教師が〆た。
教室中でパチパチパチと拍手が鳴る。
「えっと席はそうね~」
「先生、銭形さんの隣が空いてますわ」
「あら本当、じゃあ峰君、あそこが君の席ね」
「はい。分かりました」
指定された席、窓側の1番後ろへと、クラス中の視線を集めながら歩を進めた。
なるべく爽やかに笑いながら、事前に相棒の情報屋から収集した生徒の顔写真と、実物の顔との誤差を修正。
声帯模写を出来るように、教室中の声を一瞬で覚え、解析する。
だがそうか、運が悪いな。
ターゲットとは席が離れちまった。
『今年中にこの学園で世界最高の女を盗め』
それがルパン6世になった俺に与えられた、最初の任務だった。
その為に俺は情報屋が用意してくれた偽造の身分証明を使い、この日本で1番の金持ち学園に潜り込んだ。
正直意味の分からん任務だが、任務ならやるしかない。
俺に盗めない物はないからな。
今回のターゲットは、大弥堂麗華。
日本1の資産家、大弥堂財閥の1人娘である。
「ったく……俺は怪盗であって、人攫いじゃねぇんだがな……」
誰にも聞こえる事ない愚痴を漏らす。
勿論誘拐しろと言う意味ではないだろう。
恐らく親父達は、この俺に大弥堂麗華を彼女にしろと言っているんだ。
かなりザックリした指令だが、毎回こんなもんなので今更である。
与えられた任務の裏の裏まで自分で考え、自分で盗む。
これも泥棒教育の一環ってやつだな。
正直大弥堂麗華は、家柄と容姿は申し分ないが、遺伝子がいいとは思えない
親父達の言う『世界最高の女を盗め』ってのは、要はいい女を手に入れて一族を繁栄させろって意味だと思うんだが、相棒の情報屋から買った情報では、大弥堂麗華の1個体としての能力は平凡もいいところ。
ただアホみたいな金持ちの美少女ってだけだ。
勉強も運動もいいとこ上の下、特殊な才能がある訳でもない、突出しているものは何も見当たらない。
強いて言うなら、幼馴染の庶民の彼氏と身分違いの恋をしているくらいか。
これなら一応、世界最高の(資産家の娘である)女を(彼氏から)盗めになる。
少し世界最高の女とは違う気がしないでもないが、はてさて……。
「あたしは、銭形錠子。よろしくね峰君」
そんな事を考えていたら、俺の席に着いた。
「あぁ、よろしく銭形さん」
「困った事があったら何でも言いなさい、あたし警視総監の娘だから助けてあげる」
「えぇ!? そうなんだ凄いね、じゃあ何かあったら頼っちゃおうかな」
隣の席の少し気の強そうな顔の少女と軽く挨拶を交わす。
勿論爽やかな王子様風イケメンモードで。
こいつが警視総監の娘だと言う事は知っていたが、軽く驚いてやる事も忘れない。
ふん、俺みたいな完璧オブ完璧な男が、こんな女に頼る事なんて世界がひっくり返ってもないだろう。
事前情報によるとこいつは警視総監の父と、超美人女優の母の間に生まれた1人娘で、全国模試では中学から不動の1位、テニスでは2年連続インハイ優勝、空手と合気道は3段。
常人にしては中々なスペックをしているが、超人である俺からすればカスみたいなモンだ。
「ん? 何? あたしの顔になんかついてる?」
「いや、何でもない」
まぁ、しかし、顔は……うん、可愛いな。ていうか超可愛いな……。
可愛い4、美人6、くらいの俺的黄金比、ぶっちゃけ超タイプだ。
スタイルもいいし、肌も白いし、いい匂いするし、胸もデカい。
タラ。
「ちょっ、峰君、あんた鼻血出てるわよ!?」
「えっ!?」
「ほら、動かないで!」
フワッといい匂いのするハンカチを鼻に当てられる。
瞬間。
ブウウウウウウウウウウウウ!
「きゃああああああああああああ!」
俺の鼻から信じられない量の血液が噴射してしまった。
「なっ……なんじゃごりゃぁ……」
「それはこっちのセリフよ!」
「峰君大丈夫!? 保険室! 銭形さん峰君を保険室に連れて行ってあげて!」
俺の鼻から動脈を切ったレベルの血が噴水の如く出続け、教室中が騒然とする。
嘘だろ……何だこれ……まさかこんな……。
「何やってんのよあんた、ほら血飲んじゃうから下向いて」
そう言って銭形は慌てて俺の頭を下に向かせ、血が噴き出ているにも関わらず俺の鼻をつまんでくれた。
しかしそんな事をすれば先程より接近してしまい、銭形の豊かな胸が。
むにゅ。
「がはっぁぁぁぁぁぁビチャビチャビチャ(吐血)!」
「きゃあああああああああああああ!」
行き場を無くした俺の血が、今度は口から漫画みたいなレベルで出た。
「誰か! 救急車! 救急車を呼んでええええええ!」
こうして俺の転校初日は席について1分で終了した。
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「失態だ……まさかこの俺があんな……」
『あははははは、本当に在世は女の子に弱いよね』
「ふざけんな、俺に弱点なんて存在しない」
『いやいや認めなよ、女の免疫0な童貞怪盗君、ぷぷっ』
「うっせーな、仕方ねぇだろ! 外人相手なら余裕だっつーの!」
『はいはい、だから言ったじゃん、もう少し僕で慣らしなよって』
俺は現在自室で相棒の情報屋、根津忠那とビデオ電話をしていた。
あまり認めたくないが、超美少女と言って差し支えない容姿をしている。
『いや~でも笑っちゃうよね、ルパン一族歴代最高の才能をもってるのに、一族の弱点も歴代最高に受け継いじゃってるなんてさ』
俺ルパン6世の最大の欠陥。
それは女。
もっと言うなら日本人の超可愛い女の子。
ルパン一族は代々女に弱いという欠陥を持っている。
最高の怪盗である3世様ですら、曾婆さんの尻に敷かれまくっていたらしい。
まぁ話によると、それも魅力の1つだったみたいだが、俺には訳が分からない。
女の為に命を賭けてお宝を盗み、それを最後に盗まれ、それでも好きとか、アホだろ。
女なんか盗みの邪魔になるだけだ。
ったく、さっさとこの忌まわしい欠陥を克服せねば。
『ほら目を逸らさない、訓練なんだからちゃんと僕の脚を見て』
「くっ…………」
そう言って画面越しに綺麗な脚を組み替える忠那。
ホットパンツと言うのだろうか、そんな下着と大差ない露出度の部屋着から伸びた白く艶めかしいソレは、中々に刺激的で。
ポタポタ……。
『もぅ在世、鼻血出てるって、ちょっとは我慢しなよ』
「出てない、これは心の汗だ」
『それ涙とかに使う言葉だから』
「かっ、怪盗のプライドが涙流してんだよ」
『脚組み替えただけで血の涙流さないでよ、えい』
すると忠那は今度は服を軽く捲り、ブラチラを仕掛けてきた。
「ぶはああああああああああああ!?」
『はぁ……本当にこんなのでお嬢様なんて盗めるのかな……』
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翌日から、俺の泥棒計画は始まった。
まず俺は持てる能力の全てを使い、完璧なイケメン高校生を演じた。
と言っても欠伸が出るレベルで簡単だったがな。
小テストや中間テストで満点を取り続け、サッカー部でエースの座を奪い、誰とでもにこやかに話す。
そんな事をしていたら、転校して1ヵ月で学校1のイケメンと言われるようになった。
全員フったが、現在10人から告白されている怒涛のモテっぷりだ。
「へぇ、そうなのか、身分違いの恋なんて素敵じゃん」
「そっ、そうかな……えへへ」
「大弥堂の彼氏は幸せだな、こんな可愛い彼女がいるなんて羨ましいぜ」
「もっ、も~、峰君、恥ずかしいよ~」
俺は現在大弥堂麗華と一緒にランチをしていた。
口調はスカしたイケメンな感じより、やや素の俺に近くしている。
こういう方が大弥堂の好みだと、忠那が教えてくれたからだ。
幸いな事に大弥堂麗華相手に鼻血は出なかった。
この1ヵ月で分かった事だが、俺は超のつく美少女には致命的に弱いが、まぁまぁ可愛いくらいじゃビクともしないようだ。
お陰で順調に大弥堂との距離を詰めれる。
「ちょっと峰、あんたやたらと麗華に絡んでない? この子には彼氏がいるんだからちょっかいかけないで、ほら、向こうで男子同士で食べなさいよ」
筈だったのだが、銭形がこんな風に邪魔をしてくるせいで、思ったより時間がかかっている。
予定じゃもうおとしているんだが、俺と大弥堂は、少し仲のいい友達くらいで停滞していた。
「別にいいだろ、お前には関係ない」
「はっ? 何それムカつく、私は麗華の親友よ、変な虫から守って何が悪いの?」
「あはは、大丈夫だよ錠子ちゃん、峰君はそんな人じゃないって~」
「だそうだ、ほら部活の昼練あんだろ、さっさと行け、しっしっ」
「ふっ、ふ~ん(ピキピキ)そっ、そう言う態度するんだ~(ピキピキ)」
銭形はその完璧な顔に青筋を浮かべると。
「泥棒の現行犯で、あんたを逮捕するわ!」
「おい待て、やめろ銭形、食事中だぞ!?」
「えい!」
むぎゅ。
と俺に胸を押し付けるように抱き着いて来た。
瞬間。
ぶふううううううううううううう!
「がはあああああああああ!」
「ほら峰、ごめんなさいは?」
「悪かった、悪かったから離れろ、この破廉恥ポリス娘が」
「あっそう、もっと抱き着いて欲しいんだ、ええええい!」
「ぶはあああああああああ!」
銭形が胸を俺の顔面に押し付けてきたことで、俺は盛大に血を拭いて気絶した。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「お~い峰君、もう授業始まってるぞ~」
ポンポンと担任に肩を叩かれ、目を覚ます。
マジか……またやっちまった……。
「まったく~、イチャつくのはいいけど、毎日流血事件を起こすのはダメよ?」
「やっ、やめてください先生! 私はただこの泥棒を捕まえてるだけです!」
「はいはい、これ以上エッチな捕まえ方はしないであげてね、彼氏が死んじゃうぞ?」
「かっ、彼氏じゃないですから! あっ、あんたも何か言い返しなさいよ峰!」
ケラケラと笑いが起きる教室。
「峰~今日お前1200CC出てたぞ~、新記録だな」
「いや~まさか銭形が、上段おっぱい突きを繰り出すとは予想外だったぜ」
「ははは、昼間から見せつけてくるよな、うちのクラスのバカップルは」
「ちょっ、馬鹿男子共! あたしと峰はそんなんじゃないわよ!」
最初は救急車を呼んで心配してくれた担任やクラスメイトは、今では俺と銭形のやり取りにすっかり慣れ、こんな感じになっている。
割とヤバい量の血を噴いてるんだが、最近じゃ俺が何CC鼻血を出すか賭けをし始める始末だ。
「はぁ…………」
何だこの馬鹿学園生活は……。
これじゃ親父達に俺を認めさせるどころか、ルパン一族の面汚しじゃねぇか……。
早いとこ銭形を振り切って、大弥堂麗華を盗まなければ……。
1週間後。
「大弥堂、重くないか? 半分持ってやるよ」
「あっ、ありがとう峰君」
「いいんだ、こうすればお前の横を歩けるからさ」
「えっ、そっ、それって……ポッ」
「ちょっと峰、またあんた麗華にちょっかいかけてるわけ?」
「げっ、銭形!?」
「麗華には彼氏がいるって何回言えば分かるのよ、泥棒は許さないわ、逮捕するんだから」
むにゅ。
「ぶはああああああああああああ!」
2週間後。
「麗華、よかったら俺と帰らないか?」
「でっ、でも今日私彼氏と映画……」
「その映画俺とじゃダメかな?」
「えっ、そっ、それって……ポッ」
「峰えええええええ! 逮捕よおおおおお! えい!」
むにゅ。
「ぶるぼあああああああああああ!」
3週間後。
「ったく、何でお前とペアなんだよ」
「仕方ないじゃない、あんたが麗華を盗もうとするからでしょ?」
「盗むってなんだよ、ただデッサンのペアになろうとしただけだろ」
「うるさいわね、ほら早く書きなさいよ」
「わーってるよ、ったくうぜぇ奴だな……」
「ちょっと在世、ちゃんとあたしを見て描きなさいよ」
「俺くらいの天才なら見なくても想像で描けるんだよ」
「デッサンなんだから、み、な、さ、い」
「おい待て錠子近寄るな、分かった、分かったから授業中はまず」
ポタポタ。
「ったく、本当にあんた、どんだけあたしに弱いのよ、ほらティッシュ」
「お前が可愛すぎるのが悪いんだろうが……(ぼそ)」
「え? 何て?」
「何でもねぇよ、黙ってモデルしてろ」
「むっ、生意気ね、それは公務執行妨害って事でいいのかしら?」
「俺が一体何を妨害したよ!?」
「問答無用! 逮捕よ!」
「ぶううううううううううう!」
そして2ヵ月後。
「はぁ……やべぇ……明日で冬休みになっちまうぞ……」
俺は暖房の効いた自室で頭を抱えていた。
明日は12月24日、終業式でありクリスマスイブ。
そして実質上任務のタイムリミットである。
『まさか在世がここまで手こずるなんてねぇ……』
「完全に計算外だ……銭形錠子、俺の天敵過ぎる……」
『ははは、ご先祖様とパワーバランスが完全に逆転しちゃってるし』
「まったくだ、話に聞いてた銭形一族はもっとポンコツだったんだがな」
この3ヵ月間、俺は錠子の隙をつき大弥堂との距離を詰めていったが、いつもあと1歩という所で邪魔をされてきた。
なるべく錠子のいないタイミングや裏を突いているんだが、全て見抜かれ逮捕され、毎度のように鼻血を噴き出し気絶させられてしまう。
本気を出せば錠子の抱き着きなんて余裕で避けれる筈なのだが、俺の体に流れるルパンの血がそれを許してくれない。
「だが何とか間に合いそうだ、明日デートを取り付ける事に成功した」
『おぉ、やるじゃん! イヴにデートとかもう確定だね!』
「あぁ、この3ヵ月頑張ったからな、大弥堂はもう俺におちかけている」
『あとは在世のワルサーで、処女膜を打ち抜けばミッションコンプリート』
「言い方! あと忠那、悪いが俺のはご先祖様と違いバズーカ砲だぜ?」
『はいはい、1発も打った事ない新品のくせに』
「くっ、とっ、とりあえず明日は、錠子も予定があるみたいだから99%成功する筈だ」
ふぅ、明日でついに俺も人生初の彼女を手に入れる事が出来るのか。
少し幼馴染彼氏君には悪いと思うが、ごめんな。
俺は盗むと決めた物は何でも盗む。
カタカタカタ。
俺はルパン家に伝わるタイプライターで予告状を作っていく。
『今夜世界最高の女を頂く。ルパン6世』
こいつを彼氏君の家に出して、明日予定通りに事が運べば全てが終わる。
「これで年明けからは華麗な怪盗ライフか……」
少しだけ寂しい気持ちになる。
俺はこの3ヵ月、生まれて初めて学校に通い、普通の学生生活とやらを送った。
短い間だったが、そんなに悪くはなかったぜ。
それに……。
『ねぇ在世』
「ん?」
『本当にそれ、大弥堂の彼氏君に送っていいの?』
「何言ってんだ忠那、怪盗は予告状を出すもんだろ」
『いや、そうじゃなくて、その……』
「何だよ、らしくねぇな、ハッキリ言えよ」
少し顔を曇らせる相棒。
いつも笑顔なこいつにしては珍しい。
『怪盗ならやっぱり、予告状は警察に送った方がいいんじゃないかな~と思ってさ』
……。
…………。
…………………。
「はっ、今回のターゲットに警察は関係ねぇだろ」
何言ってんだ俺の相棒様は……。
……。
…………。
…………………。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「ん~歌った歌った、カラオケ屋さんなんて私生まれて初めてだったよ」
「楽しめたか?」
「うん! 在世君って歌も上手いんだね、聞き惚れちゃった!」
「それを言うなら麗華の歌もよかったぜ? 毎日でも聞きたいくらいだ」
「もぅ~、在世君ったら~」
頬を染め照れる大弥堂。
その顔は幼馴染の彼氏がいる女のソレではない。
もう完全に俺に惚れているだろう。
現在時刻は夜8時。
予定ではあと30分程で、忠那が予約してくれた超高級ホテルで、夜景を見ながら最高のディナー。
その後は夜のカリオストロだ。
普段なら逮捕よおおおお、と抱き着いてくる警視総監の娘も今日はいない。
もらったな。
「でも優太君や錠子ちゃんに少し悪いなぁ……」
「彼氏に悪いのは分かるけど、なんであいつにも悪いんだ?」
「ん~、実は錠子ちゃん、今日親御さんが勝手に決めた婚約者とデートみたいなの」
「ほう……」
「家柄も良くて優秀な人らしいんだけど、10歳も年上だし、錠子ちゃんきっと嫌だろうなって」
「……そうか」
あいつもあいつで色々あるんだな。
そうだよな、よく考えればあいつもかなりのお嬢様だ。
「あっ、いけない、スマホさっきのカラオケに置いて来ちゃったみたい」
「マジか、んじゃ俺が今すぐ」
「いいよいいよ、在世君はここで待ってて」
「でも」
「私頑張って取に行ってくるから、峰君も頑張ってね」
?
意味の分からない言葉を残し、パタパタと走り出す大弥堂。
てか足おそ……。
俺が行った方が3倍は早いだろうに。
まぁいいか。
「婚約者ねぇ……」
俺は何となく錠子の事を思い浮かべた。
もしかしたらあいつは、大弥堂が羨ましかったのかもしれないな。
家に縛られる事なく恋愛する大弥堂。
そんな親友がキラキラして見えて、だからその恋を応援しようと俺を遠ざけていたのだろう。
親に望まぬ結婚を強いられるお嬢様か。
俺ならそんなあいつを……盗めるのだろうか?
「って何考えてんだバカ」
俺は泥棒で、相手は警視総監の娘だぞ?
有り得ないだろ。
それに俺のターゲットは大弥堂麗華だ。
あの大弥堂だぞ?
世界最高の女じゃねぇか。
「ちょっとあんた達、路上喫煙はやめなさい! 迷惑でしょ!」
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「んだこら、文句あんのか?」
「あるから言ってるんでしょ、大勢で集まってこんな事して恥ずかしくないの?」
「あぁ? 俺達相手に正義の味方ごっこか? ははっ傑作だな」
「犯されたくねぇなら、失せろガキ、俺達は今イライラしてんだよ」
「あなた達こそ、タバコを吸うなら喫煙所に行きなさい」
「ちょっ、錠子君、マズいってこんな連中無視していこう」
声のする方へ少し歩いてみると、そこにはガラの悪いチンピラ10人程度が煙草片手にたむろしていた。
そしてそんな奴等相手に、俺の天敵である銭形錠子が威勢よく正義感を振り回している。
隣でそれを止めているのは……多分婚約者だろう。
全然格好良くないが、あいつ、あんなのと結婚すんのかよ……。
「あ~何か俺頭きちゃったな!っと!」
するとチンピラの1人が錠子に向かって腕を伸ばしてきた。
が。
「はっ!」
「いててててててて!」
その腕を取り、締め上げる。
恐らく合気道の技なのだろう。
相手の力に逆らう事なく利用し、綺麗にキマっている。
「てめぇやる気がこらっ!」
「やっちまえ!」
「っ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃ! 僕は関係ない! 僕は関係ないぞ!」
仲間がやられた事に腹を立てたチンピラ共が、一斉に錠子に襲い掛かって来た。
それを見て一目散に逃げだす婚約者(?)
「せい! はっ!」
「はは、やるなお嬢ちゃん!」
「だがいつまでもつかな! おらっ!」
「くっ!」
女にしては見事と言うべきか、流石格闘技有段者と言うべきか。
錠子はチンピラの猛攻を綺麗に捌いていく。
だが流石に数が多い。
しかも錠子は無意識に手加減しているのか、急所に空手の打撃を撃ち込まず、全て合気道の技だけで対応している。
そんな事をすれば当然。
「きゃっ!」
「はぁ、はぁ、手こずらせやがって」
こんな風に相手の数は減らず、捕まってしまうだろう。
「近くで見るとかなりいい女だな、へへっ」
「いやっ、離して!」
「ははっ、本当に威勢がいいお嬢ちゃんだ、いいねぇ燃えんじゃん」
「生意気な女犯す方が楽しいもんなぁ」
「あんた達、こんな事してタダで済むと思って、がはっ!」
腹を殴られる錠子。
「こんな事って何~? ひゃはははははっ」
「おいおい、乱暴すんなよ、痣出来たら萎えるだろ」
「ひゃはは、こういう女はちょっと痛めつけた方がいいんだよ」
「ほら、ずらかろうぜ、サツに来られても面倒だ」
「いやっ、やだっ! 離して、離しなさい! 許さないわよあんた達!」
「いいねその強気、散々犯した後は俺の女にしてやるよ、ははっ」
道行く人達は、警察に連絡する事もなく、この光景をただ見過ごしていた。
自分がやらなくても、きっと誰かが何とかしてくれるだろう。早く誰か何とかしてやれよ。
そんな心の声が聞こえて来るようだ。
こいつらからすれば、こんなのはクリスマスイヴの街中で起きた、ちょっとした非日常。
それくらいなのだろう。
きっと俺が放置しても、あいつは死にはしない。
多少のトラウマは出来るかもしれないが、それでも然程遠くない内に騒ぎを聞きつけた警察がすっ飛んで来る筈だ。
良い社会勉強ってやつなのかもな。
さて、見なかった事にして、任務に戻るとするか。
大弥堂を手に入れれば、もう会う事もない女だ。
言ってしまえば他人。
俺にもう何の関係もない人間。
「おい、その女置いてけ」
立塞がっていた。
「何だてめぇ、てめぇも正義の味方か?」
「殺されたくなきゃ引っ込んでろやガキ」
頭のチャンネルを切り替える。
瞬間、心から温度が消えた。
ガスッ、ガスッ。
「ぐはっ…………」
「あがっ…………」
サングラスをかけた男と、スキンヘッドの男の腹に拳を入れ、眠らせる。
時間にして0.3秒以下。
まぁ手加減には自信がある、死んじゃいない。
「もう一度言う、その女を置いてけ」
「「「………………」」」
何が起きたか分からない。
そんな顔で固まるチンピラ達。
「嘘……在世……何であんたが……」
「お前を盗みに来た」
唖然とする錠子に短く返すと、まだ状況を上手く飲み込めないチンピラの1人を蹴り飛ばす。
「がっ!? げああああああああああああああっ!」
蹴られた箇所を抑え込み、血を吐きながらのたうち回る男。
こいつはさっき錠子を殴った奴なので、即死させてもよかったのだが、俺は怪盗だ。
顎の骨を粉砕するだけで勘弁してやろう。
「何だ!? 何だてめぇは!」
「死ねごるぁあああああ!」
リーダー格らしい体格のいい2人の男が殴りかかってきた。
ボクシング経験者らしき突き。
そこらの不良のレベルは分からないが、結構いい方だと思う。
バキッ、ドカッ。
「ありえ……ない……」
「化け物が…………」
突きが俺に届く前に、1撃ずつ拳を叩き込み、2人を気絶させる。
仮にこいつらが世界チャンピオンだったとしても、この結果は変わらないだろう。
「4回目はない、その女を置いてけ」
錠子を掴んでいる男を睨む。
その際男の前で腰を抜かし、戦意喪失している奴等2人を蹴り、5メートル程ぶっ飛ばす。
2人はガードレールに体を打ち付け、あっけなく気絶した。
「ひいいいいいいいいいい!」
すると男は錠子から手を離し、逃げて行った。
気が付くと少し人だかりが出来てしまっており、かなりザワついている。
流石にここまでやれば、5分もしないで警察が飛んでくる筈だ。
「いくぞ錠子」
「あんた……何者なのよ……」
「お前も知ってるだろ? ただの泥棒だよ」
「いやそう言う事じゃなくて、ひゃっ!?」
状況説明を求めてくる錠子の抱きかかえる。
世に言うお姫様抱っこってやつだな。
「悪いが盗ませてもらうぜ」
「っ!?」
顔を赤くした錠子は、俺の腕の中で何の抵抗もしてこない。
ルパンの血も空気を読んでくれたのか、いつもみたいに噴き出してこない。
ただ俺の胸を循環し、アツくさせるだけだ。
「警視総監宛に予告状出さないとな……」
そして俺はこの日、世界最高の女を盗んだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
7年後。
「在世ええええええええ! 逮捕よおおおおおおお!」
ピーポーピーポー煩いサイレンと、錠子の怒声が、夜のロンドンに響き渡る。
数は一々数えちゃいないが、恐らく30台以上のパトカーが法定速度をぶっちぎっている。
「くっそおおお! どこまで追ってくんだっつーの!」
「ははっ、在世、お前の彼女、毎回毎回しつこ過ぎないか?」
「うむ、銭形錠子、敵ながらあっぱれでござる」
俺は現在、この7年で出来た泥棒仲間達と、ちょっと刺激的なドライブをしていた。
俺の運転する改造ハイパーカーの後部座席には、さっきまであった今回の戦利品である『エリザベスの涙』はもうない。
あんな綺麗な宝石は、俺達みたいな泥棒より可愛い王女様の方が似合うしな。
仲間達や今回の詳しい話は……まぁ、今度余裕のある時に話すとしようか。
「在世えええええ! 泥棒は許さないって言ったでしょおおおおお!」
ブオーン! とエキゾースト音を一際大きくして、錠子の乗るパトカーが俺達の車に並んだ。
そして120キロは出ている中、錠子が車から顔を出し、俺の運転席の窓をゴンゴンと叩く。
はぁ……。
俺は諦めたように溜息をつくと窓を開け、天敵の顔がよく見えるようにした。
「誤解だ錠子、俺達は今回は何も盗んでねぇって!」
「嘘! あんたちゃんと盗んだんじゃないの!」
「マジで盗んでねぇよ、ちゃんと本来の持ち主に返したったつーの!」
「そっちじゃないわ! あんた、あのお姫様のハートを盗んだじゃない!」
プリプリと怒り、本家みたいな事を言う錠子。
その顔はこの7年でより一層綺麗になっていた。
一緒に住んでいるとは言え、未だに至近距離で見るとドキドキしてしまう。
「何であんたは、毎回毎回お宝と一緒に女の子も盗むのよ!?」
「それはルパンの血に言ってくれ、俺は無実だ!」
「ちゃんとこっち向きなさい!」
「バカお前、今何キロ出してると思ってんだ!?」
グイっと胸倉を掴まれ、シートから引っ張られる。
そして俺と錠子はとんでもない風を受けながら。
「あんたはあたしだけのモノなんだからね!」
ちゅっ♡
「ぷはっ、おい錠子待て、そう言うのは帰ってからに!」
「問答無用! ルパン6世、7年前にあたしのハートを盗んだ罪で、今日こそ逮捕するわ!」
「ったく……はっ、やれるもんならやってみな、銭形警部」
「あっそ、じゃあ遠慮なく! んっちゅ」
「んっ、ちょっ、だからそれ反則だろ、おい、んっ」
「好き、大好きよ、愛してるわ在世」
あの日盗んだ世界最高の女は、どんな宝石よりも綺麗だ。
こいつより俺の胸をアツくするお宝は、この世に存在しないだろう。
だが逮捕されてやる訳にはいかない。
俺と錠子は恋人だが、泥棒と警察でもあるんだからな。
でもそうだな。
逮捕されてやる訳にはいかないが。
「俺も愛してるぜ」
こいつを永遠に盗み続けてやるとしよう。
俺のハートもこいつに盗まれちまった事だしな。