④誤解を解く
ルノアがドアを開けたのと、メロウがルノアの腕をつかんだのは同時だった。それに加え店内の声がかすかに漏れた。
「旦那、きいたわよ、ルノアちゃんのこと」
「大丈夫なの?女の子が男に襲われたなんて一大事じゃない」
………え?
ルノアはドアの隙間に耳をよせた。
「こういうのって結婚にも響くし」
「ルノアちゃん、恋人はいるの?」
「しばらくはお店休むのかしら?」
ルノアは自分が強姦されたことになっているという誤解、それによる必要のない心配をされているという事実に身体が震えた。
「洗濯場でもそうだったんだ。きっと目撃したか、警察の話を小耳にはさんだ人がいたんだね」
メロウは伏し目がちに言った。
「人の噂も七十五日なんていうけど、これはちょっと…ルノア、きいてる?」
ルノアは腕を引いたメロウの手をふりはらい、音を立てて店の中へ入った。
「私、強姦なんてされてませんから!」
店内にルノアの大声が響いた。中にいた父、兄、客だけでなく酒瓶まで驚いて呼応しているようだった。
「襲われそうになったことは事実ですけど、お兄ちゃんとメロウに助けてもらいました!傷一つついてません!さっき警察署にも行ったし、お店だって休みません!」
悔しかった。なにもされていないのに汚されたことになっていること。それは女として屈辱だ。
そして事実、ルノアはグロウとメロウに助けられた。二人だって危険だったはずなのに、それでも夜の街にとびだしてきてくれた。ナイフを持った男の子たちにむかっていってくれた。それをなかったとこにされることに憤りを感じた。
「結婚の心配もしてくれなくてけっこうです!純潔ですから!」
勢いのままにしゃべってしまったが、ルノアはさーっと血の気が引くのを感じた。ここまでしゃべらなくてよかったのでは?純潔だなんて、処女だとカミングアウトしているようなものだ。
ルノアは一応思い出す。うん、この身体は一度も経験したことがないどころか男の子とお付き合いしたこともない。
「そうだ!ルノアは純潔なんだ!」
「!?」
ルノアはぎょっとした。グロウが拳を握り、ルノアに負けず大声を出している。
「ルノアは俺たち家族が大事に守ってきたから純潔で純粋で純朴で、身体だけでなく心も純白なんだ!」
「やめて!」
「昨日裸を見たときだって、肌は白くて女の子らしい丸みがあって、正直こんな可愛い子が未経験なんて奇跡だと思ったんだ!」
「やめろ!また家出するぞ!」
「ルノア、結婚する必要なんてない」
「や、だから…」
「これから先、男を知る必要だってないぞ。お兄ちゃんが一生面倒見てやるからな」
「………グロウ――!!」
客がはけ一段落したあと、ルノアは店の隅で落ちこんでいた。
「いやー、誤解が解けてよかったな!」
「別の噂が広まりそうだけどね…」
ルノアとグロウの会話をきいて、メロウが少し離れたところからため息をついた。
「兄さんの一生面倒見る宣言にはヒいたけど、案外そうなるかもね。ルノアなんて全然男の影がないんだから」
「なっ…影くらいあるんだから!」
ルノアは悔しくなって記憶という名の井戸水を汲みあげようと頭の中でガンガンロープを引いた。
「15のときに友だちとお祭りに行くって言ったけど、じつは男の子とデートだったんだから!あんまり気が進まなかったけど、何回も頼まれたから一回くらいいいかなって…」
「……………はあ?」
地獄の底から這いあがってきたようなどす黒い声に全身鳥肌が立った。それが可愛いメロウの口から出てきたのだと理解するには時間がかかった。
「知らないんだけど。ねえ、どこのだれ?15のときって二年前だよね。なにされたの?どこまでしたの?」
「えっと、あの…」
ツンデレのデレの域を超えている。これもゲームでは説明されていなかったが、メロウはヤンデレ予備軍なのかもしれない。
「おいメロウ!俺が仕入れでいないときはお前が見張ってろって言ったろ!」
「ちゃんと見張ってたよ!いったいどこの虫が網目から入りこんできたんだか…あの薬屋の息子か?」
「数か月前に結婚したあいつか?」
「いや、兄じゃなくて末っ子のほうだよ。たしかに、たまにルノアをいやらしい目で見てるなとは思ったんだ」
「よし、昼休憩になったら会いに行こうぜ」
「二年前のお祭り以来なにもないということは脈なしだろうけど、だからといってなにもされないとは限らないもんね」
「待って、二人とも…」
「なんだ?薬屋の息子じゃないのか?」
「じゃあだれ?だれとデートしたの?」
圧が恐い。故に合っているから否定もできない。
「母さんには黙っとこうよ。薬屋の息子さんなんていいじゃないって言うに決まってる」
「そうだな。男は職業で選ぶもんじゃねえもんな」
現実世界の私の家族、友人、職場のみなさん、ほかお世話になった方々、お元気ですか?私はこの世界で推し兄弟と生きることを決めました(恐)。
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