②覚悟
「ほら」
グロウが私の前に背をむけてしゃがんだ。乗れと?
「え、いいよ。歩けるから」
証拠と言わんばかりに私はすっくと立ちあがった。
「遠慮するなって」
「してないよ。恥ずかしいから」
「0時過ぎてるんだ。人なんていねえよ」
助けを求めてメロウに視線を送ったが無視された。
グロウはしびれを切らし私を肩に担いだ。
「きゃぁぁ!ちょっ、ちょっ…」
私は不安定で腹部を圧迫される感覚にパニックを起こしグロウの肩の上で暴れた。
「せめて、せめてこの担ぎかたはやめて!」
「じゃあちゃんと言うこときくか?」
「きく!」
グロウに降ろしてもらい、今度こそおとなしく背に乗った。
薄い布越しに伝わる背中の体温は熱くて、筋肉質だけど細身の体は骨ばっていた。推しにおんぶされるなんてドキドキする。
なんて思ったのは最初だけ。推し兄弟は無言で空気が重かった。
「えーっと、ありがとね。いつ私がいないって気づいたの?」
返事はなかった。私はめげずに話しかけつづけた。
「よく場所がわかったね」
「寒くない?上着返そうか」
暖簾に腕押しとはこのことか。なにを話しかけても無反応なため、家の近くに来る頃にはあきらめて気まずい空気を耐えるしかなかった。
家の前でグロウに降ろしてもらった。玄関のドアが開かれると、上の階から大きな音がきこえた。
私は動揺したが、グロウとメロウはなにごともなかったかのように階段を上った。私はきくにきけず、二人について階段を上った。
居間に入ると父親と母親がそろってこちらを見ていた。しかし表情は両極端で父親はぐっと眉も目尻も上がり後ろの椅子が倒れていて、母親は手にハンカチを持って泣いていた。
父親の眉間にしわがよる感じ、メロウとそっくりだな。
「ルノア、こんな時間になにしてたんだ!」
私と父親の間にすっと入ったメロウは冷静にさきほど起きたことを説明した。
「夜の街なんて女の子が一人で出たらどうなるかわかってるだろ!」
雷が落ちたかのようにビリビリと空気が震えた。
「ご、ごめんなさ…」
「母さんを泣かして、みんなに心配かけて、わかってるのか!」
私はなにも言えなかった。謝罪の言葉すらその場しのぎの薄っぺらいものに思えた。
「お願い、もう二度とこんな危ないことしないで」
母親が泣きながら私を抱きしめた。
心が痛い。私がゲームをしたときと同じ軽はずみな行動で、この人たちを悲しませた。
たとえここがゲームの世界でも、怪我をすれば痛いし、致命傷なら死んでしまう。
そう自覚するとあとから恐怖がよみがえってきた。
犯されていたかもしれない。怪我をさせられていたかもしれない。最悪の場合殺されていたかもしれない。
私はたしかにこの世界に生きている。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい。お兄ちゃんとメロウも」
涙があふれてきた。次から次へと止まらない。
「大丈夫だよ。さっき言うこときくって言質とったから」
「あれはおんぶのことで…!」
「ルノア…」
メロウの言葉を否定しようとすると、父ににらまれた。
「言うことききます!」
なんでとかどうしてとか考えるのはもうやめた。
私はここで生きていく。ルノア・オークスとして。
部屋に戻ったルノアは今度こそおとなしくベッドに入った。
泣いた疲労感からすぐに眠りにつきそうになったときだった。
「だから…!」
「うるせえって!」
うん、うるさい。
「なにしてるの?」
ルノアが部屋のドアを開けると廊下にたたずむ兄と弟がいた。二人はルノアの顔を見るやいなや、気まずそうな表情をした。
「監視だよ。また逃げないかどうか」
「とか言って心配だったんだろ?」
「だから違うって何回言えばわかるんだよ!」
メロウが大きな声を出す。このままでは狭い廊下にファミリー大集合してしまう。
「私は大丈夫だから。二人ももう寝なよ」
ドアを閉めようとすると二人はなにか言いたげな顔をした。ルノアが閉めずに様子をうかがっていると、グロウが少し考えこんだ。
「よしわかった。今日は三人で寝よう」
「なにがわかったのか早急に説明してほしい」
唐突すぎる。ゲームでは説明がなかったが、グロウは絶対に脳筋タイプだ。
「俺はルノアが心配だし、ルノアはあんなことがあって恐かっただろ」
恐かったといえば恐かったが、一人では眠れないほどではない。むしろルノアとして生きていく決意のほうが大きかった。
「兄さんさ、もっと考えなよ。ルノアが家出したのだって兄さんが裸を見たり見せたりしたからだろ。一緒に寝たいわけないじゃないか」
「いや、それは悪かったと思うけど家出の原因じゃないだろ?」
「急に家出するなんて、原因としては最悪だよ」
「最悪って…」
ルノアは裸が原因で家出したことになっている勘違いに困惑したが、街並みを見たかったなんて17年住んでいる理由としてはおかしいので勘違いさせたままにした。
「そ、それにほら、メロウはルノアが逃げないように“監視”できるぞ!」
メロウは目から鱗でも落ちたかのように大きな目をさらに大きくさせた。
「そうだね、今日は三人で寝よう」
「え」
「よーし、もう遅いしさっさと寝るぞー」
「や」
寝る方向かい!
ルノアが心の中でつっこんだとき、すでに二人はベッドに入っていた。
「ほら、早く来いよ」
なんだか疲れてしまったルノアはあけられた二人の隙間に入りこんだ。
「さすがに三人は狭いなー。小さい頃は余裕だったのに」
「あたりまえだろ。てかルノア、もうちょっとつめて」
つめようにもすでに隙間がなくつめられないのだが、メロウが容赦なくつめてくる。
「…ごめんな、恐かっただろ」
グロウが優しくルノアの頭をなでた。
「ルノアのことは俺が絶対に守ってやるからな」
茶色の瞳に見つめられる。暗闇色と混じって不思議な色合いだった。
「まあ、相手も脳筋だったら大丈夫じゃない?敵は力だけで来るとは限らないけど」
「ナイフとか銃とかか⁉」
「頭脳ってとこにいたらないのが兄さんらしいや」
なんだか楽しいな。だれかがいないと味わえないこの無駄な時間。
「恐くないよ」
グロウとメロウの体温を両側に感じる。
「二人がいてくれたらなにも恐くない」
体温が安心感に変わる。
そのあとは眠りにつき、だれもしゃべらなくなった。
覚悟できたので人称が一人称から三人称に変わりました。