②整理
「はいはい、そこまでよ」
母親の仲裁で朝食が始まった。食べ方なんていつもと同じなのに、相手が違うだけで緊張した。
「よし、今日も一日頼むな」
「家族と一緒の仕事は久しぶりだな。がんばるか!」
早々と朝食を終えた父親とグロウの言葉で、グロウとメロウは酒屋を家族経営していたことを思い出した。
私もやらなくてはならない。できるのだろうか。
「ルノア、顔色悪いわよ」
心配する母親に、私は曖昧な笑みを返した。
「ルノア、今日は休みなさい」
「でも…」
「今日はグロウもいるんだし、大丈夫だ」
ずる休みしたかったわけではないが、私はありがたく部屋に戻った。
さきほど脱いだネグリジェをまた着てベッドに横になった。するとノックのあとに母親が入ってきた。
「大丈夫?もしかしてアレかしら?」
「ち、違うから!ちょっと気分がすぐれないだけ!」
私は他人に月のもの事情を知られたような羞恥心を感じた。母親は優しく頭をなでたあと部屋を出ていった。他人のはずなのに安心する。
一人の時間を利用して今の状況を整理することにした。
……これ、転生ものだよね?
私があんなに読み飽きて似たような設定に展開を予想できるようになってしまった転生ものだ。
転生のきっかけは交通事故か階段からの転落が原因の死がテンプレ。でも私はお酒を飲んで寝て起きたら転生していた。…まさか急性アルコール中毒?じゃないよね、家まで帰れたし。もしそうだとしたら恥ずかしい死因だ。っていうか私は死んだのだろうか?
転生したのはアプリゲームの『栄国のハニー』で決まりだ。だってキャラのグロウとメロウ兄弟がいるんだもの。そしておそらく私は二人の間に姉(妹)として存在している。
でもグロウとメロウは二人兄弟だったはず。ということは私はモブ、どころかイレギュラーだ。存在するはずのないキャラとして存在しているのだから。
ヒロインか悪役令嬢、それでなくてもモブに転生がテンプレなのに。
じゃあヒロインは今どこでなにをしているのだろう。『栄国のハニー』は伯爵令嬢のヒロインが国の繁栄のためにがんばりながらキャラと恋愛するストーリー。グロウ、メロウとは市中偵察中に出会うはず。なら待っていれば自然と会えるかもしれない。
ここまで整理してちょっと休憩した。
じゃあ私は?私はなにをすればいいんだろう。
べつにヒロインに会いたいわけじゃないけど。ヒロインには国の繁栄という目的がある。グロウとメロウは実家の酒屋のために働いている。ほかのキャラだってそれぞれ仕事ややるべきことがある。
本来いないはずの私はなんでここにいるんだろう。
ドアのノック音で目を覚ました。いつのまにか眠っていたらしい。
「悪い、起こしたか?」
開いたドアから顔をのぞかせたのはグロウだった。
「昼飯食べられるか?ルノアの好きなベーコンレタスサンド持ってきたぞ」
トレーにはスープ、紅茶、それからサンドイッチ。コンビニでは卵やらチーズやら挟んでいるけど、私はベーコンとレタスが好きだった。ルノアという少女も好きらしい。
ベッド上、身体を起こし膝にトレーを置いてありがたくいただいた。ベーコンの油分がレタスで緩和されておいしい。
「………」
「………」
「………いつまでいるの?」
「食べ終わったらトレー下げようと思って」
食べ終わるまでいる気か。
「自分で持っていくよ」
「体調悪いのに無理すんな」
「仕事は?」
「今昼休憩」
「じゃあ休んだら…」
「休憩中なんだからどこいたっていいだろ」
あ、これハッキリ言わないとダメなやつ。
「そんなに見られてたら食べづらいよ」
「ルノアは食べる姿も可愛いぞ」
真顔で言った。グロウってこんなにシスコンなの?ゲームでメロウにはもっとライトな兄弟愛だったけど。
けっきょくグロウは私が完食するまではりついていた。
「じゃあゆっくり休めよ。その…」
「……?」
「女の子は大変だしな」
「違うから!」
月のものじゃないっつーの!
グロウが出ていったあと、この世界のことを思い出してみた。
『栄国のハニー』は近世ヨーロッパをモデルにした架空の国、クレアディスタ王国が舞台。蒸気機関車が走っている時代だ。
朝食のときに「フランス」パンと言ってしまってみんなきょとんとしたから実在の国、少なくともフランスは存在しない。
ここ、王都はわりと栄えているがまだまだ発展途上。そして地方とは発展の差がある。
ファンタジーだけど魔法はない。仕事も生活も手作業がほとんど。ゲームでは国を繁栄させる
ために貢献してきた。
けど、転生したこの子、庶民だしなあ。いやべつにゲームどおり国の繁栄のために行動することないよね。しなくてもいいよね。
なんだか考えるのが嫌になって。布団にもぐりこんだ。食後だからか、すぐに眠くなった。
ちなみに、兄の名のグロウとは光や熱を発する。空等が赤く輝くという意味。弟の名のメロウは果物や酒が熟している。人柄や音楽が柔らかいという意味。
ヒロインの名のルノアは思いつかなかったので好きな喫茶店の一つ、ルノアールからいただきました。