②新しい真実
「だれだぁぁぁおまえはぁぁぁぁぁ!!」
熊も逃げだすほどの大声だった。
それからグロウはルノアとフェリックの間にわりこみ、なかば強引にルノアを馬から降ろし腕の中にとじこめた。
「お兄ちゃ、あの…」
つぎにルノア、グロウとフェリックの間にわりこんだのはメロウだった。
「もう大丈夫なんでお帰りくださいさっさとお帰りくださいとっととお帰りください」
なにが大丈夫なの?
声量は普通ながら早口でまくしたてるメロウの目に光はなかった。
グロウの大声に何事かと家から出てきた伯母さんはまあ!と声をあげた。
「フェリック様じゃないの」
「フェリック…様」
「ブルモーリー村の領主、ベルナドット伯爵の息子よ」
「領主の息子…」
相手が貴族と知り、グロウもメロウも反省し…
「貴族という権力でルノアになにをしたぁぁぁ!」
「お貴族様にはこの家は狭いしお礼のお茶も出せるものではありませんのでお帰りくださいお帰りはあちらです」
…なかった。
「違うの!森で熊に襲われそうになったところを助けてくれたのよ」
「森で…襲ってきたのか!こいつ!」
「熊が!熊がね!」
きいちゃいねえ!
兄弟にうんざりしながらもルノアは森に行った目的を思いだした。
「あ、カシス!」
「今日はもうあきらめろ。夕方だし、熊も出たんだろ」
「せっかくいっぱい拾ったのに…動物に食べられちゃうかなあ」
骨折り損のくたびれ儲け。ブルモーリー村に来たときはあんなにワクワクしていたのに、長時間移動して一生懸命採取したけど熊に襲われるなんて。
がっかりするルノアにフェリックは優しく微笑んだ。
「じゃあ僕がとってこよう」
ルノアはぎょっとした。
「いえ、でも、熊がまた出るかもしれないし…」
「猟銃を持っているから大丈夫だよ」
「そ、それにすぐ暗くなりますよ!」
「…ルノアはいつまでここにいるの?」
「あ、明日まで…」
「じゃあ明日届けるよ」
これは本当にとりに行ってしまう。フェリックのことをキャラクターとして身近に感じていても彼は貴族だ。庶民のために小間使いのようなことをさせてはいけない。
「いや、でも、本当に…」
「ブルモーリー村で怖い思いをした、という思い出で終わってほしくないから」
フェリックはひらりと馬に乗り去っていった。その姿はまるで…
「…王子様みたい」
「いや、王子じゃないから。貴族だから。あの人が王子になるにはあの人の親が下克上して王になるしかないから。そんなことしたら国が大混乱だよ。そんなの嫌でしょ。そんな人嫌でしょ」
「みたいって言ったの!たとえ話!」
あいかわらず口の立つメロウに怒ったルノアだが、彼はなんでもないことのようにそっぽをむいた。
「でも素敵よねえ。貴族だけど気取ってないし、いつも私たち平民を気にかけて気さくに声をかけてくださるんだよ。若い村娘たちはみんなフェリック様に憧れてるんだよ」
伯母さんは乙女のような顔でため息をついた。どうやら憧れているのは若い村娘たちだけではなさそうだ。
帰宅当日、ルノアはブルモーリー村の駅でキョロキョロと周りを見回していた。
「ルノアー、もう汽車乗ろうぜー」
「出発までまだ時間あるでしょ」
「車掌の気まぐれできっともうすぐ出発しちゃうよ」
「それ車掌さんが言ったの?」
「……」
グロウとメロウの機嫌が悪いのはルノアがフェリックを待っているからだ。しかしルノアはそんな二人を軽くいなす。推しとはいえ慣れたものだ。
伯父の家がある方向に目をこらしていると、馬が駆けてくるのが見えた。
フェリックだ。
まだ姿がはっきりしないうちに確信した。そしてそれは合っていた。
「間に合ってよかった」
フェリックはルノアの目の前で馬から降りた。
「本当に間に合っちゃいましたね。ルノアを引きずってでも汽車に乗せようとしたのに」
後ろから舌打ちがきこえたがルノアはきこえないふりをした。
「はい、約束のカシスだよ」
フェリックからカゴをうけとり、かぶされた布をめくった。中には昨日採ったカシスと見覚えのない瓶が入っていた。
「これは…?」
「カシスのジャムだよ。うちで採取したもので料理人に作ってもらったんだ」
まさかこんな手土産までもらえるなんて。
「嬉しい…!ありがとうございます!」
優しくて気遣いができてかっこよくて。女の子の理想の王子様みたいだ。まあ攻略できる王子様キャラはほかにいるんだけど。
そこでルノアはフェリックに関係するあるキャラクターを思いだした。
「えーっと…でもこんなに庶民に優しくしてご家族に怒られません?」
「父も母もいつも村人のために、という考えだから怒られたりなんてしないよ」
「でもほら…お姉さんとか?」
そのキャラクターとはフェリックの義姉であり『栄国のハニー』のヒロインだった。
ヒロインがフェリックとどこまで好感度を高めているのかわからないが、もしかしたらヒロインがルノアにやきもちをやいてしまうかもしれない。ということはルノアはやきもちイベントのためのモブキャラということになる。
「まさか私はこのために転生を…?」と思ったがすぐに「そんなやきもちイベントあったっけ?」と記憶をたぐりよせる。井戸から「ルノア」の記憶を汲みあげるのではなく、以前の現実のアプリゲームの記憶だ。
しかしその記憶をたぐりよせる前にフェリックは懐かしそうに笑った。
「姉様か…しばらく会ってないな」
「え?」
せっかく受けとったカシスのカゴを落としてしまいそうになった。
「だって、お姉さんがいるって…」
「ああ、生家にね」
いやいや、生家じゃなくて、今の家に…
「僕は兄と姉と弟がひとりずついるんだけど、幼い頃に伯爵家の跡継ぎとして伯父の養子になったんだ」
「だから、その、伯爵家にお義姉さん…」
「いないよ?子どもがいないから養子になったんだ」
お義姉さんがいないということは…ヒロインがいない!?
「ルノア、本当に汽車出るぞ」
呆然とするルノアの両脇をグロウとメロウは抱えてひいていった。
遠くなるフェリックを見つめながら真実が受けいれられない。攻略キャラはいるのに。
まさか、ヒロインと出会えないとは。
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週一更新を宣言しておいてできないなんて…有言実行できない不甲斐なさに自分でヒいてしまう。




