③カシス
「ホワイト…リカー…」
このときルノアは知らなかったが、ホワイトリカーとは何度も蒸留を繰り返す甲類焼酎と呼ばれるタイプの焼酎だった。つまりルノアの転生前の故郷、日本の酒である。
「うちにあって漬けるだけってことは…作れる!」
ルノアは明るい表情で老人の手を両手で握りぶんぶん振った。
「ありがとうございます!帰りますね!」
「え!?ルノア、お茶…」
「また今度!」
ルノアはばたばたと薬屋をあとにした。残されたミシェルの手は行き場なく空をさまよった。
「ただいま!お父さん、ホワイトリカーある!?」
オークス酒店に飛びこむように帰ってきたルノアは簡単に挨拶をすませると、カウンター内で酒瓶を布巾で拭っていた父につめよった。
「ああ、倉庫にあるが…」
「ありがと!」
娘の勢いにおされる父に買い物カバンをおしつけ、ルノアは倉庫に入った。床から天井まで積みあがった木箱のラベルを確認していく。
ワイン、ウイスキー、ブランデー。ここにはない。その他と表記された木箱も見てみるが瓶にはホワイトリカーと書かれたものはなかった。
「売れちゃったのかな…」
「ルノア、なにやってるの。父さん驚いてたよ」
倉庫に入ってきたのは怪訝な顔をしたメロウだった。
「ホワイトリカーってお酒探してるの。お父さんには倉庫にあるってきいたんだけど」
「ああ、それならあそこの樽だよ」
メロウは倉庫の隅にある大きな樽を指さした。人が腰かけられるくらい大きい。
「ホワイトリカーって小売りではほとんど売れないんだ。でも薬屋とかが大量に買ってくことがあるからうちでは樽買いしてるんだよ。まあ大量買いもそんなにないんだけど」
ルノアは樽のふたを開けてみた。強いアルコールの香りは漂うがクセはない。色は無色。
「ねえ、これ味見してみたいんだけどいいかな」
ルノアがそう言うとメロウはコップとレードルを持ってきてくれた。
レードルでホワイトリカーを少しすくい、コップに移す。ペロッとなめてみた。味はない。これならリキュールを作っても果実の風味を邪魔しない。
――これで作れる。
希望を抱いたルノアに、優しい母が珍しく怒ったのはすぐあとの話。夕飯は肉なしシチューだった。
さて、なんのリキュールを作ろう。
ルノアは夕飯を食べながら考えた。
前の世界で定番だったのはカシス、レモン、梅といったところか。どの居酒屋でもよく見かけていた。世界は変わっても人の味覚は変わらない。ということはきっと人気が出る。
梅は馴染みがないかもしれないし、そもそも市場で見かけたことがない。逆にレモンはよく見かけるし手に入りやすい。一番好きで興味があるのはカシスだけど、梅同様記憶を引っぱりおこしても見かけたことがなかった。
手っ取り早く作るならレモンだが、どうせならカシスで作ってみたい。
「ねえ、カシスってどこで手に入るかな」
家族はみんなきょとんとした。え、カシスって果実、この世界にもあるよね?
「カシス…この辺のお店では見かけないわね」
「カシスなんてなにに使うんだ?」
「昨日話した甘いお酒、カシスで作ってみようと思って」
「ああ、だから昼間、ホワイトリカーを見てたんだ」
「…そういえば」
父がなにかを思い出すように眉間にしわをよせた。
「故郷で見たな」
「え!?」
ルノアはのどを鳴らしてビールを飲む父を見た。
「山でその辺に生えてたよ。初夏に実が黒くなってな」
「行きたい!」
思わず立ちあがったルノアは父につめよった。
「ねえ、一日だけでも行っちゃダメかな?どうしてもカシスがほしいの」
「や、一日じゃ無理でしょ。あんな田舎」
メロウの冷静な声をきいて、ルノアは父の故郷を思い出してみた。
山に囲まれ草原が広がる最果ての村。機関車でたどり着く無人の終着駅。ほぼ自給自足する村人たち。
半日かけて村へ行っても、帰りの機関車は夜には走らない。元々本数も多くて数本、少ないと数日に一本しか走らない。
「どっちにしろあと一ヶ月はしないとカシスは食べられる状態じゃない。村に行ったら伯父さんのところに世話になるんだからまずは手紙を書いてみたらどうだ?」
伯父さん――父の兄で、王都に出てきた父とは違い、故郷で祖父の跡を継いで生活している。
「じゃあ寝る前に手紙書いてみる」
その夜、伯父に宛ててカシスを採りたいからお邪魔したい旨を記した手紙を書いた。
一週間ほどで返信があり、よければ家族みんなで遊びにおいでと快い返事をもらった。
「久々に会いたいが、今は店が軌道に乗ってるし、空けるわけにはなあ…」
父の言葉に「じゃあ私一人で行くよ」と言うと
「危ないだろ。ダメだ」
「二回乗り換えるんだよ。絶対間違えるでしょ」
兄弟から一人旅を禁じられた。間違えるか。もう17なんだが。
「いつも休みなく働いてるんだ、三人で行ってきたらどうだ?」
「せっかくお邪魔するんだもの、伯父さんのお手伝いもしてきなさい」
話し合いの結果、三兄弟で二泊三日の小旅行をすることとなった。
このお話のために自家製リキュール作成中。




