①甘いお酒
飲み放題という新企画から二ヶ月と少したった。
毎晩客が来ては様々な酒を飲んでいく。気に入った酒をその場で買っていく客もいれば、翌日昼間に奥さんが買いに来ることもある。
まあ結果を述べると飲み放題企画は成功。黒字を維持どころか売上向上している。
ルノアは一安心。今晩も笑顔で接客している。
「あ」
閉店間近。母は早めに二階へ上がり夕食の準備をしている。ルノアは母の代わりにおつまみのサラダを用意している最中、フォークを落としてしまった。それを拾おうとしゃがんだときだった。
「いやあ、こう楽しく酒を飲んでると女がほしくなるな」
フォーク手前でルノアの手がピタリと止まった。
客は全員男。母がいない今は店員も全員男。女は自分一人。べつに自分のことを言われているわけではないとわかってはいるものの、姿を現しにくくなってしまった。
「ルノア、今日はもう上がれ」
兄のグロウがこっそり近づいてきて小声で言った。ルノアはそれに甘えることにした。
階段を上がっていると
「うちは娼館じゃねえんだぞ」
「悪い悪い、冗談だよ」
と父と客の会話がきこえた。
そういえば、飲み放題を始めても一度も女性が飲みに来たことはなかった。男性客ばかりで入りにくいのかもしれない。
レディースデーを作るとか?女性向けのおつまみもいいかも。
――いや。
そこまで考えてルノアは根本的な問題に気がついた。
甘い酒がない。
この世界の酒はおもにビール、ワイン、ウイスキー、ブランデー。シャンパンなんかもあるが珍しい部類に入る。もしかすると別の地域や国にはもっと珍しい酒があるかもしれないがどれも苦いものや辛いもの。
甘い酒。ルノアがすぐに思いついたのは梅酒やリキュールだった。
前の世界にいたときよく飲んでいたし、カシスオレンジなんかは大好物だ。この世界の女性にも絶対に好かれる。
「よし、今度はそれだ!」
「なんだ、まだ階段にいたのか」
どれくらい考えこんでしまったのか、階下にグロウがいた。営業時間も片付けも終わったらしい。
「ちょうどよかった。お兄ちゃん、甘いお酒ってないかな」
甘い酒は少なくとも我がオークス酒店ではあつかっていない。しかし買い付けで頻繁に外へ出るグロウなら知っているかもしれない。
「そういえばこの前初めて買った酒の中に甘めのやつがあったな」
「本当!?」
ルノアは目をキラキラさせた。それがグロウのお兄ちゃんスイッチを秒でオンにした。
「倉庫から持ってくから夕飯と一緒に飲もうぜ」
グロウはルノアの頭をなでくりまわして倉庫へ引っこんだ。
試飲していけそうなら今度は女性をターゲットにして営業を企画しよう。
二階の台所に入ると母がなべをかき混ぜていた。
「もうソースができるから魚を焼いてちょうだい」
母に言われたとおり、フライパンで魚の切り身を焼く。そのあいだに皿やパンを用意していると男三人衆が店から上がってきた。
焼きあがった魚を皿に乗せ、半透明のソースをかけて完成。ルノアと母も食卓についた。
「今日は魚か。ちょうどいいな。ほら、ルノア、さっき言ってた酒」
グロウはテーブルの真ん中にドンとワインの瓶を一本置いた。
「さっき言ってた酒って?」
「ルノアが甘めの酒が飲みたいって言うからさ」
「ふーん」
グロウとメロウの会話中、ルノアはワインを手に取った。リースリングという種類の白ワインだ。
「今日の酒はそれか」
「じゃあグラスに注ぎましょうか」
母が全員分のグラスにワインを注いでくれた。
「いただきまーす」
夕食が始まり、ルノアはまず一口ワインを飲んだ。
「…これ、ワインだよね」
「ワインだぞ。甘めの」
甘め、という言葉に騙された。めちゃくちゃ甘いわけではない。ワインの中では甘めの部類だ。甘い感じはするが前面にアルコールが押し寄せてくる。
「こういうのじゃなくてさ、ジュースみたいに甘いお酒ってないかな」
「ジュースみたいな?」
グロウは摩訶不思議なものを見たような顔をした。その隣に座っているメロウも理解できない、と顔をした。
「それもうジュースじゃん」
「いや、ジュースじゃなくてさ…」
「俺はきいたことねえな。父さんあるか?」
「いや、ないなあ」
うーん。家族全員頭を悩ませてしまった。
「どうしたの?急に甘いお酒が飲みたいだなんて」
「いやあ、甘いお酒があれば女性客が来るかなーって思って」
空気が固まった。みんな目を見開いてルノアを見ている。
「…え、どうしたの?」
問いかけても無言。なにか失言してしまっただろうか。
「………まあ、甘いお酒ってのもおもしろくて宣伝になるんじゃない?兄さん、見つけたら仕入れてみたら?」
「あー、うん、そうだな」
それからは甘いお酒の話題は出てこなかった。あえて避けているように思えた。




