①いざ転生
「最近転生ものばっかで飽きたわー」
とある居酒屋で片手にカシオレ、片手に焼き鳥を持って上機嫌に現代のマンガやゲームを批評する。
「転生、悪役令嬢、ざまぁ、聖女、魔法。どんだけ似たの出てくるのよ。マンガ読んでても既視感あるし。なに読んだかも忘れたわ」
正面に座る友人は苦笑した。
「じゃああえて転生できるとしたらどこに転生したい?」
私は少し考えたあとスマホを操作し友人に見せた。
「アプリゲームなんだけど『栄国のハニー』かな。タイトルはくそダサいんだけど、攻略対象の兄弟が推しなんだよね」
「眠―い」
家に帰るとすぐにベッドに横になった。
メイク落とさなきゃ。お風呂入らなきゃ。着替えなきゃ。
しなければいけないことはわかっているけど、睡魔には勝てず、重いまぶたを閉じたまま眠りの沼に沈んでいった。
「――」
声がきこえる。でもまぶたはまだ重い。起きなければと思いつつも身体が動かなかった。
「ルノア、朝だぞ」
頭をなでられる感触にゆっくり目を開けた。白い天井を背景に人影が見える。
え?だれ?
私は一人暮らしのはずで、合鍵を持っている家族は遠く離れた場所に住んでいて。
だんだん人影がはっきりしてきた。ピンと外はねの赤毛、気の強そうなややツリ目。細身だけど私の頭から離れた手は指が長くて大きい。上向きの口角は彼の明るい性格を表している。
なんだ、『栄国のハニー』のグロウじゃん。
正体がわかって一安心した私はまた目を閉じた。
――ちゅ
え。
「早く降りてこいよ。せっかく帰ってきたんだし、一緒に朝食食べようぜ」
扉の閉まる音がして人の気配がなくなる。私はガバッと起きあがった。
なに今の!ほっぺちゅー!?グロウからの!柔らかかっ……
「あれ?」
ベッドがいつもより大きい。部屋も広くなっている。十畳くらいのそこにはベッドのほかに簡素ではあるが机とドレッサーがあった。
シーツをなでたり自分の顔を触ってみる。ちゃんと感触もあるし温度も感じる。
ベッド脇のかわいいルームシューズをはいてドレッサーの前に座ってみた。
「……だれ?」
二十代の私は十代後半の別人になっていた。紫がかった柔らかい黒髪、大きな瞳。自分ではない自分をじっと見つめる。でも見たことあるような気がする。
ここがどこだかわからなくて部屋を出た。同時に隣の部屋の扉も開いた。出てきた女の子のような男の子は私と目が合うとくっと眉間にしわをよせた。あ、鏡の中の私と似てる。
「いつまでそんな恰好なの。早く着替えなよ」
長めの前髪からのぞく大きな目が私を軽く睨んだ。男の子は私の前を通りすぎ階段を下りていった。
うん、てかあれメロウだよね?『栄国のハニー』の攻略兄弟キャラの弟だよね?んでさっきのは兄のグロウだよね?
脳が頭の中で回転しているようだ。ぐらぐらする。
「ルノアー、ご飯よー」
「は、はーい!」
階下から女の人の声がきこえる。
いつまでそんな恰好、と言われた自分の姿を見下ろす。パジャマ、というかネグリジェのままだ。私は部屋に戻りクローゼットを開けた。
「これでいい…かな」
数点ある服の内、白いワンピースを手にとる。ついでに編み上げの茶色いベストも。魔法少女もビックリの早着替えで部屋をとび出し、階段を下りた。温かいいい匂いがする。
「やっときた。今日はお寝坊ね」
階段下にいた女性を追って奥の間に入る。紺色の髪に可愛らしい笑顔。若々しいが中年くらいだろ
う。
「ルノア、パン、焼きたてだぞ」
中年の男の人が二ッと笑った。赤い髪と髭。がっしりとした体格は豪快そうだ。
グロウとメロウの両親…だよね?男の人の赤髪と笑顔はまんまグロウだし。メロウの髪色は二人の赤
と紺を混ぜたような色だし。
私はテーブル上の数本の棒状パンに目をやった。
「わあ、おいしそうなフランスパン」
それをきいたみんなはきょとんとした。
「フランスパン?バタールだろう」
「若い子の間ではそう言ってるのかしら」
「そんなのきいたことないよ」
わたしは慌てて訂正した。
「ごめん、まちがえちゃった。気にしないで」
私はすでにスープや炒り卵が並べられた食卓につこうとしてまた困惑した。
どこに座ればいいの?
中年の男の人はすでに長テーブルの誕生日席に座っている。残りは四席。戸惑っていると、グロウとメロウは隣同士に着席した。残り二席。
夫婦は近くに座るよね?
私は賭けで誕生日席から離れた席に座った。みんなの顔色をうかがう。
「ルノア」
メロウに話しかけられ肩が跳ねた。
「今日、なんか変じゃない?」
どうやら席は合っていたようだ。しかし挙動を疑問にもたれ、またごまかさなければならない。
「お前な、ルノアのこともちゃんと姉さんって呼べよ」
「いいんだよ。ルノアは頼りないし、姉って感じしないから」
「俺のことは兄さんって呼ぶのに。それに昔はお姉ちゃんって呼んでただろ」
「子どもの頃だろ!」