春暁
短いです。
頁を送る指が止まりこちらに顔を向けたあなたが、瞬きを一つ、細い息を一つつき静かな声で、
「おはよう」
と言う。
「おはよう」
挨拶を返しながら今日も私はその宵闇色の瞳に吸い込まれる。
「最近、夜が短く感じられる」
あなたはそう言いながら、読みかけの本をサイドテーブルに積まれた本の一番上に、コトリと音を立て置いた。
「それはそうよ、だってほら見て、この国に春を告げる花がこんなに咲いているのだもの」
隣に腰を下ろしあなたの左手に私の右手を重ねながら反対の手で木々を指さす。
「あぁ、あの白い花」
と言いながら微笑むあなたに笑みをかえす。
あなたは知らない、あの花が本当は薄桃色だと言うことを。
ポツリポツリと言葉を交わしながら、あなたの左手の感覚がなくなって行くのを感じる。
『明けない夜は無い』
希望を示すこの言葉に、今だけ抗いたくなるのを許して欲しい。
「また明日」
その言葉が終わる頃には今日もあなたの存在は私の右隣から消えていた。
瞼をとじ、しばし余韻に浸った私は『希望』になる為に顔をあげ立ち上がる。
◇◇◇
あなたが、夜という存在である限り、私は朝であり続けよう。
闇の中、一人で長い夜であり続けるあなたかの静けさを含んだ朝がはじまる。
そして元気な昼に引き継ぐ為に徐々にこの世界を明るく照らして行く。
それはきっと私にしか出来ない。
あなたが闇で包み癒した世界を守る為に、私は今日も朝でいる。
◇◇◇
最初の記憶は一面の暖かいオレンジ色とそれに反する寂しさの気持ち。
その感覚に戸惑ううちに、気付けば闇の中に一人で座っていた。
星の瞬く音が遠くに聞こえるだけの静かな闇。
僕が『夜』として生まれた瞬間だった。
いつまで続くかわからない不安の中ふと気づけば、自分の左半身が温かくなっていることに気が付いた。
不思議に思いそちらに視線を向けると、隣で朝焼け色の大きな瞳がこちらを見つめていた。
「おはよう、今日からよろしく」
君はそう言い静かに微笑んだ。
刹那、自分の存在が薄く消えゆく感覚に気付き、あわてて口を開くも言葉が出ず固まる僕に、くすくすと笑いながら、
「大丈夫、また明日会えるわ」
「また明日」
と君が小さな声で言ってくれた。
◇◇◇
君が、朝という存在である限り、僕は夜であり続けよう。
この世界の新しい希望を一身にうけ、君が世界を輝かせる為に。
黄昏から引き継いだこの世界の悲しみや寂しさを、僕の闇で癒してあげる。
きっとそれは僕にしか出来ない。
君が世界の希望であり続ける為に、僕は今日も夜でいる。