第2幕 『人魚姫』の王子の隣国に住む姫の場合 2
1
「姫様。また城下町へ行くのですか?どんな危険があるか分からないから俺もついて行きますよ。」
メイドのローラが話したのだろうか、ヴァネッサの幼馴染で王宮騎士のカインが城下町へ行こうとしていたヴァネッサとローラを追いかけて来た。
「あら、カイン。訓練はいいのかしら?」
ヴァネッサがマントのフードを外すと尋ねた。
「ええ、訓練よりも姫様の護衛をする方が重要任務ですから。」
「ふ~ん・・・。まあ私は別に構わないけど?」
するとそれまで黙っていたローラが突然言った。
「あ!いけない!」
「どうしたの?ローラ?」
「私、メイド長から今日は洗濯物が沢山あるから手伝いに行くように言われてたの忘れてました!すみません、姫様。一緒に出掛ける事が出来なくなってしまいました。」
「あら・・・そうなの?なら仕方ないわね。」
ヴァネッサは溜息をついた。
「本当にすみません。でも、代わりにカインが付いて行きますから大丈夫ですよ。ね、カイン?」
「ローラ?一体何を・・・。」
カインが言いかけた時、ローラが素早くカインにだけ聞こえるように小声で言った。
「頑張りなさいよ、カイン。」
途端にカインの顔が赤くなる。
「それでは姫様、あまり遅くならないように戻ってきて下さいね~。」
ローラは城の中へと戻って行った。そして残されたのはヴァネッサとカインの2人きりとなった。
「あの~そ、それで姫様・・・。」
カインが戸惑ったようにヴァネッサに声を掛けた。
「カイン、2人きりの時は姫様なんて呼ばなくていいわよ、ついでに敬語もなしよ?」
「だ、だけど・・・俺は騎士で、ひ、姫は・・。」
「姫じゃなくて、ヴァネッサでしょ?」
するとカインは顔を赤くして言った。
「ヴァ・・・ヴァネッサ・・・。」
「うん、それでいいわ。さて、それじゃ買い物に行きましょう?」
再びヴァネッサはフードを被ると、城下町へ向けて歩き出した。その後ろ姿を慌てて追いかけるカイン。
「ねえ、ヴァネッサ。今日は城下町へ一体何をしに行くんだい?」
すっかり昔の幼馴染だった頃の口調に戻って話しかけて来るカイン。
「あのね、服を買いに行きたいのよ。」
それを聞いたカインは目を丸くした。
「ええっ?!だってドレスならいつもデザイナーを呼んで作っているじゃないか?第一城下町に売ってるのは庶民が着る服ばかりでドレスなんか売っていないよ?」
先を行くヴァネッサに追いすがるような形でカインは言った。
「あら、誰がドレスを買うといったの?私が買いたいのは庶民が着る服だから。」
「え・・・?そ、そんな服を買ってどうするの?ヴァネッサがその服を着るつもり?」
「当然じゃない、着るつもりが無ければ買わないわ。」
「で、でも・・・何処で着るつもりなの?どうして庶民の服が必要なんだい?」
尚もしつこく食い下がって来るカインにヴァネッサは少し考え込んでいたが・・・やがて尋ねた。
「ねえ、カイン。私って・・・庶民になれると思う?」
「え・・・?」
「そうなのね・・・今の私ではとても庶民にはなれないわね・・・。」
ヴァネッサは海を眺めながら言った。
今、ヴァネッサとカインは2人で海が見える大通りのベンチに座って話をしている。
「庶民になるには、炊事・洗濯といった全ての家事を出来るようにならないとね。ナイフすら持ったことが無いヴァネッサには無理だよ。」
カインは笑いながら言う。
「それなら・・・やっぱり何処かの貴族の男性にお嫁に貰って貰うしかないかしら・・・。」
ポツリと呟くヴァネッサの言葉にカインは驚いた。
「エ・・・?!ヴァネッサ!それは一体どういう意味・・?!」
しかし、ヴァネッサはそれには答えず笑顔で言った。
「ううん、何でも無いの。カイン、今日は付き合ってくれてありがとう。お城に戻りましょう?」
ヴァネッサは立ち上がった。
「う、うん・・・。」
カインは複雑な思いを胸に、返事をした―。
2
「お父様、お話があります。」
城へ戻ったヴァネッサは父であるリチャード3世の執務室を訪れていた。
「おお、我が愛しの娘ヴァネッサ。一体どうしたのだね?」
書類にサインをしていた国王は羽ペンを置くと、顔をほころばせた。
「はい、実は結婚したいのです。相手は誰でも構いませんから。」
「な、何だってっ?!」
国王はあまりのヴァネッサの言い分に思わず立ち上がり、駆けよるとヴァネッサの肩に手を乗せると言った。
「一体なにがあったのだ?あれ程結婚するなら自分が本当に好きな男性としか結婚したくないと常日頃から申しておったのに・・!」
「ええ、そうなのですが・・気が変わったのです。なのでお父様、私と結婚しても良いと仰る男性を選んで置いて下さい。出来れば半月以内にお願い致します。」
「は・・半月だと?!無茶な事を申す出ないっ!それならこの話は却下だ!結婚相手は探すが・・・じっくり時間を掛けて探す。大丈夫だ、ヴァネッサ。お前のように美しい姫はなかなかいない。素晴らしい結婚相手を選んでやるから、花嫁修業をしているのだぞ?」
「はあ~・・・。」
ヴァネッサはドアを閉めると溜息をついた。そして自分の部屋へ向かって歩きながら考えた。
(結局、私には家事が何一つ出来ないから城を逃げて生活していく事は不可能だと言う事が分かったわ。それに半月以内に結婚相手を見つけるのもお父様に断られてしまった・・・。きっとこののままではいずれこの国は嵐に襲われて隣国の王子が浜辺に打ち上げられてしまう・・・。)
部屋に戻ったヴァネッサは窓を開けた。窓から見えるのはコバルトブルーの海に青い空・・・それは見事な景色が広がっている。
「そうだ・・・。王子が何処の浜辺に打ち上げられるのかはもう分かっているから、見に行ってみましょう。」
ヴァネッサは日傘を持つと、部屋を出た。
大国の姫でありながら、ヴァネッサはいつも無防備であった。しかし、その無防備さ故、王子と結ばれた後に人魚姫「メルジーナ」の姉達にかけられた呪いにより、ヴァネッサは様々なそれは恐ろしい死に方を繰り返してきたのだ。
「これからはなるべく1人で行動しない方がいいかしら・・。」
日傘をさして歩きながらヴァネッサは思った。だが、王子との出会いまでには後半月ある。あの浜辺に行けば何か自分の不幸な未来を回避できるヒントが得られるのでは無いだろうか・・?
ザザーンザザーン・・・・。
打ち寄せる波の音を聞きながらヴァネッサは周囲を見渡した。記憶によればちょうどいまヴァネッサが立っている場所に王子が打ち寄せられてくるのである。そしてその前方に大きな岩がある。
「そうだわ・・・恐らくあの岩陰からメルジーナは私と王子の様子を見つめていたのよ。でも・・・ここからメルジーナに声を掛けたり、近付いたりしたら・・・きっと逃げられてしまうわよね?何とか背後に回れないかしら・・?」
ヴァネッサはその時後方に遊歩道があるのを見つけた。その遊歩道は城の裏門から続いている。
「そうだわ、城の裏門からあの遊歩道を抜ければ、メルジーナの後ろに回れるかもしれない。そして、背後からそっと声を掛けてあげれば・・・。」
ヴァネッサは考えた。どうすればメルジーナが王子様を助けた事に出来るのだろう?結局王子を助けた時のメルジーナはまだ人魚の姿をしているので王子の前に現れる事が出来ないだろう。それにメルジーナが王子を助けた事にしなければ、ヴァネッサはきっと恐ろしい死に方をする運命から逃れる事は不可能だと、感じた。
「まずは、王子が目を覚ますまでに私とメルジーナが出会っていなければならないわ・・・。」
そこでヴァネッサはダメもとで海に向かって叫んだ。
「メルジーナーッ!!メルジーナーッ!!」
しかし、海から打ち寄せる波の音しか聞こえてこなかった。
「はあ・・・聞こえる訳無いわね・・・。」
ヴァネッサはがっくり肩を落とすと、スゴスゴと城へ帰って行った。
しかし、この時のヴァネッサは気が付いていなかった。
何者かが海からじっとヴァネッサを見つめていたと言う事に―。




