最終話
勇紀の話
「ただいまー」
「あ、勇紀おかえりなさい」
ドアを開け、手とうがい。そしてキッチンへと向かうと案の定母が居て。
「お婆ちゃんどうだった?」
「うん、元気。ただ少し耳が遠くなった感じかな」
「だから、あれ程うちに来ればって言ってるのに」
「爺ちゃんとの思い出のアパートだろ?婆ちゃん離れたくないって言ってたよ」
まったくもう、とぶつぶつ言いながらも出した洗濯物を持って行ってくれる。
「そうそう、玄関またお父さん靴揃えてくれないのよ」
「ああ、見たよ…んでちゃんと揃えて置いた」
「アンタは良い子ねぇ」
「…前から言ってるけど、俺良い子じゃないよ」
「でも、お婆ちゃんの住んでるアパートの人たちの話聞いてやってんでしょ?」
「あれは好きで聞いてるの、だって俺まだ経験浅いし自分が体験した事無い事ってネタに出来るし」
「小説の?」
うん、と頷き出された麦茶を半分ほど飲み干す。
「ありがと」
「どういたしまして、でも小説のネタにするならリアルティって必要じゃないの?自分で体験した方がいいんじゃない?」
「小説ってさ、リアルを求めてる物もあれば…求めていない物もあるよ。自分じゃない自分になって体感したいってのも…俺はそう言うの書いてるんだ」
「まぁ、アンタの勉強にも繋がるし、ね。」
「そうだよ…だから親切でやってる訳じゃないけど…それで向こうもすっきりするならいいし、他人からしか見えない事だってあるだろ?」
「私もネタにされてるんだろうなぁ、アンタに愚痴聞いてもらってるし」
するよ、と答えると「美人って書いてよね」と笑われた。
「母さん喉乾いたーっと、勇紀帰ってたのか」
「ただいま父さん」
書斎から顔を出した父が、俺の姿を見つけ近付いてくる。
「あ、父さん。靴匂いしたから消臭剤振っといた」
「何でお前が知ってんだよ」
「何で、って父さんの靴揃えたし」
「わぁぁぁ、息子に靴の匂い嗅がれたー」
ノリの良い父である。
「だって、働いてる証拠だろ。汗かく程頑張ってるんだし」
「お前本当良い子だなぁ、次から自分で揃えるよ…息子に靴の匂い知られたくないし」
またか、とちらりと母を見ると小さく笑ってる。
「婆ちゃん、煮物喜んでたか?」
「うん、固いのは食べれないから柔らかいもの選んでたけど…後は俺が食った」
「本当すまないな、お前に婆ちゃんの様子見てもらって」
「謝らないで、俺が婆ちゃん好きで遊びに行かせてもらってんの」
大人と言うのは、本当自分の見たいように子どもを見る。
でも、まぁそれでもいいのかもしれない。
明日は月曜日、また大学が始まる。
「晴れるといいなぁ」
「雨だとうっとおしいからな」
「それもだけど、人の表情が見えづらいだろ?」
変わってんなお前、と頭をぐりぐりと撫でられて。そっと自分の手で髪を直した。
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