第一話
初投稿です。よろしくお願いします。
アパートの前の広場。トタンの屋根が有り日差しが遮られていてちょっとした休憩スペースになっているのか、折り畳みの椅子が何脚か置いてある。
ここに住んでいる婆ちゃんに会いにたまに週末だけ泊まりに来ている俺、桂勇紀は現在大学に入ったばかりで、こうして昼間は婆ちゃんと二人椅子に腰かけ気持ちの良い風に吹かれるのが楽しみの一つ。
そこに、婆ちゃんと同じアパートの住人…確か一階に住んでいる佐々木さんご夫婦の奥さんがやってきた。
「ねぇ、聞いてっ!うちのダンナってば冷凍ご飯嫌がるのよ、保温してたら美味しくなくなるし毎回炊いてちゃ電気代も高くなるし一度に炊いて冷凍しておいた方が節約になるのに、それに風呂の残り湯を横にある洗濯機に入れてって言っても面倒くさいとか」
「大変ですねぇ」
「水道代も馬鹿にならないのよ、少しでも節約になれば生活も楽になるし将来子どもでも生まれたら物入りになるしで、その辺りいくら話しても分かってくれないのよっ!!」
「うん、うん」
大抵こんな調子である。
話をして気が済むのであれば聞くのも悪くない…と言うのは建前で、実は俺は小説家でもあった。こうして小説のネタになれば、と聞いてるのが大半。勿論話は大分脚色しているし、書くのも本人の承諾済だ。
「そうですね」「大変ですね」この返事だけでも構わないらしく、一通り話し終えた佐々木さんに頷いて話を聞いていた婆ちゃんは手元の麦茶の缶を「どうぞ」と差し出す。
「あら、ありがとね」
「でも佐々木さん、節約して旦那さんの趣味とかに協力したいんですよね」
確か以前そう言っていたのを思い出す。
「そうなのよ、うちのダンナ釣りが趣味でもうずっと同じ竿使っているから新調してやりたいし」
「それ伝えたらどうです?」
「伝えたわよっ、それでも面倒だって」
「あー、じゃあ明細書」
「明細書?」
「節約してる時と、してない時の明細書見せてみたらどうです?男って数字で見たら納得できる部分もあるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
ようやく気が済んだらしい佐々木さんが身を乗り出して来る。
「きっと分かってくれますよ。その上でこれだけ節約出来たら一緒に釣り竿買い行こうって誘ってみたらいいかも」
「そんな事考え付かなかった」
「俺、結婚していないし、偉そうな事いってすみません。でも普段佐々木さんご夫婦仲良くて、こんな結婚してみたいなぁって憧れちゃってるんで…」
と、頭を掻くとほんのりと頬を染めた佐々木さん。
「やだわ、でもありがとう…あ、もうこんな時間っ夕飯の支度しなくちゃ。またね」
「はい、また来てくださいね」
「どうせ小説のネタにするんでしょ?」
そう言いつつ、笑顔。どうやらすっきりとしたらしいその表情に。
「佐々木さんのご了承得てますから」
「ちゃっかりしてるわね」
そうやって、来た時とはちょっとだけ違う雰囲気で買い物に向かう後姿を見送り、
「そういや、婆ちゃんはどう思ったの?」
「あたしゃ耳が遠くて、早口になると殆ど聞こえないんだよ」
「だよね…でも話してすっきりするって事あるし…上手く行けばいいね」
「そうだねぇ」と婆ちゃんは夕暮れの空を見上げて
「明日も晴れるといいねぇ」
そう呟いていた。