紅の教室
能力で見る学校。そういうと通りがいいだろうか。
高度な教育技術を手に入れた日本は、もはや今までのような平均に合わせるような教育ではなくなっていた。
上にいるものがさらに上を目指し、下にいるものは容赦なく蹴落とされていく。それがこの学校もとい今の日本教育上の常識であり、事実だ。
俺はこの産業教育スクール渋谷校に入学する高校一年の楠瀬智雄。短所も長所も特になく、中学生活の中では日々を愚弄することしかできなかった普通の高校生だ。
バスが目的地に到着し俺は今まで座っていたバスの座席から立ち上がって、出入り口に向かう。バスの中には多種多様な人物がおり、若いOLや年老いた夫婦、地元のギャングらしき髪を金色に染めた者などがいた。
高校へ向かうバスなのにこれほどまでに年齢層が違うことには少し驚いたが、どうせ次の駅に向かうとかだろう。そこまで重要ではない。
バスから降り、少し歩くと渋谷校の全容が見えてきた。渋谷校は都内有数のマンモス校であり、いろいろな性格の人を教育していくという方針だ。そのため試験を受ければほとんどの人が入れるし、よほどなことがない限り落とされない。
それなのに優秀な人材も時折多数輩出しているため、よほど教育制度が充実しているのだろう。俺はそんなことを考えて入学してきたのだ。
昇降口には入学おめでとうなどでかでかとポスターが貼ってあり在校生の頑張りが目に見えるようだった。
「もうこんな時期か。かわいそうに」
教師らしき髭面の男がしんみりとした様子でそう一人口にした。入学式というのだからむしろおめでとうというべきだと思うのだがどうして「かわいそう」なのだろうか。
「あの、どうしてかわいそうなんですか?」
「ん?ああ聞かれていたのか。なんでもないよ。入学おめでとう」
さっきの独り言を取り消すようにその男はほかの者と同じようにおめでとうという言葉を投げかける。それには全く心が入っておらずそう話すのも苦痛に感じているようだった。
「そうですか、ありがとうございます」
俺は建前上だけの感謝を伝え、その場を後にする。もうすぐ入学式が始まる。俺は昇降口から学校の中に入りパンフレットを受け取った。式が行われるはずの体育館に向かい、新入生が集まっているところを探す。
やっと見つけたたまり場にはクラスの振り分けが書かれており、俺はCクラスだった。クラスはJクラスまであり、よほどのマンモス校だなと実感した。
「――新入生の皆さんこの学校の仕組みはわかったでしょうか。この学校は平等主義のため先輩後輩の主従関係はそこまで強くありません。分からないことがあれば何でも聞いてもらって結構です。一週間くらいで多分この学校の全てがわかると思います。一緒に頑張っていきましょう。」
俺たちを歓迎している様子を醸し出してそう言ってくる生徒会長。入学式の定番といえばこれだが、正直前半の話は全く聞いていなかったので全く頭に入っていない。入学式というのはこんなもんだ。来賓の話を聞き流し、校長の話を聞き流し、もはやすべての人の話を聞き流す。そうして終わった入学式で得るものは何もなく、これから学校のことを知っていくしかないだろう
Cクラスの教室に入り、自分の番号の席に座る。それから数秒も経たず隣の人が席に座ってきた。言うまでもなく女子で、目鼻立ちが良い顔をしている。少しばかりの既視感があったので同じバスに乗っていたのだろう。じっと見てるのに気づかれただろうかその女子は小さく口を開けて、
「よろしく」
「ああよろしく。バスできたよね?」
「そうだけど…あ、バスで私のこと見たんだ。そういえばなんかこの学校クラス変わらないらしいよ~珍しいよね」
「そうなんだ。初めて知ったよ。このクラスが終わってたらそれでもうだめじゃないか。クラス替えも必要だと思うけどな」
「だよね~」
この学校で話したのは彼女が二度目だろうか。ここから自己紹介や授業とかでもっと話していくことになるだろうが、俺はそういうのがそこまで苦手ではないため正直どうでもよい。
次の瞬間教室の前の扉がガラガラと開き教師が入ってくる。それはさっき話した髭面とは違う男の教師で背が異常に高かった。多分190cmはある。
「お前ら席に着け。ホームルームを始めようか」
その言い方には威圧感がありどことなく恐怖が舞っていた。
「俺は円城寺浩紀だ。今から一年間このCクラスを担当することになった。よろしくな。皆も知っていると思うがこの学校はクラス替えがない。だから今、周りにいるやつと三年間過ごすことになる。最初の一か月で仲良くなっておくといい。だが特例もある。このクラスと間接的に合併しているのはDクラス。もしCクラスとDクラスがどっちとも半分以下になったらそこと合わさって一クラスとなる」
「そんなことねえだろ。半分って…」
クラスの中の一人がそんなことを口にする。それは俺も同感でばかげた話だなと思った。
「それがあるんだよ。過去に何度も起きてる」
教師はニヤニヤしながら意地悪そうにそう口にする。それは俺たちをバカにしているように思えたが同時に嘘は言っていないという様子も感じ取れた。これが嘘じゃなければ退学者がそこまで出ているということだろう。そこまで厳しいのだろうかこの学校は。
「ふふなんかみんな怯えているようだな。空気をリフレッシュしようか。」
そう言って教師は大きく息を吸い、
「まあこれからこのクラスで過ごしていくわけだ。隊長の体調管理は大切にな」
と言った。それで笑う者がいるはずもなく教室にさらなる緊張感が漂い始めた。
「なんだ。ノリ悪いな。せっかくギャグ言ってやったのに。まあいいやホームルームはこれで終わりだ。じゃあな」
教師はそう言って扉を開け廊下に出た。少ない時間のホームルームはやった実感のないような時間ですぐ終わってしまった。なんだか味気がなかった。
この休み時間で他の教室に行こうと思う。他クラスがどんな教師でどんな性格の人がいるか知りたかった。
俺がE組の前に立った瞬間
「ピコン」
という音が鳴った。
次の瞬間叫び声と純血がE組の教室から立ち込めた。
一つの生命が終わった音がした。