カーミラを探せ
「では、私はここから北に向かい、そこでカーミラを探すとする。こちらで見つけた場合も連絡はする」
ダリオはスマフォを指で操作する。
LINEに通知が来る
"よろしく"と書かれた人気キャラクターのスタンプが送られてきた。
僕は"かしこまりました"と同じようにスタンプを返した。
こうして僕はヴァンパイアの依頼を受けることとなった。
カーミラ
"『カーミラ』 (Carmilla) は、アイルランド人作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュが1872年に著した怪奇小説、およびその作中に登場する女吸血鬼の名前である。"
ダリオはあんな風に言っていたが、依頼を受けた以上、最善はつくしたい。
もちろん人間に戻りたいがためと言うこともあるけれど、それ以上に僕は怒っていた――自分に対してである。
ネットでカーミラを検索すると、すぐに詳細な物語のあらすじを読むことができた。それでわかった需要なことがある。ひとつにはダリオが探せと言っているカーミラは物語の中で退治され灰になっていること。つまり僕が探しているカーミラは、伝説の吸血鬼とは別人である可能性がある。
そしてそのカーミラという名前も偽名であることがわかった。
"吸血鬼は元の身分に縛られている。伝説の吸血鬼カーミラの生前の名はマーカラ (Mircalla) であり、吸血鬼として復活して最初に名乗ったのはミラーカ (Millarca) 、物語の主人公ローラの前ではカーミラ (Carmilla) と名乗り、全て本名のアナグラムになっている。"
つまり芝大吾が"ダリオ"になったことと似ているといえば似ている――だとしたらカーミラも偽名であり、アナグラムであり、伝説の吸血鬼の名を借りた似た名前の別人である可能性が高い。
時刻は午前11時――普通なら寒さで凍えるところだがなるほど吸血鬼の眷属ともなると熱さ寒さは関係ないのか。いや、もし太陽の光をまともに浴びたら無事では済まないのだろう。
雲の熱い冬の雪の日だけ、昼間に出歩くことができる……神の理に逆らう存在であるヴァンパイアももともとは日の当たるところで暮らしていた人間である。
北欧の人がわずかな期間しかない日光浴を裸になって楽しむというのとは違うのだろうけれど、僕は僕なりに吸血鬼の矜持みたいなものを垣間見たような気がした。
「こんなところで何をしているんだい、坊や」
突然背後から声がした――女の声。
「ほう、珍しいところで、珍しい物にでくわしたものだ。いや、ちがうのか。そうじゃないわね。珍しい日には、珍しいことが起きるもの……かしらね」
僕の動物としての本能が振り返ってはいけない。見てはいけないと告げていた。のどがカラカラだ。つばも飲み込めない。いつの間にあらわれたのだ。僕はすっかり遠くを見るのに気を取られていてまるで気づかなかった――いや、そうじゃない。きっとそんなことは関係なしに、今僕の後ろにいる奴は、僕の背後にいるんだ。
「久しぶりの雪の日に、夜更かしして外に出て観れば、ちょうどいいところに夜食があったと思ったのだけれど……」
背後にいる女は僕の首筋を冷たい指でなぞった。
「どうやらわたしが食べる前に、誰かがつまみ食いをしたみたいだね。こういうの、なんて言うんだったか……そうそう、冷蔵庫にしまってあったわたしのデザートを誰かに食べられちゃった時に言うセリフ」




