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1-8 江戸城潜入開始

 奏太は軍服の上に灰色のマントを着て、城に搬入はんにゅうされる荷物の集積場へと歩いていた。


「暑いな」


 気だるげな声が、湿った夏の空気に染み入る。返事をする者は勿論居ない。


 道は太陽の光を反射して白く輝き、地面を踏みしめる度に砂埃が上がる。


「軍服だけで充分暑いっていうのに、こんなマントまで羽織ったら、めっちゃ暑いに決まってるよな」


 今日は王城詳報おうじょうしょうほう強奪作戦の決行日、準備は万端整っている。やる気の無さそうなことを言っている奏太ではあるが、この作戦に対するモチベーションはそこそこに高かった。


 理由の一つには勿論、4年前の事件についての手掛かりが見つかる可能性が有るのは間違いないが、奏太には王城詳報が実在すると信じ切れていない節がある。


 奏太のモチベーションを上げている最大の要因は、彼の心を躍らせるこの状況である。


 軍服を着て城に潜入、城の最上階で文書を盗み、空を飛んで逃走するという作戦を実行するとなると、奏太の心は理屈抜きで躍ってしまう。


 しばらく歩いていると、前方に東都の城が見えてきた。高さ150メートル程はある巨大な城であるが、複数の建物の集合体のように見え、中心から三層の天守閣が突き出ている。


 周辺は堀や運河に囲まれていて、城の周りにかなりの資金と労働力がつぎ込またことを暗示している。あれは今から自分が忍び込む城だと思うと、奏太の胸は熱くなった。


 国有地の境界である川を渡ると、目的の集積場に辿り着く。奏太は迷わず集積所の管理棟に向かった。


 管理棟は木造の立派な建物だったが、奏太はマントを脱いで平然と管理棟の扉を叩いた。


「はい」


 扉を叩いてすぐに、管理棟の中から爽やかな声が聞こえてきた。数秒後に扉が開く。


 人を騙すならば第一印象が大切なのだ。奏太は所属と訪問理由を開口一番に告げる。


「東都軍の者だ。このような用件で来た」


 黒羽から渡された一枚目の書状を広げて見せた。


「畏まりました。どうぞお上がりください。お茶でも如何ですか?」


 どうやら当たりを引いたみたいだ、と奏太はほくそ笑む。対応してきたのは、20歳ぐらいの好青年で、軍の人間ではないらしい。しかし長居は禁物である為、奏太は早々に引き上げることにした。


「いや、必要ない。私は業務を行わせていただく」


「お若いのに、銀勲章だなんて凄いですね! どんなご活躍をなされたんですか?」


 青年の言葉に奏太は一瞬体を震わせ、適当に話を作る。


「……あぁ、最近まで西の方に居てな。色々有ったんだよ」


「そうなんですか。集積場は手前の扉を出て左手にあります。お勤めご苦労様です!」


 ――何とか誤魔化せたみたいだな。


 管理棟を出て、奏太は先程青年が口にした銀勲章に手を触れる……瞬間、勲章――折り紙が指で潰される。


「……器用だな」

 


 青年に案内された通りに進んでいくと、レンガに囲まれた日の当たらない部屋に辿り着いた。縦、横ともに20メートル程はある大空間だ。  


 奏太は淡々と計画を実行する。


 今のところ計画は順調に進んでいる。余計な雑念は思わぬ失敗に繋がりかねないと身を引き締める。


「照らせ」


 奏太は火魔法で周りを照らしつつ、隠れるのにちょうどいい荷物を探す。


 しばらく探していると、一片の長さ2メートル程の大きな木箱を見つけた。奏太が持ち上げようとしても動かない。奏太はその荷物の中に隠れる事を決め、中身を確認する。


 箱の中には、大小様々な箱や袋が入っていた。いくつか開けてみると、中には本や置物、衣類などが入っている。特に問題のあるものは入っていないと判断した奏太は、その箱に身を隠す。


 日陰だからであろうか、意外にも箱の中の温度は快適で、奏太が足を延ばせるスペースも有った。内部の衝撃吸収材が心地よい。柔らかな暗闇の中で、奏太の意識が弛緩していく。


 奏太は眠気に吸い寄せられるまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ガラガラガラガラ…………。


 耳に響く雑音と、不快な振動によって、奏太は現実に引き戻される。どうやら、今は荷物の搬入途中で、奏太の隠れている箱は、台車で運ばれているようだ。


 箱の隙間から外を見ると茜色に染まった街が見えた。


 ――セーフだ。


 眠ってしまったことは奏太の予想外だったが、作戦は想定通りに進んでいる。順調にいけば、黒羽が解錠する時刻が日没から2時間後であるので、理想的なタイミングであると言えた。


 そのまま進んでいくと、やがて上り坂になり、そしてすぐに下り坂になった。橋を超えて、いよいよ入城である。


 橋を超えた後、2回門を潜り、遂に台車が停止した。


「東都第一集積所より荷物が到着いたしました」


「お疲れ様です。それでは倉庫までお願いします」


 箱の外で男女の声がする。再び台車が動き、しばらくして扉の開く音がする。運び人が役目を終え、軽い衝撃とともに、台車から荷物が下ろされた。


 久々の揺れない地面の感覚を確かめる。


「よし、頃合いを見て抜け出るとしよう」


 先程のように居眠りをしてしまえば、今度こそ作戦が失敗してしまうので、早めに箱から抜け出したいところだった。


「よし、出るかっ――」


 箱から抜け出ようとしたそのとき、倉庫の扉が開く音がする。周りが見えない奏太はじっとしているしかない。


「一般搬入物と特別搬入物に分けろ」


「「了解」」


 ――仕分けだ。


 仕分けの話は黒羽から聞いていた。多くの場合、仕分けはすぐに終わり、荷物のほとんどは一般搬入物であるということも黒羽から聞いていた為、焦らずに仕分けの終了を待とうとしたが……。


 ――おかしいな、俺の箱が動かされてるぞ……。


「隊長! 特別搬入物はこの搬入物だけです」


「そのようだな。よし! その搬入物は上に上げる」


 奏太の頭が軽く混乱する。


 ――一般搬入物だから仕分けられても問題ありませんって事は、これ不味いよな?


 しばらくすると、再び箱に衝撃が走り、奏太は不安定な感覚に襲われる。車輪の回る音がして、箱の内部が心なしか明るくなった。


 ――チャンスなのか? 


 上に行けるのならば問題ない、むしろ好都合だと顔を緩めた奏太に、隊長の一言が稲妻の如き衝撃とともに襲い掛かる。


「これは、陛下の私物だ。陛下のお部屋までお届けしろ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――不味いことになった。確かにエステルの部屋は、かなりの上層に位置するが、この状況でエステルに遭遇した場合、命はないと考えて間違いないだろう。


 奏太は様々なリスクを鑑みた結果、エステルの部屋に到着する前に箱から脱出し、作戦をプランBに変更しようと考えた。


「畜生、この箱からどうやって抜け出ればいいんだ?」


 木箱は頑丈で、奏太の魔法では4属性どれを用いても壊せそうにない。勿論この状況では、奏太の心装にも期待できない。


 このとき、幸か不幸か、奏太の頭に禁じ手ともいえる策が浮かんだ。


 ――人類最強の私物……か。


 正確にはエステルは真人間最強・・・・・なのだが、彼女が強いことに変わりはない。その彼女の私物なのだ。状況を打開できる物が紛れていてもおかしくない。


 この行動の実行における最大の障壁は奏太の良心である。奏太は激しい葛藤の中にいた。


「確かに、エステルの私物の中には使えるものが紛れているかもしれない。だけど幼馴染の女の子の私物を漁るっていうのは、許されることなのか? 俺の記憶が正しければ、エステルは今年で14歳だった筈だ……」


 黒羽ならば、14歳の女の子の荷物の中に隠れておいて、何を言っているんですか? とでも言いそうではあるが……。


 奏太とエステルは幼馴染であり、彼女は4年前までは頻繁に奏太の家に遊びに来ていた。暇が有れば外に出て遊んでいた。


 ――エステルの私物を漁る? だけど、このままじゃ。


「エステルごめんっ……」

 

 覚悟を決め、箱の中に火の玉を浮かべる。語弊があるかもしれないが、どうせこれからエステルの大事な物を奪いに行くのだ。そう考えると奏太の気持ちは幾分楽になった。


 一番小さな箱に手を掛ける。中に入っていたのは可愛らしい猫がプリントされたマグカップである。


 続いて、隣の箱に手を突っ込んで中をまさぐった。手に布のようなものが触れる。彼はそれを引っ張り出した。


 取り出したのは、真紅のドレスだった。記憶の中のエステルと比べて、丈が随分長くなっている。幼馴染の少女の成長を目の当たりにして、奏太の顔に思わず笑みが浮かぶ。


 そして彼の中に、或る欲求が首をもたげてきた。


 ――あと一着、一着だけ見てみたい。


 次に取り出したのは、紺色のストールだった。


「エステルは金髪だから、紺色は似合うよなぁ」


 こうなったらもう止まらない。下の兄弟がいない奏太は、エステルを妹のように可愛がっていたのだ。


 次に取り出したのはドレスだったが、先程のよりも露出が多いモノだった。


「これはちょっと早いんじゃないかな?」


 奏太は本来の目的を忘れて、夢中でエステルの私物を漁り続けた……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 気が付くと、火の玉が必要でない程に視界は明るくなっていた。


「私の私物を漁っているのは何処の何方かしら?」


 琴の音色のようでいて、千里の先まで届くような懐かしい声が彼の耳に届く。


 振り向くと、目の前に少女が君臨していた。


 エステルが目を瞬かせる。


 次の瞬間、エステルの顔が驚きに彩られた。


 奏太とエステル、実に4年ぶりの再会である。

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