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1-7 まともな作戦がプランAだけな件について

 銀髪との戦闘から丁度一週間が経過した。太陽は既に高度を下げ始めているが、黒羽の作戦に一枚嚙むなら今夜、くだんの料亭に行かなければならない。作戦が上手くいくとは思っていないが、誘いを断り、働いて飯を食うだけの生活に戻る事も出来ないと感じている。


 奏太は先日の戦いの舞台を訪れていた。銀髪による最後の剣戟を受け止めた場所に立ち、奏太は再び誓いを立てる。


 ――俺は自分の過去から目を逸らさない。


 奏太が立ち止まっていると、後ろから馴れ馴れしい声が掛けられる。話しかけてきたのは、藍染の甚平を着た中年の男だった。


「兄ちゃん、こないだの勝負で助っ人やってた人だろ。あの噂は本当なのか?」


「あの噂?」


 呆け面を晒す奏太を意外に思ったらしく、男がまくし立てる。


「あの噂って言ったら、あの噂しか無いだろ。兄ちゃんの父親がりんさんだっていう噂だ。で、本当なのか?」


 その問いに奏太の動きが止まる。彼の父親は三番街を管理する役職に就いていたので、奏太も挨拶回りに付き合わされたことが何度か有った。しかし奏太はそんな噂が立つとは考えてもいなかった。


 黒羽の話を受ける際に意識こそしたが、4年も雲隠れしていたのである。誰も自分の事など覚えていないと高を括っていたのだ。


「……なんでそんな噂が」


 奏太が呟くと、男が当然の如く言い放つ。


「昨日は調子が悪かったみたいだが、銀髪アイツはその辺の雑魚に負ける奴じゃないからな。だけど誰も兄ちゃんの顔を知らなかったからよ」


 奏太が黙っていると、男が更に言葉を続ける。


「それに見た所、兄ちゃんは15かそこらだろ? その歳であそこまで動けるなら、必ず小さい頃に教育を受けてる筈だからな。誰でもそう思うさ。で、どうなんだ?」


 男の問いを受けて奏太は逡巡しゅんじゅんする。


 ――言うべきか、言わないべきか。


 言わない方が賢明なのは間違いないが、男は面白がっている訳でなく、むしろ真面目な顔をしていると言えた。煙に巻くのも一つの手だが……。


 銀髪に説教したのが一週間前、過去に向き合うと誓い直したのは、つい先程の事である。ここで煙に巻くのは余りにも収まりが悪い。


「そうですよ。俺は松永奏太、松永黎臨は一応俺の――」


「よかったぁ」


 奏太の言葉が男の紡いだ言葉に遮られる。男は涙を流しながら、奏太を拝まんばかりの様子で頭を下げた。


「よかった。本当に良かった。これで俺達臨さんとの約束を守れる」


 三番番街では有名な話だが、奏太の父親は三番街の人間を助ける際に見返りを求めず、それでも街の人間が礼をしようとすると次のように言っていた。


『もし俺が倒れたら、嫁と息子達のことを宜しく頼む』


 しかし4年前に黎臨が戦死したと同時に、奏太の母も死に、兄は行方知れずとなった。唯一無事だった奏太も、一週間前まで違う街で暮らしていたのだ。


 彼に恩を受けた街の住人達は、恩返しの機会を永遠に失ったと嘆いていたのだ。


 しかし奏太自身はこの街に対して何もしていない。年長者に頭を下げられて、奏太は戸惑った。


「おじさん、お願いだから顔を上げてくれ」


「臨さんの前で泣く訳にはいかねぇよ!」


 ――よく分からないが、しばらく放っておくか……。


 立ち去るのも何なので、奏太はしばらくじっとしていることにした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……貰ってしまった」


 奏太は男に昼飯を奢ってもらった挙句、金まで少し貰ってしまった。そして男は、有事の際に町全体で奏太を助けるように話を通しておくとも言っていた。


 至れり尽くせりの対応をされ、不都合な事は全くないが、奏太の胸には釈然としない思いが渦巻いている。


「まぁ、時間が無いからな。また今度お礼しに行こう」


 これ以上話し掛けられても面倒なので、奏太は頭にバンダナをして街を往く。


 懐かしい場所を回っていると、いつの間にか日が暮れており、奏太は料亭に辿り着く。


 暖簾のれんを潜ると、店内がざわつき始めた。少し探すと目的の人物はすぐに見つかった。


 奏太が黒羽の席の前に立つ。黒羽は茄子の漬物をかじりながら、何かを見て唸っていた。


「う~ん、厳しいですね。最下層までしか行けないとは……」


 黒羽は集中していて、奏太に気付いた素振りを見せない。奏太は掌を彼女の目の前でひらひら振った。


「おい、約束通り、来てやったぞ」


 黒羽が少し体を強張らせ、恐る恐る顔を上げる。しかし、奏太を視界に捉えた瞬間、彼女の表情は驚き、そして喜びへと変わっていった。


「よかった~。来てくれたんですね。6日間来なかったので、振られちゃったかと思いましたよ!」


 黒羽が体を前後に揺らす。椅子の後ろに、揺れるしっぽでも見えてきそうな勢いだ。


 その直後、周りの視線が奏太に突き刺さる。周囲の客が興味深げな視線を奏太達に送っていた。


 ――そりゃ、気になるよ。この女、恐らく何日も――この様子だと毎日遅くまで居座ってるもんな……。


 その黒羽に声を掛けたのが同年代の少年だったら、奏太でも視線の一つくらい送りたくなるものだ。


 しかし彼女は全く気付いていない、若しくは気にしていないらしく再び口を開こうとする。


 奏太が慌てて彼女の口を手で塞ぐ。黒羽が変なことを口走らないか、不安で仕方なかった。


 奏太の大胆な行動に、周りのテーブルがざわつきだす。


 ――不味いな……。


 ここで話した場合、奏太達の会話は筒抜けになる。彼らが話そうとしている事は、どういう捉え方をしても犯罪計画だ。

 

 考えあぐねた奏太は、黒羽の手を掴んで立たせ、店の奥にある個室に連れ込もうとする。


 しかし何も分かっていない黒羽は、激しく抵抗してくる。


「なんですか! 引っ張らないでください!」


「いいから来い!」


 奏太は黒羽を無理やり個室に引っ張っていく。背後から口笛を吹く音や冷やかし声が聞こえた……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 個室に入った後も黒羽はしばらく暴れていたが、奏太が事情を説明すると変な声を出して口を押えた。黒羽は自分の失態を笑って誤魔化そうとしている……。ともあれ、これで話をする準備は整った。


「先週の件だが」


「一緒に頑張りましょう! 大丈夫、私が奏太さんを全力でサポートしますから!」


「…………」


 どの道奏太は黒羽に協力するつもりで、この店を訪れたのだ。これで問題ないのだが、


 ――これじゃ俺が黒羽コイツに協力するんじゃなくて、黒羽コイツが俺に協力みたいだよな……。


 下らないことを考えていても仕方がないので、奏太は王城詳報強奪の詳細について尋ねてみる。


「俺はお前に協力する。作戦を教えてほしい」


 奏太が言い終わる前に、黒羽が得意満面になる。まるで、しょうがないですね、特別ですよ! とでも言いたげな……。


「しょうがないですね! 奏太さんには特別に私の極秘作戦をお教え致しましょう」


 ――こいつ、本当に言いやがった。


 奏太は呆れてものも言えない。しかし、奏太が固まっている間にも、黒羽の話は続いていく。


「私たちは二手に分かれ、私はこの街で天守閣てんしゅかくの扉を解錠し、奏太さんは天守閣に忍び込んで王城詳報を盗み出します。ここまで宜しいでしょうか?」


「あぁ、突っ込み所満載で大雑把すぎるが、とりあえず理解した。続けてくれ」


 奏太の物言いに、黒羽は不満げに唇を尖らせる。


「私は解錠の後、心装を用いて奏太さんを迎えに行きます。3分で天守閣に辿り着くでしょう。奏太さんはは、その3分間でブツを盗み出してください」


「王城詳報は、そう簡単に見つかるものなのか?」


 奏太が問うと、黒羽が得意気に人差し指を立てる。


「天守閣内部の天空の間は王城詳報を安置あんちするための部屋です。王城詳報は分かり易い場所に安置されている筈です」


「天守閣まではどうやって登るんだ?」


 奏太が言い終わると、黒羽がやれやれ、とでも言いたげに両手を広げた。


「奏太さんは、せっかちさんですね」


 奏太の顔が強張こわばるが、黒羽は彼の様子に目もくれない。


「では、お教え致しましょう! 奏太さんの天守閣前までの侵入方法を! 今回私が立案した作戦はプランAからプランCまでの三種類です。状況によってどの作戦を実行するかが変わるので、3つともしっかり覚えてくださいね!」


 言いたい事は山ほど有るが、奏太は黙って黒羽の話を聞くと決め込む。


「プランAの説明から入ります。奏太さんには軍服を着た状態で荷物に紛れ込んでもらいます。荷物は最下層までしか搬入されませんから、奏太さんは天守閣前まで自力で歩いてください。こちらで、ギリギリ城に入れる階級の軍服と中々重要そうに見える書状を用意しました。これで怪しまれることは無いでしょう」


 作戦は荷物が搬入される日を選んで決行すると黒羽は付け加えた。


 単純だが合理的な作戦であると感じ、奏太は頷いて続きを促す。


「プランBは?」


「プランBはプランAにおいて、天守閣前まで登るのが厳しそうだった場合に切り替えるもので、プランAの派生形と言えます。ブランBでは奏太さんが煙幕を使用し、城で事件を起こします。私は解錠を終えてすぐに奏太さんを迎えに行きます」


 事件を起こさなくてもすぐに来い、と言いかけたが、こらえて続きを促す。


「次は?」


「プランCは、奏太さんが白い服を着用し、この滑らない手袋をして、西側の城壁を登るという単純な作戦です。ご存知の通り、西日が差した城壁はとても眩しく、直視できるようなものではありません。きっと大丈夫!」


 黒羽が白い手袋を奏太の目の前で自慢気に振る。しかしそんな催眠術に奏太が引っ掛かる筈も無く、


「お前、やっぱり頭が足りてなさそうだな」


「失礼な、馬鹿とは何ですか、馬鹿とは」


「まぁ、いいよ。俺も期待してなかったし、プランAだけ(・・)はまともだからな」


 黒羽は頬を膨らませるが、すぐに機嫌を直して自慢しながら奏太にいくつか物を渡してきた。プランBで使う煙幕や白い手袋である。


 使うつもりなど毛頭ない奏太であったが、折角用意したのだからと考えなおし、渡されたものを懐に仕舞う。


 すべての話が終わると、黒羽が奏太に微笑みかけた。


「これから私達は一蓮托生です! 絶対に作戦を成功させましょう!」


「あぁ、宜しくな。……黒羽」


 黒羽が目を丸くした。一瞬後に、パタパタと靴を鳴らす音が聞こえた。


「初めて名前で呼んでくれましたね!」


「うるせぇよ」


「もう一回呼んでみてください!」


「絶対、嫌だね」


「奏太さんのいけず……」


「分かったよ。黒羽、これからよろしくな。……これでいいだろ」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


 ――今日はまだ夕食を食べてないな。


 奏太は箸を取り、大皿に乗った茹で野菜を指す。


「これ食べてもいいか?」


「えぇ、どうぞお召し上がりください」


 料亭にゆっくりした時間が流れていく。作戦決行は明後日、少年と少女の夜は静かに更けていった。

第一章はエピローグ含め全23話構成を予定しています。文庫本一冊程度の文字数に収まる予定です。


よろしければ、そこまでお付き合いくださいませ。

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