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1-6 少女を助けたら、犯罪への加担を頼まれました

「本当に強いんですねぇ~」


「強くなんかない。偶々だ」


 奏太と黒羽は闘いの後、この街で一番高級な料亭を訪れていた。


 あの後、剣を折られた銀髪は大人しく負けを認めた。彼は過去に折り合いをつけるための修行の旅に出るらしい。


 ――それにしても、本当に運が良かったとしか言いようがない……。


 彼の心に傷に付け込むことで勝てたものの、純粋な力量は銀髪の方が数段上であるという事は、奏太が一番よく分かっている。


「いや、本当に凄いですよ。あの銀髪に奏太さんが勝てるなんて思いませんでした。護りの力でしたっけ? 私のことを護ろうとしてくれたんですよね?」


 黒羽は目を輝かせ、身を乗り出してくる。


 ――うぜぇ……。


 奏太は言い返してやることにした。


「飛行の力だっけか? あんなに役に立たないものだとは思わなかったぞ」


 そもそも、黒羽の作戦が上手くいっていたら、奏太は一発も殴られずに済んだのである。


「それはしょうがないですよ。それに作戦が上手くいかなかったから、こんなにおいしいご飯にありつけてるんですよ。塞翁が馬ってやつですね!」


 和風チャーハンを頬張りながら、また黒羽は調子のいいことを言っている。


 勝負が終わった後、黒羽はオヤジに金を請求した。


 しかし、オヤジがあまりにも金を持っていなかったので、二人はオヤジの付けで飯を食っているのである。


 それにしても……。


 奏太が黒羽を見遣る。


 黒羽はとてもおいしそうにご飯を食べる。見ている奏太の気分もいいというものだ。


「何ですか? 私のことは黒羽様でいいですよ!」


 ――ボケなのだろうか。


「あぁ嘘嘘、冗談ですって。黒羽と呼んでください! 何を話そうとしたんですか?」


「いや、随分と旨そうに食べるな、と思ってな……」


 奏太は言った後、奏太は少し恥ずかしくなってしまった。一瞬遅れて黒羽が口を開く。


「私、一人暮らしだから……ご飯作ってくれる人が居なくて……」


 黒羽が何かを誤魔化すように笑う。


「……気にするなよ。俺も一人暮らしだ」


 テーブルが微妙な静寂に包まれる。


「さぁさぁ、食べましょう! 冷めちゃいますよ」


 奏太は箸を動かしながら、今日の出来事に想いを馳せていた。テーブルの上を緩やかな時間が流れていく。しかし、4年前に世界に見捨てられ、そして世界に拾われた彼らの夜はまだ終わらない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時刻は深夜の2時を回った所である。先程まで終始笑みを浮かべていた黒羽が、急に神妙な面持ちになり、奏太に問いを投げた。


「奏太さんも4年前に家族を失ったんですか? ごめんなさい。答えにくいことを聞いてしまったかも知れません……」


 別に構わないと奏太は思った。黒羽も4年前に家族を失っているのだろうと考え、彼は軽い気持ちで質問に答える。


「そうだな。4年前に俺は父さんと母さんを亡くしてる。兄さんも行方知れずになった。だけど余計な心配は要らないな。そのことは乗り越えたつもりだ」


「その日のことは鮮明に覚えていますか?」


「何が言いたい?」


「いえ、単純に興味があったので……」


 その言葉に奏太は確かな違和感を覚える。黒羽にとっても4年前の記憶は思い出したくないものに違いないのだ。つまり、それを思い出してまで、先程の質問をする理由を黒羽は持ち合わせていることになる。


「何の為にさっきの質問をしたんだ?」


 奏太は食い下がる。奏太は銀髪との戦いの最中に、過去に向き合う決心をしたのだ。踏み込まなければ、二度と廻ってこないチャンスを逃す予感がした。


 黒羽は顔を強張らせ、肩を縮こまらせる。


 暫くの後、彼女は大きく深呼吸した。再び奏太の方を向いた彼女は、怖くなる位に真面目な表情を浮かべ、おもむろに口を開く。


「いいでしょう。私も貴方のような方に、この話をする機会を心待ちにしていたのですから……」


「どういうことだ?」


「話せば長くなりますが宜しいですか?」


「どうせやることなんて無いんだ。時間のことは気にしなくていい」


「分かりました。これから話すことは絶対に明かさないでくださいね」


 黒羽の真剣な顔を前にして、奏太は唾を飲み込む。厨房から生暖かい風が吹いてきた。


「あの日、4年前の大災害――東京が終わった日、これを私はⅩデーと呼んでいますが、そのⅩデーについて私はある調査を行ってきました」


「私が行った調査は、Ⅹデーについての政府公式声明と事実の比較です。結論から言いますと、公式声明は全て捏造です」


「……信じられないな」


 声を押し殺したが、叫びたい気分だった。エスエルはそんな奴じゃない。人を騙すような事をする筈がない、と。


 奏太が黙っていると、黒羽が醒め切った言葉を投げる。


「随分と姫様を信頼しているのですね。貴方はエステル陛下にお会いしたことがあるんですか?」


 そう言われると、奏太の口からはぐうの音も出ない。奏太はⅩデー以降、エステルと一度も会っていないのだから……。


「分かった、話を続けてくれ。どの辺が疑わしいんだ?」


 奏太は、黒羽が些細な過ちを引っ張り出してきて、公式見解を批判しているのだと思った。事実、そうした輩は多いのだ。最後の審判が始まって、人類が神々に圧倒される中、そういった噂や都市伝説の類は後を絶たなかった。


 しかし、黒羽が発した言葉は奏太にさらなる衝撃を与えた。


「簡単なことです。公式見解では前国王と松永将軍は戦死した扱いになっています。しかし実際には、両者ともⅩデーには城から出ていません。これは明らかな捏造です」


「その証拠はどこにあるんだ?」


「私は災害直後、城の守衛と接触することに成功しました。その守衛は、Ⅹデーに於いて城の正門は一度も開かなかったと言っていました」


 黒羽がまくし立てる。


「にも拘らず、災害直後、エステル陛下は仮設住宅の建設やインフラ復旧よりも第一に城の大規模改修を命じています。しかし、改修されたのは城の内部だけだった……」


「城の内部で戦闘が発生したと考えるのは自然なことでしょう?」


「――城内で戦闘?」


 東都の中心に位置する城は、Ⅹデーに於いて敵の侵入を許していない。これが意味するところは……。


「前国王と将軍は暗殺されたのか?」


「暗殺なんて有り得ないですよ。その二人の力量は卓越していました。不意打ちで一般兵が殺せる相手じゃない。このことから明らかなことは、東都の城でクーデタが起きたということです」


「それはっ」


 奏太は思わず息を呑む。


 ――認める訳にはいかない。クーデタが事実であったならば、奏太の知り合い同士が殺し合いを演じたことになる。


「ちょっと待て。捏造があったとすれば、情報が洩れるはずだ。城の中を完全に掌握できるはずがない。前国王の一派にも生き残った人間がいる筈だ」


「いえ、そうとも限りません。火の神の力によって、大多数の兵士は意識を失っていたのですから、完全に城を掌握する必要は無かった筈です。貴方も同じように意識を失っていたのでは?」


 奏太は必死に反論を試みたが、反論はすべて退けられた。


 ――黒羽の主張に、ある程度の信憑性を認めない訳にはいかなくなってしまった。


 確かに奏太の父や、前国王の実力は卓越していた。そして、城に出入りを許されていて、その二人を殺すことができる実力者は非常に限られてくる……。


 ……しかし、真実を知る術は無い。


「降参だ。確かにお前の推論には筋が通っているように見える。しかし推論の域を出ない」


 俺も少し調べてみるとしよう、そう言って奏太はこの話を切り上げるつもりだったが……。


「この話の裏を取れる手段があったとしたら?」


 奏太の座っていた椅子が大きな音を立てる。奏太が黒羽を見下ろす格好になった。


「どういうことだ?」


 黒羽がゆっくりと箸を置く。


「王城詳報という魔法書をご存知ですか? 王城詳報は東都の城で起こったことを自動で記録します。王城詳報は東都の城の天守閣に安置されている筈です」


「何故それを俺に教える?」


 黒羽は甘味皿に残っていたぜんざいを指で掬って口に運び、妖艶な笑みを浮かべる。奏太の全身が総毛立った。


「もう解っているのでしょう? 私は王城詳報を盗み出すつもりです。この話を貴方にしたのは協力を求めるため」


「貴方は王城詳報を盗み出すための動機と実力を兼ね備えています。私と一緒に真実を知りませんか?」


 黒羽は言い終わると、何度か瞬きした。しばらくすると、幸せそうに甘味を食べ始める。


 奏太は先程の黒羽から形容しがたい圧迫感のようなものを感じていたが、黒羽は元に戻ったようだ。今の黒羽は陰謀を企んでいるようには見えない。


 奏太の中に素朴な疑問が生じる。


「なぁ、盗みをするなら、お前一人で十分なんじゃないか? 二人いたら、見つかり易くなると思うんだが……」


 黒羽は口に抹茶シロップを付けながら得意気に口を開く。


「王城詳報のある天守閣に続く扉は、条件を満たさないと開きません。その条件を満たすための作業を行う人が必要なんです」


「俺がその条件を満たせばいい訳だな」


「いえ、貴方には天守閣に登っていただきます。条件を満たすためには私の飛行心装が必要なのです。大丈夫! 私が完璧な作戦を立てています。大船に乗ったつもりでやってください!」


 ――冗談じゃない。


 天守閣への侵入が発覚すれば必ず処罰される事は目に見えている。そして、奏太は黒羽の作戦が上手くいくとは到底思えなかった。


 奏太がしばらく考えていると、向かいで皿を置く音が響く。黒羽が最後の甘味を食べ終えたらしい。


「時間には余裕があります。他言しない限り、ゆっくり考えて頂いて構いません。今日から一週間、私達にはこの店でご飯を食べる権利があります。一週間後まで私はこの店に通うので、協力して頂けるようなら来てください。今日は本当にありがとうございました」


 時計は午前3時を指している。奏太が何気なく周りを見渡すと、大半のテーブルから客は消えていた。


 ――帰るか。


 奏太は黒羽に別れを告げ、女将から提燈を貰い暖簾を潜る。奏太には明日も仕事が入っている。これ以上長居する訳にはいかなかった。


 町からは人が失せているが、左右に並ぶ灯りが消えることはない。奏太は眠らない商店街を往く。


 今日の出来事に思いを馳せると、楽しい事など一つも無かったが、不思議と笑みが浮かんできた。


「思い返せば楽しい一日だったって事だ」


 空を見上げると、星々が煌々と輝いていた。


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