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1-5 四年ぶりの戦闘なんですが……

 黒羽の視線を背中に感じつつ、奏太の戦いが始まった。


 銀髪が剣を下段に構え、進路で曲線を描きながら迫ってくる。視線が交錯した瞬間、銀髪が地面を蹴って奏太の正面に躍り出る。


 銀髪の剣が斜めに閃き、空気を震わす袈裟けさ斬りが迫る。奏太はかわさずに受けることを選択した。


 刃と刃がぶつかり合い、両者の剣から火花が散る。すさまじい重圧が両手に掛かるが、続く二撃目を剣の根元で右に受け流し、三撃目は体を横にしてギリギリで躱す。


 ――チャンスだ。


 銀髪の姿勢がわずかに崩れている。奏太は間髪入れず上段斬りを放つ。しかし、取ったと思った瞬間、銀髪の拳がひらめいて鳩尾を抉った。


 野次馬の歓声が上がる。


 奏太の視界が激しくぶれると同時に銀髪の重心が体の後方に移動する。わずかな気配を察し、かろうじて正面突きを避ける。奏太はたまらず魔法を使用した。


「――吹きすさべ!」


 極限まで短縮された詠唱の直後、一陣の旋風かぜが吹く。商店街の床は石畳になっていた。奏太が石畳を一枚砕くと、破片が銀髪を襲う。


 次の瞬間、銀髪が目を押さえた。目論見通り、破片は銀髪の視界を奪ったようだ。


 奏太自身も風に乗って、銀髪に襲い掛かる。剣を振りかぶり右足を軸に体を回転させる。射程の短い最速の剣戟けんげきが銀髪を襲うが、銀髪はこの一撃に反応してみせた。


 銀髪は即座に体をひるがえし、剣戟けんげきを屈んで避ける。


 剣戟の直後、銀髪が何かを投げてきた。


「お返しだ、クソ野郎」


 奏太の両目に激しい痛みが走り、視界が閉ざされる。右側に気配を感じて刀を凪いだが、愚鈍な剣戟が虚しく空を切る。次の瞬間、銀髪の左手が奏太の後ろ首をつかみ、奏太と銀髪の右肩がぶつかり合う。


 奏太は右肩に強い下向きの力を感じ、とっさに力を受けた方向に転身して、大きく前に跳び、受け身をとった。


「痛てぇ……」


 なんとか難を逃れたようだ。右肩と左腰が激しく痛むが、動けない程ではない。奏太は大きく息を吐く。銀髪は奏太の様子を伺いつつ、腕を曲げたり伸ばしたりしていた。どうやら勝負の小休止らしい。銀髪が頭を掻きながら、いぶかしむような視線を奏太に向ける。


「少年、お前中々動けるじゃねえか。戦い方は誰に教わった?」


 銀髪の余裕を感じさせる態度に奏太の苛立ちが募る。


「お前こそジジイのくせにキレた動きしてるよな。俺のスタイルは俺流で、誰の指図も受けちゃいないよ」


 ――大嘘だ。俺は小さい頃、武術を父に、魔術を母に教わっていた。


 銀髪は元騎士の名に恥じぬ冴えた動きを見せている。まともにやりあって勝てる公算が無いと奏太は理解している。しかし奏太が負けて困るのは奏太だけでないのだ。絶対に負ける訳にはいかないと、奏太は深呼吸して気を締め直す。


 ――せめて名前が分かれば、多少の弱点が分かるものを……。


 銀髪の素性は、元騎士であるということ以外分かっていない。


 銀髪が柄を握り締め、彼の剣がカシャリと音を立てる。濁った瞳が奏太を真っ直ぐに射抜いた。


「お遊びはここまでだ。次からは本気で取りに行かせてもらう。少年、お前は強い。しかし、お前の剣からは殺気が感じられない……。そんな剣で俺は斬れない。これが最後だ。大人しく武器を捨てて降参しろ」


 ――存外にしつこい奴だ。


 しかし、これだけ熱心に降参することを勧めてくるところを見るに、銀髪も案外、悪党に成りきれていないのかもしれないと奏太は感じる。


 銀髪が構えをとり、奏太も構えをとる。双方が同時にジャッジを見る。


「勝負、始め!」

 

 ジャッジの一声で勝負が再開した。


 ――今度は此方から仕掛ける。


 奏太は蛇行だこうしつつ、銀髪との距離を詰める。刀の射程に入ってから一拍置いて、剣戟を繰り出した。銀髪は奏太の狙い通り剣をくり出してくる。


 奏太は刃と刃がぶつかり合う瞬間に、脱力して銀髪のエネルギーを右に逸らす。体を回転させると同時に左手を大きく回す。


 ――渾身の左フックを放つ。


 確かな手ごたえと共に拳に激しい痛みが走り、銀髪が吹っ飛んだ。


「…………」


 攻撃が通じたことは喜ぶべきことだが、奏太は不快な違和感に襲われる。


 ――おかしい。さっきの攻撃は銀髪の反応速度なら避けられた筈だ……。どうして避けなかったんだ?


 しかし、思考に耽る時間はない。銀髪が迫ってきた。


 銀髪は剣を振りながら奏太との距離を詰める。


 ――避けるなら前へ。


 奏太は銀髪の真横をすり抜けるように剣戟を避ける。すると後ろで何かが崩れるような音がした。


 振り返ると、人の高さほどある金属製の看板が真っ二つになっているのが視界に入る。


 同時に鋭い痛みに襲われる。懐の中に手を入れると、手がぬるりとした感触に包まれた。


 ――手足と胴体に4、5本の浅くない掠り傷が入っている。


 近付いてくるときの空斬りは、カマイタチだったらしい。銀髪が切断の概念を用いてきた。このままでは奏太にとって具合の悪いことになる……。


 奏太は銀髪に距離を取らせてはいけないと感じ、追い風を拭かせて、全速力で銀髪に接近する。


 剣戟が響き、打合う剣が火花を散らす。激しい打突を前に、奏太は攻撃の機会を見失っていた。しかし、先程までの打ち合いより、いささか単調であることは否めない。


 ――焦っているのか? 


 奏太は自分の考えを確かめるため、銀髪から距離を取り先程の風魔法を再展開する。


 石畳の破片が舞い上がる。奏太は銀髪の後ろから、左右同時に破片を飛ばした。


 ――思った通りだ。銀髪は奴から見て左の破片にしか反応しなかった。奴の右目は見えていない。


「そんな小細工は通用しない。正々堂々勝負しろ」


 銀髪の声を聴きつつ、奏太は昔のことを思い出していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いいかお前達、仲間同士の助け合いっていうのはな、お前達の目から見ると、くだらねえ様に見えるかもしれないが、やっぱり大事なものなんだ。仲間同士で弱点をカバーできるからだな。例えば、父さんの弟子に…………」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 右目の見えない剣士の話。彼はこの国で最も強い騎士の一人として名を馳せていたらしい。そして彼には、右からの攻撃を防いでくれた相棒がいたという。その二人の話を奏太達兄弟は事あるごとに父から聞かされていた。


 ……この場を見る限り、相棒らしき者の姿はない。


 銀髪の退役理由に見当が付き、胸に一陣のから風が吹く。


 ――結局は同じ。失って腐ってる……コイツも俺と同じ人種だ。


 奏太の顔に自嘲と憐みの笑みが浮かぶ。


「お前の相棒が『護った』剣士は、こんな所で、女の子をいじめる手伝いしてるような奴なのかよ?」


「黙れ……」


 銀髪の剣をまとう炎が揺らぐ。


「答えろよ。今のお前はそいつに顔向けできるようなことしてるのかよ? 何の為にそいつは剣を振るったんだよ」


「黙れ、小僧に何が分かる? 貴様ごときに何も言われる筋合いはない」


 ――確かに俺はこの男に何を言う権利もない。説教をするだけの経験も積んでない。只の知った風な口を利いている小僧に違いない。しかし、


 彼の男の苦しみは、嘆きは、悲しみは俺にもよく分かるから……。


 そして父さんの部下だったら……あの人の想いを継いでいる。困っている人を助けるという事、人の苦しみに、悲しみに寄り添う事を知っている。


 目の前の男については何も知らない。しかし彼の心は……。

 

 少年は決意(剣を取る)する。自分の過去に向き合う事を、護れなかった人、守れなかった約束に向き合う事を。


「今から振るうのは、俺の意思だ。これは俺の勝手、何かを護る――助けるという意思、救うという意思。そして今から振るうのはお前の意思だ。誇り高き騎士の心、お前が今も手放しきれていない心だ」


 奏太の紡いだ言葉を銀髪がなぎ払う。


「意味が分からん。もう一度言う。貴様の剣には殺意が無い。そんな剣では俺を斬れん」


「それは違うな。俺の心は人を斬る為に有る訳じゃない」


 刀からほとばしる蒼い炎が勢いを増す。


 ――次の一合で勝負が決まる。


「さらばだっ!」


 銀髪が剣を振り上げて突進してくる。


 ――実力の差ははっきりしてる。積んできた経験、磨いてきた技術、それらは奴の足元にも及ばない。だが……。


「お前の心装()には心が無いんだよ」


 刃と刃がぶつかり合い、激しい閃光がほとばしる。互いの力は拮抗しているが、不思議と負ける気はしなかった。銀髪の瞳には蒼い炎が灯っていたのだから……。


 奏太は刀を振りぬいた。


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