カガミさんと当たり付きアイス
初めまして、こんにちは。私の名前は、“加々見鏡”と申します。一応、年齢は15歳です。
私は学校で、道端に転がる怪談話を募集している『怪談提供室』なるものを開いているのですが、一度しか、お客さんが来たこと無いのですよ。
ですから、今日もこうして、黒猫の“ヤマト”を隣に置いて、机に肘をかけているのです。
そういえば、皆さんは、知っていますか? 鏡の中は、案外広いのですよ。だって、皆さんの住んでいる世界と同じ世界が広がっていますからね。
でも、一つだけ違うことがあるのです。映し出すものにも、言葉にも共通することです。
……あら、珍しい、ちょっと失礼しますね。仕事が入りましたよ。
……ふむふむ、中々面白いお話をしてくれました。しかし、提供されたお話をそのまま保管しておくのは勿体無いので。
――彼の名前は、“吉住直哉”。年齢は、私より一つ年下の14歳です。今回の話は、彼の友達“八田俊樹”が体験したお話のようです。
強い光を帯びる円は、人々に汗をかかせている。雨も少なく、渇いたコンクリートは、今にもひびが入りそうだ。生き物は皆、のどを潤す飲み物を求めた。
しかし、直哉の友達である俊樹は、飲み物よりも大好きな“アイス”を求めていた。彼が言うには、頭に刺激のくる“あの感覚”がたまらないらしい。それに、“飲む”ことよりも“噛む”ことの方が、彼にとっては、大事だということだ。
ある日の正午。部活も終わり、更衣室で帰り支度をしている直哉に、俊樹が話しかけてきた。
「なぁ、帰りに“ばぁ”のところ寄って行こうぜ」
“ばぁ”とは、駄菓子屋のこと。学校の近くにある古いお店で、お婆さんが、一人で経営しているようだ。生徒たちは、良くそこに駄菓子を買いに行く。
直哉は、財布の中身を気にしながらも返事をして、“ばぁ”に行くことになった。
ジワリと肌が焼ける光の下で、二人は、“ばぁ”にたどり着いた。
屋根から作られた影に招かれて、二人は店の中へと入っていく。
店の中は、幾つもの箱や丸くて赤いフタのついたケースが、棚にびっしりと詰められて、入り口近くにある傘立には、玩具が入り混じり、くすんだ壁には、折り紙などがつるされている。そして、高台の上に寂しく置かれたレジの隣には、沢山のアイスが入ったケースが置いてあった。
直哉は、あれこれと目をつけていたが、俊樹は真っ先にアイスの入ったケースに向かった。
適当なものを取ってから直哉は、俊樹のところへ歩み寄る。俊樹は、曇ったケースのフタを手で擦り、中を覗いた。ふと何かを見つけたようで、勢い良くふたを開けて、アイスを取り出した。
「見ろよ、直哉。“ガリガリ君”のコーラ味だぜ。しかも、最後の一本!」
満面の笑みを浮かべる俊樹に直哉は、指を鳴らして、舌打ちをした。それから、仕方なしに、ソーダ味を手に取る。
「なぁ、俊樹は、それだけ?」
「え、そうだけど? まぁ、いいじゃん。早く会計済まして、食べようぜ! 溶けちまうよ」
俊樹は、せっせとレジに向かい、お婆さんにお金を渡した。それに続き、直哉も財布からお金を取り出し、お婆さんに渡す。
入り口を出て、屋根の下にある幅の狭いベンチに座り、“ガリガリ君”を食べ始めた。
「なぁなぁ、コーラ味はどう?」
直哉が訊くと、俊樹は見せびらかすように、ゆっくりとアイスを舐めた。それを見せられた直哉は、顔を顰めるが、俊哉は、頭を叩いて刺激を楽しんでいた。
直哉がアイスを食べ終えて、他のお菓子に手を出し始めると、半分食べたかどうかのところで、俊樹が、歓声を上げた。
「み、みみ、見ろよ、直哉! 『当たり』だ! 『当たり』がでたぞ!」
直哉も一緒に喜んで、顔を緩ませた。
俊樹は、お婆さんにもう一本もらう為に、アイスにかぶりついた。俊樹の歯によって噛み砕かれた“ガリガリ君”の氷の粒たちは、のどを通して、溶けていく。
はしゃいだまま駄菓子屋の中へと入っていき、当たり棒は、新たな“ガリガリ君”のコーラ味となって帰ってきた。
直哉が、“よっちゃんイカ”を味わって食べていると、またしても歓声を上げる俊樹。
何度も頭を叩いて、刺激を楽しみ、二本目を食べ終えた。そしてまた、駄菓子屋の中へと入っていく。
その時、直哉は、自分の食べた“ガリガリ君”の棒を道端へと投げ捨て、ため息をついた。
そんな様子も気にせずに、俊樹は、新たな“ガリガリ君”のコーラ味を片手に、はしゃいでベンチに座り込んだ。
まだ、食べてもいないのに頭を叩いて、思わず、笑みをこぼしている。
直哉が、買った駄菓子を全て食べ終える頃に、三本目を食べ終えた俊樹が、棒を揺らして、駄菓子屋のほうへと入っていった。
そして、また“ガリガリ君”のコーラ味。食べては中に入り、食べては中に入りを繰り返す俊樹は、それが当たり前のように思っているようだ。
十三本目で初めて、直哉が疑問に思う。いや、『当たり』が続くことは、三本目の辺りから疑問に思っていたけど、そんなことではない。
最初は、たった一本だったはずの“コーラ味”……。なのに次から次へと出てくる。これは可笑しいと思った直哉は、十三本目を食べ終えた俊樹の代わりに、新しいアイスに変えてもらうため、駄菓子屋へと入っていった。
それから、お婆さんに棒を預けると、お婆さんは、薄ら笑いを浮かべながら“それ”を後ろに回して、逆の手で後ろから新しいアイスを取り出した。
それを預かり、首をかしげながらも駄菓子屋を出ると、俊樹が凄い形相で、アイスを奪った。
その光景に怖さを覚えた直哉は、帰るように俊樹を促すが、逆に帰れと言わんばかりに、睨みつけられてしまった。
それから、無言で家に帰るが、それから二日間、俊樹は、駄菓子屋の前でアイスを頬張り、今も尚、親を無視して、アイスを頬張っているらしい。
――これで、直哉さんから聞いたお話はお仕舞いです。長々と聞いてくれましてありがとうございました。
では、これにて、本日の『怪談提供室』は、終了します。
あ、非常に言い難いのですが、これは“本当”の話です。
では、さようなら。
読んで下さいまして、ありがとうございます。
感想などをくれましたらうれしいです。