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翌日から俺たちはまたいつも通りだった。
あの事故について触れることもなく、心配するわけでもなく、ただ今までと変わらない時間の流れ方をした。
とはいってもあれから心の中の真っ黒なものは取れなかったが。
昼休み、3人で購買に向かう途中のことだった。
昼休みということもあって購買への廊下は生徒であふれていた。
俺はその中をかき分けてなんとかたどり着き目当ての惣菜パンを手にして立ち去ろうとした。
その時ーー
「おいおい、そこのちび、それ最後の一個だよな?なーにオメェが取っちゃってんの??俺のは?俺の昼飯取らないでくれるぅ??」
「…いやです。」
あちゃー、まずった。
古澤の前に立つのは100人に聞いたら99人が頭のネジが緩いやばいヤンキーだと答えるであろう出で立ちの先輩。
これはまずい。古澤ぁ、、だめよぉ、
…しゃーない。
「すいまっせーん先輩!先輩の分だとこいつ知らなかったみたいで!今すぐ返しますんで!おい、古澤早くそれ先輩に献上しろって!」
「…」
"ハイテンションなモブ後輩①”っていう役があったら俺天下取れるな…なんて思いながら俺の人並みのコミュ力フルパワー。
そして隣にはだんまり古澤くん。
もしもーし古澤くん?せっかく俺が助け舟だしてるのに!!!乗ってくれよ!頼むから!
「古澤、古澤、お前2年か…古澤ねぇ、あぁ、古澤ってもしかして古澤アキの弟だったりするかんじ?」
アキちゃんって言ったよな?
え?なんでアキちゃんのこと知ってんの?
驚く俺をよそに古澤は黙ったまま下を向く。
「おお!まじか!お前あのビッチで引きこもりで挙げ句の果てに自殺未遂で精神科にぶち込まれた古澤アキの弟か!いーっひっひっひっ」
周りがヒソヒソと口々に何か言っているのがわかる。
掴んだ古澤の方が震えている。
アキちゃんの話はしないでくれ。
下を向く古澤の顔は真っ青だ。
「…元はと言えばお前のせいだろ。」
古澤が小さくだが、はっきりと言った。
お前の…え、このヤンキーのせい?
「俺のせいー?うーん、俺は別に何にもやってねえよ?ただ、ちょっと優しくしたらいい気になりやがったから、ブスのあるべき姿を教えてやっただけだって!笑そんな怖え顔すんなよぉ!それともなんだ?お前もねーちゃんみたく精神科ぶち込まれてえか?」
え、今なんて、
古澤のお姉さん"アキちゃん”は俺らが中3のとき自殺未遂を繰り返していた。
そういった話ほど広まるのが早いもので、本人から聞かなくてもことは知っていた。
その頃の古澤は目も向けられないほどに弱り、もう二度とあんな古澤を見たくないと俺も藤谷も思った。
アキちゃんには何度かあったことがあるが、なんというか、いい人だった。
俺もこういう姉ちゃんが欲しいと心から羨ましがったものだ。
古澤もそんなアキちゃんが大好きで、根っからのお姉ちゃん子だった。
アキちゃんが壊れた理由を古澤が言うことはなかったが、、
こいつか。
あぁ。古澤を壊したのはこいつか。
古澤自身もアキちゃんが病んでから、俺らには隠してるつもりだろうが自称行為を繰り返し、食べたものは全て吐いていた。
俺らの前ではいつも笑顔でいようと、いつも通りに振る舞おうと痛いほど伝わってきて。
ある時見せられたリストバンド。
古澤はお気に入りのバンドのだと言っていた。それは本当かもしれない。
だが、そのリストバンドの下にあるまだ新しい傷跡は俺らにとっても苦しすぎるものだった。
そのリストバンドの存在をやっと忘れれるようになってきていたのに。
こいつは古澤を壊そうとしている。
俺は怒りで古澤の肩を持つ手に力が入るのに気がつかなかった。
先輩が古澤に手を伸ばした。
が、それに古澤が反応するよりも先に俺の中で何かが切れた音がした。
ーーこいつも痛い目を見ればいい。そういえばアキちゃんいろんなところに包帯巻いてたな。手首、腕、首、、痛かっただろうな。そうか、こいつも同じになればいいのに。
ーー思ってしまった。
ガラスの破片が先輩の手首、腕、首にずっぷりと刺さり血が噴き出している映像を。
ーー見えてしまった。
でも後悔はなかった。
この一連の流れが0.1秒ほどの間に起こっていると考えるとすげえなぁ。なんてことすら考えた。
天井に飾ってあった部活動の賞状を入れてあった額が不自然すぎる角度で落ちてきた。
その額のガラスが割れてーーー
周りが騒がしいなぁ。
叫び声が聞こえる。
五月蝿い。
目の前で血だらけの先輩が倒れてる。
そうか、ガラスがたくさん刺さったんだな。
痛そうだ。
俺は怯えることも驚くこともなく足元に転がっている先輩を見下ろした。
美しいとすら思った。
動脈血より静脈血の方が酸素を多く含んでいる分明るい赤色だと習った。
これが動脈血かな?
性格はクズでも血は綺麗だ。
よかったね先輩、先輩のいいところ、あったよ。
ひとしきり感想を頭の中に並べてから俺は古澤の肩を軽く叩いた。
「教室に戻ろう。」
古澤はただ黙って頷くだけだった。
隣を歩く古澤の肩が震えていたがその原因が怒りでないことは明らかだった。
救急車のサイレンが聞こえる。
まあ徒歩五分の距離に消防署があらばこのくらいか。
担架で運ばれる先輩を想像しながら教室に向かう。