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69話「フンフンフーン」



 茅野家の大晦日は、いつものように皆で楽しく過ごしているかと思いきや、そうではなかった。

 大晦日といえば、年越し10秒前からのカウントダウンは勿論、年越し初詣の為の神社での行列などもあるだろう。

 しかし、茅野家はリビングにて年越しそばの準備と共にチャンネルの争奪戦が行われていた。


「紅白だし」

「ガキ使の笑アカだろ」

「大晦日といえば紅白でしょ!」

「バカ野郎。 ガキ使で笑いながら年越した方が良いだろうが」

「紅白が何年続いてるか知ってる? ガキ使よりも長くやってるんだから紅白に決まってるの!」

「ガキ使の方が楽しいじゃねぇか。笑いながら年越した方が楽しい1年になるかもしれないのに」

「今年こそ、ちゃんと白組が勝つところをリアタイで見るんだから!」

「どうせまた紅組が勝つだろ」

 紅白唄合戦と、ガキ使の笑ったらアカン24時の2択で争っていた。主に、茅野ゆりと茅野陸。


 好きなアーティストが出ていて、しかもその1人が司会をしていると分かっているゆりは、何がなんでも見たいらしい。

 しかし、兄の陸は近年大晦日恒例となったバラエティー番組をみて笑いたいらしい。

 去年白組が負けてしまった紅白で是非とも白組が勝つところを見たいと主張したが、冷静な兄に考えを否定されたゆりはリモコンを持ったままキッチンに逃げ込む。

「おかーさ~ん! 兄ちゃんがいじめるー!」

「んきゃ?!」

 料理をしている最中の母に抱きつくように言うと、テレビの前に居座る兄が声を荒げる。

「いじめてねーよ!」

 そのままテレビに付いてるチャンネルボタンでテレビ番組を変える。


 チャンネルが変わった事を知らないゆりは、母を味方に付けようとこれまでの説明を話す。

「もう、兄ちゃんが笑アカ見たいって煩いの。お母さんは紅白見たいよね? お母さんの好きなアーティストも紅白出てるよ」

 年越しそばの具として揚げていた海老の天ぷらを取り出す母は、その皿をゆりに渡して、野菜のかき揚げを作っていく。

「そうだねぇ、紅白見たいなぁ」

「だよね!」

「でも、笑アカも見てみたいなぁ」

「えー」

 母の言葉に一喜一憂するゆりは手にしている出来たばかりの海老の天ぷらをコンロの横に置いて冷蔵庫を開ける。

 ペットボトルを手にしたゆりは、母との会話を終えてリビングに戻るしかなかった。



「あー!」

 リビングに入ったばかりのゆりは目にしたテレビ画面に声を荒げる。

「回さないでよ!」

「だって、見てないし」

「回すなら言ってよ! 私が拒否するから!」

「拒否すると分かって『回していい?』なんて聞くかよ」

 パーカーの大きなポケットにリモコンを入れていたのを思い出したゆりは、直ぐ様チャンネルを変える。

「てか、まだ紅白始まってもないし、まだ笑アカ見てても良いだろ?」

「ダメ。紅白前のアーティストを取材するコーナーに司会者の2人が出てるんだから。 相羽ちゃんを少しでも見るためにはこっちも見なきゃ」

 兄である陸は、我慢しなきゃいけないところだが、どうしても笑アカは見たいようでゆりに聞こえるように舌打ちをする。



 7時になり、あと少しで紅白も始まるというのに、未だにゆりと陸はチャンネルをかけて争っていた。

「だから、勝手に回さないで!」

「いいじゃん! どうせ今嵐出てねぇし」

「嵐としてはまだ出てなくても司会が嵐の1人なんだからさぁ! 分かるじゃん!」

 ゆりと陸が言い争っているリビングに帰ってきた姉が入ってきた。

「2人とも、煩いよ」

 外にまで聞こえたんだけど。と話す理佐は顔をしかめている。

「お姉ちゃん! 兄ちゃんがいじめるんだよ!」

「だから、いじめてねぇって」

「あんたら煩い」

 仕事疲れに兄と妹の声論は、さすがの理佐も耐えかねるらしく、顔をしかめながらキッチンへと入っていってしまう。



 紅白が始まり、なんとかオープニングアクトを見ることが出来たゆりだが、油断するだけで兄にリモコンを取られチャンネルを変えられる。

「ねぇ兄ちゃん、紅白始まったばかりだから。まだこっちでもいいじゃん」

「笑アカだって、丁度引き出しのくだりやってるんだぞ」

 冷静に言い返す兄に、ゆりは知らんがな、と突き放す。

「そういえば、ゆりは宿題終わったの?」

 思い出したかのように理佐が尋ねる。

「なんだ、もしかしてゆり、宿題終わってないのか?」

「あら、ゆり宿題終わってないのに、テレビなんか見てる暇あったのね」

 突然の宿題攻撃に戸惑うゆりは、ニヤニヤと眺めてくる陸に対して顔を歪める。

「確かに終わってはないけど、ほとんど終わってるもん。後は習字と日記だけ」

「へぇー、そうなのかぁ」

 取り繕ってみせたゆりだったが、陸はそれでも楽しそうにニヤニヤと眺めてくる。


 宿題が終わってないにも関わらず、好き勝手にテレビを見る権利はない。という結論になった為、好きなアーティストが出るまでは、笑アカを楽しんでいた陸。

「めっちゃ濱田(はまだ)に似てるっ」

「……っ」

 いじられている芸人に似たゴリラのおもちゃが置かれていて、出演者全員がアウトになる。 陸の笑い声に釣られて、その場にいる理佐やお母さんも笑っている。紅白歌合戦が見たかったゆりでさえ、それには笑ってしまっていた。


「って笑ってる場合じゃない!」

 余韻に浸っていたゆりは、即座にリモコンを手に取りチャンネルを変える。チャンネルを変えた瞬間に、その場にいた皆が顔を真顔になったことを知らない。

「あっ、ほら嵐!」

 新聞に乗っている曲順では、好きなアーティストはまだの筈だが、何故か司会者の横にはメンバーの1人がいた。

「まだ嵐ではないらしいけど」

 理佐がそう言うと、陸はリモコンを手にしてチャンネルを変えようとする。

「ちょっ、変えないでよ!」

 咄嗟にリモコンを取り上げるゆりに、陸が文句を言う。

「嵐の番じゃないんだしいいじゃん。ほら、ただ初めて出る後輩に応援の為にいるだけだよ」

 テレビで司会をしている相羽ちゃんは確かにそういった説明をしていた。リモコンを持つ手が少し緩んだすきに、奪い取った陸はそのままチャンネルを変える。

「あー!っ、もう!」

 それまで座っていたゆりはいきなり立ち上がった。


「もう、お母さん!今度録画出来るやつ買ってよ!」

 声を荒げるゆりに、母は慰めるように軽く返事をする。

「てか、紅白で嵐見れなくてもジャニーズのカウントダウンで見れるじゃん」

 理佐が思いついたように呟くと、陸は激しく同意する。

「そー、だけど……でも紅白は紅白で嵐を見たいの!これファンにとっては常識だから!」

「ファンクラブに入ってないのに何ファン代表みたいな事言ってんの」

 理佐に突っ込まれて言い返せないゆり。


 そこに、家族最後に帰ってきた父が救世主のように入ってきた。

「ただいまー!母さん明日休みになったぞー!」

「ほんと?!良かったぁ。皆、明日は一緒に初詣行きましょう!」

 父の第一声に、母は挨拶も忘れて興奮している。

「この年になっても家族皆で初詣ってどうなの」

「おかえりー、良く休み取れたねー」

 理佐と陸が父と話している間に、リモコンを手にしてチャンネルを変える。


 紅白もスペシャルコーナーへと移っていた。

「お父さん、おかえり早速で申し訳ないのだが、録画出来るやつを買っていただけないだろうか」

 出来る限り丁寧にお願いをしてみて変なキャラになってしまうゆり。それでも父を見つめる。

「た、ただいま。どうしたゆり、キャラが可笑しいぞ?いつもの元気ハツラツなゆりを見せてくれ」

 戸惑う父に、いつもの口調に戻ったゆりが駄々を捏ね始める。

「ねぇ、お父さんお願い!マジで録画出来るやつ買って!」

 そこまで言うと父も状況を理解したみたいで、テレビに目を向ける。そして陸を見つめ、リモコンを手にするゆりを見つめて、ため息を1つ。

「はぁ、またチャンネルの争奪戦か? 陸、兄なんだからゆりに譲りなさい。ゆり、あとで買ってきてやるから大人しくな」

 ゆりの「やったー!」の後で、陸が「はぁあ?!またかよ!」と嘆く。


 父はそのままテーブルに座り、夕飯の支度をする母を見て一言。

「あぁ、なんて幸せなんだ」

 父のその言葉が聞こえた理佐だったが、何を意味しているのか、父の感情は分からなかった。




 紅白も後半戦に入り、リビングでテレビを見ることを諦めた陸と理佐はそれぞれの部屋へと入っていった。父は陸の部屋へ行って一緒に見るみたいだ。

「もっと早くに諦めてくれませんかねぇ」

 それぞれの部屋にもテレビはあるのだが、床暖房で暖かいリビング以外はストーブでしか暖められない。よって、冬に一番快適にテレビを満喫出来るのはリビングしかないのだ。 

 快適なテレビ鑑賞を勝ち取ったゆりは、ソファに体を埋めるようにして紅白を見ていた。

「ゆり、そろそろお風呂入りなさい」

 テレビに向けてた視線を母に移すが、すぐにテレビに視線を戻す。

「んー、今日入んない」

 ここまで紅白見続けていたら、逆にお風呂に入るのが億劫になってしまった。

「汚い体で新年迎えていいの?」

「えー、汚くないよ。大掃除は昨日で終わったし、今日は汗かいてないし、髪の毛もいじってないし。ほら、全然汚くないよ」

 視線をテレビに向けたまま、母に体を広げてみせる。


 暫くすると、母のため息が聞こえた。

「じゃあ、お母さんが最後ね。お母さんの後にやっぱり入るって言っても湯船に湯ないからね。シャワーも冷たいからね?」

 テレビに視線向けたまま、「はーい」と軽く返事する。

 そのままお風呂場へ向かおうとリビングを出る母。

「おかあさ……」

「あ、嵐!」

 まだ何か言おうとした母と、テレビに嵐が移ったのは同時で、母の声量よりゆりの声量が勝った。

「お母さん?」

 叫んだあとで母の声が聞こえた所を振り返ると、呆れたように笑う母がいた。

「お母さんがお風呂入ってる間にパジャマに着替えちゃいなさいよ」

「はーい」

 やっと視線があった2人だった。



 知らない演歌歌手が歌唱している内に急いでパジャマに着替えたゆりは、またもやリビングのソファに埋めるように座る。

 傍から見ると、ソファに住んでいるんじゃないかというほどフィットしている。

「ゆり、着替えた服は?」

「部屋ー!」

 お風呂から出たらしい母からの問いかけに、1歩も動こうとしないゆり。

 見かねた母が部屋に行く音を背中で感じながら、机の上に置かれているコップを手にする。

「フンフンフーン」

 喉を潤したゆりが上機嫌に鼻歌を歌っていると、陸の部屋にいるはずの父がリビングにやってきた。


「お、いつの間にお風呂入ったんだ?」

 ニヤニヤと笑っている父は、わざと知らない振りして尋ねてきた。

 負けじとニヤニヤしながら答えるゆり。

「私、お風呂入ってませ〜ん」

 証拠と称して、洗っていない髪の毛を靡かせる。

「おいおい、明日初詣だぞー?」

 ゆりは、母に言った説明と同じ事を話すと、父は呆れながらキッチンへと入っていく。少しして、ビール缶らしい物を2つ手にしてやってきた。

「あんまり夜更しすんなよー」

 そういってリビングを出ていった父。多分、持っていったビールは陸と飲むのだろう。

 時計を見てみると、そろそろ紅白も大トリに近づいているのが分かる。


 本日何度目か、新聞の番組表を見直す。

 大晦日は毎年いつ頃お風呂入るか、寝るかなどを考えるゆり。見たい番組が沢山あるときは大体早めの夕方にお風呂入るのだが、去年に続き今年も夕方から見たい番組があったのだ。

 よって、お風呂に入るタイミングがなく、咄嗟に「体が汚くない」という理由でお風呂を拒否してしまった。有り難いのは、本当に汗1つ掻いてないということだった。


 もう1つの問題として、寝るタイミング問題。

 毎年、紅白終わりに別のチャンネルで男性アイドルだけのカウントダウンコンサートを見ているゆり。その後には、また別のチャンネルにて、朝方までの音楽番組を見る予定になっている。

 だがしかし、来年になる明日は家族全員で初詣だ。多分朝早くに起こされるだろう。

 そうなると、寝れる時間が少なるなり寝不足となる。父と陸に怒られるだろう。


「さて、どうしよう」

 紅組のトリが歌っているのを聞きながら考えるポーズをするゆり。視線はしっかりテレビに向かっている。

「カウントダウンコンサートは見るでしょ?で、その後の6チャンネルのを……」

 そう、朝方までの番組をどれ程見るか、それが1番の問題だ。


『さぁ!最後に歌ってくれる白組は!』

 テレビから聞こえた司会者の声に、考えることを止めるゆり。

 司会者の横には、同じ司会者だったはずの相羽ちゃんが衣装を変えて、アーティストとして立っていた。普段の笑顔ではない真面目な顔の相羽ちゃんに対して、他の4人は笑顔で立っていて、なんだが新鮮な光景だ。

「キター!!」

 ゆりのその声に、遠くから「うるさーい」と注意が聞こえてくるが、無視をするゆり。「カッコイー!衣装ヤバー!」と語彙力のない感想を述べている。

 好きなアーティストをみると、語彙力が急激になくなるゆりはそのままリモコンを握りしめて、人差し指を音量ボタンに添えながらテレビでの会話を聞く。

 そして、司会者の声掛けと同時に添えていた音量ボタンを押して音を少し上げる。始まった音楽は、聞き覚えのある定番曲だった。



 大トリは3曲続くメドレーだった。

「ふぅ、サイコー」

 語彙力のない感想の述べたゆりは、紅白唄合戦を終わると同時にチャンネルを回す。

 間髪入れずに、司会者の2人によって番組コールが放たれると、説明なしにそのまま1グループが歌い始める。つい最近デビューしたばかりの新人だ。



 テレビ越しのアイドル達に興奮をしてまだ眠くならない。父からの忠告を忘れたゆりの夜は、まだまだ継続するようだった。



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