68話「横っ腹いて~」
メリークリスマス。と過ぎたキリストの誕生日は、それはもうカオスと言って良いほどに盛り上がっていた。
私と姉以外が酒を飲んでいたのも影響したのだろう。
お父さんは、久し振りの息子との飲み比べで楽しそうに飲んでいたし、対抗するお兄ちゃんは頑張って飲んでいたが酔いが周り、笑っていたかと思うといつの間にか寝ていた。
そんな2人を見守っていたお母さんも、実はワインを飲んでいて、1本を1人で静かに飲んでいた。
家の中で1番お酒に強いのはお母さんだった。
「来年の初お酒には気を付けよう」
「私、あんな風には絶対ならない」
姉と私は堅く誓った。
そんな日の翌日、お母さんはいつも通り家事をこなしている。
「お母さんってお酒あんなに強かったんだ」
「んふふ、ビックリした?」
「ビックリだよ」
去年のクリスマスでは、昨日のようなカオスにはならなかったから知らなかったのだ。
「お父さんとお兄ちゃん、あの後どうなったの?」
カオス状態のリビングから早くに部屋へと逃げた私は、お父さんとお兄ちゃんが寝た後の事を知らない。
「お母さんが陸とお父さんをベットに運んだよ」
「2人を? 重くなかった?」
「重かったね~」
お母さんの笑い声に釣られて私も笑ってしまった。
お昼も近くなって昼食の準備をさせられてる私は、ずっと見ない他の3人について質問してみた。
「お父さんとお兄ちゃんは? お姉ちゃんって今日仕事?」
テーブルに食器を置いた私は、そのままお母さんの答えを待つ。
「お父さんと陸は休みでまだ寝てる。昨日のがまだ抜けてない可能性があるね。 理佐は友達の所に遊びに行った。晩御飯は食べてくるからいらないって」
「ふ~ん」
テーブルを見てみると、確かにお姉ちゃんのお箸だけがなかった。
暫くしてお昼の準備が終えて、後はお父さんとお兄ちゃんが起きてくるのを待つばかりなのだが。
「ん~……ゆり、起こしてきてくれる?」
「え~っ、やだー」
「じゃあ、お母さんがお父さん起こしてくるから、ゆりは陸起こしてきてくれる?」
笑顔で指示を出してくるお母さんに、少し悩んでから仕方なく承諾する。
一緒にリビングを出て、お母さんは寝室に、私は2階のお兄ちゃんの部屋へと直行する。
正直、お兄ちゃんは寝相悪いし、寝起きもちょっと怖かったりして起こしたくない。 なんだったら、今上ってる階段の音に目を覚ましてほしい。
「……お兄ちゃ~ん、もう昼だよ」
意を決してドアを開けた隙間から声を掛ける。勿論、これだけで起きるお兄ちゃんではない。
ドアを思い切り開けると、ベットにうつ伏せになって寝ているお兄ちゃん。 毛布が1つだけ床に落ちていて、体に掛かっているのは1枚のみ。それでもぐーすか寝ているお兄ちゃん。
「……お兄ちゃん、起きてー」
床に落ちている布団をベッドに置いてからお兄ちゃんの体を揺する。
「うっせ」
「お兄ちゃん、もう昼だから、起きよ?」
「んぁ、ん~ゆり?」
機嫌悪そうに私を確認すると、そのまままた顔を反対に向けて寝ようとするお兄ちゃん。
「寝ないでよ! ほら、もう昼で、昼御飯出来てるからっ」
お兄ちゃんのパジャマを襟を引っ張る。
「お兄ちゃん! ねぇ!」
強く揺すったり、強く叩いていると、やっとお兄ちゃんが体を起こしてくれた。
リビングにはお兄ちゃんと同じようにパジャマ姿のお父さんをいて、お母さんに怒られている。
「全く、久しぶりの息子との飲み比べに本気になるんじゃありません」
昨日のがやっぱり響いているのか、顔色が少しばかり悪く見えた。
「あ、やっぱ父さんも二日酔い?」
顔を洗って完全に目が覚めたお兄ちゃんがお父さんに尋ねる。
「んお、陸も二日酔いか。同士だな」
顔色悪いまま、お兄ちゃんと肩を組むお父さん。そしてまたお母さんに怒られる。
「もう……お父さんと陸は後で薬飲むんだよ」
お父さんとお兄ちゃんは声を揃えて返事をする。
母は強し、だな。
冬休みの短い期間に対して、出された課題が多いのは何故なのだろう。小学生の時にはあまり気にしなかったことも、今になれば疑問だ。
年を越してしまえば忙しくなる為、出来る限り早めに終らせたい所だが、大量の課題をどうやって終わらせればいいのか。
「ゆりー、買い物行くけど一緒に行く?」
「んー、いい」
「なに、宿題か?どれどれ」
机に向かって座る私の側にやってきたお兄ちゃんは、机を覗き込む。
「んー、懐かしいなぁ。分かんないの?」
「多すぎる宿題をどうやって一気に終わらせるか」
顎に手を添えて考えるポーズを取る。
無駄に悩む演技をする私に、声をあげて笑うお兄ちゃん。
「ハハハハッ、無駄な考えだな」
お兄ちゃんの言葉にムッと来たが、私が言い返すより前にお兄ちゃんが頭に手を置いてきた。
「母さんから聞いたけど、午前中に今日分の宿題はやったんだろ? ならそれでいいじゃん。今日はこれから俺と買い物に出掛ける。いいか?」
私の頭に手を置いたまま、顔を覗き込んでくるお兄ちゃん。無駄にイケメンで、笑った顔が好きなアーティストのメンバーに見えてムカついた。
「どこ行くの?」
机に広げていた課題達を1ヶ所に纏めて置いた私は席を立った。
着替える私を見ようと部屋を出ていかないお兄ちゃんと一悶着あったり、寝癖を直しただけのボサボサ髪と闘ったり。
「さぁて、どこから行こうか」
「お母さん達は何か言ってたの?」
「あぁ、“レタス買ってきて”とか“マヨネーズ無くなりそう”とか言ってた。今日のおかずはあるんだろうな」
つまり、“レタスとマヨネーズは絶対に買ってきて”という事だ。
「俺は郵便局と100均に行きたいんだけど、ゆりは?」
突然の質問に、近場のよく行く店を辿る。
「100均と、ツテヤかな。借りたい本がある」
オッケ。と短く承諾したお兄ちゃんは、歩きだしながら行く順番を口にする。
「まずツテヤだな。ツテヤで借りるもの借りて、郵便局行って、100均。でデパートだな」
はーい。と返事をしながら、お兄ちゃんの横を歩く。
久し振りに来たツテヤは本の配置が少し変わっていた。
「何借りるんだよ?」
「友達がオススメの少女漫画教えてくれて。それが面白そうだったから、機会があったら借りようと思ってたの」
後ろを着いてくるお兄ちゃんに説明をしながら少女漫画のコーナー棚を物色する。
「お、あった。これ~」
1巻の表紙を見せながら巻数を確認してみると、丁度10巻置いてあった。
物語としては、生まれつき珍しい赤髪で母国の王子に気に入られちゃった主人公が、隣国に逃げ延びた先で隣国の第2王子に助けられる。
「ためし読みで少し読んだんだけどね、第2王子が格好いいの! 第2王子には側近として、男の人と女の人が1人ずつ付いてて、その2人も格好いいし可愛いし」
助けられた主人公は、隣国に住むようになって宮廷の薬剤師として働きながら、第2王子の味方になろうと頑張る王宮ファンタジー。
1冊も借りられてることはなく、丁度10巻全部を借りることが出来た。
早く読みたい気持ちを抑えて歩道を歩くと、郵便局が見えてきた。
「外寒いから中で待ってな」
正直な所、郵便局に入っても何もやることがなく気まずくなるが、外で待ってるのも寒いからどうしようかと悩んでいたので、お兄ちゃんにそう言ってもらえると有難い。
ベンチ椅子に座り込んでからパンフレットやポスターなどに目を向ける。特に読もうとはせずに周りを見渡す。
郵便局に入ったことが無いため新鮮。
暫くしてお兄ちゃんが戻ってきた。
「はやっ」
驚く私をみて笑うお兄ちゃんは、そのまま外に出ていこうとする。慌てて後を追って外に出た私は、強い風に髪を乱される。
「早いねぇ」
「最近フリマアプリにハマってて。理佐からオススメされて、いらない物とか売ってんだよ」
良く知るフリマアプリといえば、コマーシャルで良く見るメルカルぐらいだ。
「メルカル?」
「そうそう。メルカルでいらない物売ってんだよ。ゆりも何かいらないのあったら、俺でも理佐にでも言えば売るよ」
何かあるか?と尋ねられた私だが、即答出来るほどいらない物など検討がつかない。
お兄ちゃんは、悩む私を見て声を甲高くあげて笑った。ムカついた私はお兄ちゃんの腕をバシバシ叩きながら反抗する。 次第にお兄ちゃんが100均がある方へと逃げるように走り出したので、私も後を追う。
そんなこんなで、ちょっと遠い場所にある100均までは10分掛からなかった。
「ハァ、ハァ……急に走り出して……」
「だって、ゆりがバシバシ叩くんだもん。んあー、久し振りにこんなに走ったわ~」
横っ腹いて~。と嘆きながら入店するお兄ちゃん。私だって痛い。
店の中は流石、暖かい。
お互いに買うものがある為、別行動だとお兄ちゃんは篭を手にして歩き出す。
「まったく……」
未だに息も荒く、苛立ちが消えない私は、冷静になるために文房具棚へとゆっくり歩く。
買いたい物とはペンなのだが、絵を描くのに重宝されるアルコールペンだ。
自分自身、絵が下手なのは認めるが、だからといって絵を描くのが嫌いな訳ではない。 むしろ好きで、暇あればアニメキャラなどを模写していたりする。 色鉛筆も持ち合わせて色塗りなどもするが、中々上達しない。
絵描きの際に用いられる有名なアルコールマーカーがあるのだが、1本300円以上するため、学生の私には変えないのだ。
そんな中、100均の有名どころ――ダンソーで発売されたペンは1本50円で同じ用途として使える。
動画サイトで絵描き手さんが使っている様子を見て買いたくなったのだ。
「……なんと」
2本入りのペンを1つ取った所で気付く。全色揃っていない。
確かに、動画で絵描き手さんが“売り切れ続出だ”とは言っていたが。
「……そんなぁ」
ついその場に蹲ってしまった。
「……マジか」
何度見ても4つしか見当たらない。動画で見たときには全色20色だ。
今手にしているものは2色入りのものが4つで8色。暗めの色しかない。
「……ウソだぁ」
「どうした」
声を掛けられたと感じて見上げてみると、篭を腕に掛けてるお兄ちゃんだった。
買いたいものが手に入ったのか、嬉しそうなお兄ちゃんは、私が蹲ってるのを見て心配げに見つめてくる。
「ゆり、どうした?」
「うん……ペンを買いたかったんだけど、全色無かった」
蹲ったままの私の横にお兄ちゃんも踞ってきて棚を物色する。
「全部で何色なの?」
「20」
手にしている物をお兄ちゃんに見せると、ぶら下がった商品を細かく確認する。
やっぱりない。
「売り切れかなぁ」
「う~ん。動画でこれ知ったんだけどね、動画の絵描き手さんも“売り切れ続出だから早めにゲットしてください”って言ってた」
「あ~、また今度だな」
そういって頭にポンと手を置いて、はにかんだお兄ちゃん。仕方なく、手にしているものだけを篭に入れる。
その後、物色して必要だと思われる物を篭に入れていく。
100均での合計金額は、2千円を越えた。
「お兄ちゃん、こんなに何買ったの?」
「ヒミツ~」
ちょっとムカつく顔をしてはぐらかすお兄ちゃん。そこまで知りたいと思わなかったので、再び尋ねることをやめた。
「寒くない?」
「ちょっと寒いけど、デパート着いたら暖かいでしょ」
それもそうだけど。と前置きしてからポケットから出した手を私の手に重ねてきた。
「……は?」
「懐かしいなぁ。ゆりが小学生の頃は、どこに出掛けるにも俺が手を繋いでたんだぞ~」
「覚えてないしっ」
「え、俺めっちゃ覚えてんのに!」
ウソだろ~。と先程の私以上に嘆いている。
「てか恥ずかしいからっ。高校生にもなってお兄ちゃんと手繋ぐとか」
「え~っ、いいじゃん!」
暖かいでしょ~?と顔を覗き込んできて、私の顔色を伺うお兄ちゃん。
「暖かい、けど……」
やっぱり恥ずかしい。と言う前に、お兄ちゃんが再度手を強く握ってきて離れずじまい。同級生には絶対見られたくない。
デパートには、夕飯のおかずを買いにきたであろう主婦達がカートを押したり、篭を腕に掛けている。そんな中、未だに繋がりっぱなしのお兄ちゃんと私の片手。
久し振りだと言う私との手繋ぎにずっとニヤニヤしているお兄ちゃんは、篭もカートも持たずに商品棚を物色しようとしている。
「お兄ちゃん、カートは?」
「え? あ、忘れてた忘れてたっ」
ヤベェヤベェ。とカート置き場に早足で向かうお兄ちゃん。
ようやく解放された片手を軽く解す。 お兄ちゃんと繋いでいた片手は尋常じゃないほどに暖かくなっていた。
篭を乗せたカートを私が引きながら、野菜コーナーにてレタスを物色中。
「レタスの選び方で、どうするば美味しさを見極めるか分かる?」
「え、知らない」
分かるわけない。
「レタスの芯の切り口あんじゃん。 ここが10円玉くらいの大きさで、押して少し凹むのが美味しいらしい」
レタスの芯を見せながら説明をするお兄ちゃん。
「へ~? なんでそんな事知ってんの?」
「同僚に、高校の頃から一人暮らしのやつがいてさ、そいつが近所の主婦から聞いたらしい」
へ~。と理解した態度を取ってみたが、そんな豆知識を人前で恥ずかしげもなく言えるお兄ちゃんに感心してる。
お兄ちゃんの声が大きかったのか、近くで野菜を見ていた人がレタスの芯を見ては押している。
「あ、後ね、見た目に反して軽いと美味しいらしい」
「分かったから早くして」
あ、はい。と再びレタスを熱心に選ぶお兄ちゃん。出来ればすぐにでもこの場を離れたい。
レタスの芯を熱心に見ていた女の人も、お兄ちゃんの真似をして重さを確認している。
あぁ、恥ずかしい。
ツテヤの手提げ鞄と100均の袋を私が持って、レタスやマヨネーズなどが入ったエコバッグをお兄ちゃんが持って帰り道を歩く。
「重くない?」
「重くないよ」
お兄ちゃんの要望で、家に着くまでの帰り道も手を繋いでいる。
「今日の夕飯なんだろう」
「何、もうお腹減ったの?」
ニヤニヤと笑うお兄ちゃんに強気で言い返す。
「お腹減ってちゃ悪いの? 食べ盛りなんで、すみませんね」
「アッハハハハ! いやいや、食べ盛りなのは良いことよ」
今日のお兄ちゃんは良く笑う。それだけ、妹の私と買い物が出来たのが嬉しいのか。
早くに出て、早くに買い物を終えたと思っていたが、以外と時間は過ぎていたらしい。 次第に空は青空からオレンジ空へと変わり、今は雲が出てきたのか暗くなろうとしていた。
「俺も高校の時はめっちゃ喰ったなぁ」
「皆食べるでしょ」
「いやいや、少食のやつとかは全然よ」
そうなのかな。と私が呟くと、そうなんだよ。と返すお兄ちゃん。
「理佐がそうじゃん」
「お姉ちゃん少食?」
「あいつは少食」
横断歩道横の信号機が青色を点滅させる。走るのかと思ったが、お兄ちゃんは止まった。
「だから細いのかぁ」
「ゆりも細いけどな」
重そうなエコバッグをそっと地面に置いたお兄ちゃんは、持っていた方の手を軽く解す。
「私より細い人なんて沢山いるよ」
そうかぁ? と笑うお兄ちゃんの顔は、反対側からの車の光で見えなくなる。
お兄ちゃんの笑った横顔が儚く見えて、こんなお兄ちゃんは嫌だなと思った。
でも、やっぱりお兄ちゃんは凄い。
「おー? ゆり、信号変わるぞ」
いつの間にか信号機は青になっていて、少し先の横断歩道でお兄ちゃんが振り返る。
お兄ちゃんを追う私の目には、とても頼り甲斐のある分厚い背中に見えた。ムカつく。
けど、そんなお兄ちゃんを見ちゃうと、将来はお兄ちゃんみたいに頼れる存在になりたい。




