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67話「……デジャブ」



 2日後にはとうとう冬休みが待っている。


「もーいぃくつねーるぅとー」

「ふーゆーやーすーみー」

「クリスマスにはーサンタさん!」

「正月来たらー餅くって~」

「「はーやく来い来い冬休み~」」

 朱音とモモが「イエーイ」とハイタッチをする。


 昼休み、空になった弁当を片付けた後、教室にも関わらず、私から始まった歌は、全然違う歌詞とともに終わった。

「もーいぃくつねーるぅとー」

「おーしょーおーがーつー」

「お年玉ではー3万円!」

「そのお金をぉー貯めておく~」

「「なぁ~にを買おうか迷い中~」」

 またしても、別の歌詞になり終わってしまった。


 弄っていたスマホから目を離して、目の前の梓を向く。

「梓、1回目で何で“冬休み”?」

「え、ノってあげたんだからいいじゃん」

 隣の朱音とモモは「イエーイ」とまたしてもハイタッチ。

「いやいや、歌詞間違ってるし」

「じゃあ、いきなり歌わないでよ。てか、何でいきなり?」

 梓に問われた私は、少し考える素振りをして、

「……なんとなく?」

 と答えると、梓は呆れたようで溜め息を吐く。


 梓の溜め息に誤魔化すように笑ってると、モモが背中に寄っ掛かってきた。

「ゆりと梓は~?」

「「なにが?」」

 ハモってしまったことに梓と向き合った後で、モモの言葉に耳を傾ける。

「お年玉で、何買う?」

 また突拍子のないこと、と考えてから先程の歌の歌詞を思い出す。

「親から各5千円。ばあちゃんから5千円。従兄弟、再従兄弟から1万。合計の3万5千円で何かある?」

 梓も迷っていたらしく、詳しく説明してきた。珍しい。

「梓は3万5千かぁ。ゆりは? どれくらい貰う?」

 更に寄りかかってきたモモは、腕を私の首周りで組んできた。

「え、っとぉ」

 頭で誰からどれ程貰うか考える。


 父さん母さん、兄ちゃん姉ちゃんから各5千円。

 従兄弟のおばさんおじさん、お姉さん2人からも各5千円。

 隣のそらくんの親から1万。

 合計で……

「5万かなぁ」

「「「5万」」」

 梓、モモ、朱音のハモり声に驚きながらも頷くと、途端に羨ましがられる。

「いいなぁ!なに、それホント?」

「くそ羨ましいッ!」

「え、何でそんなに貰えんの」

 3人の反応に答えながら、問われた事について説明をする。

「フハハッ、いいだろー? まぁ、私は? 家族で末っ子ですし、従兄弟にも姉が2人いるんで貰えるんですよー」

 きっと今の私は、ニヤニヤしながらとても悪い顔をしているのだろう。


 そのお金で何を買うかが問題だ。

「やっぱりアタシはギター関係のを買おうかな。5万もあれば良いのが買えそうなんだけど」

 エアギターをしながら真剣に答える朱音。

「モモは、オークマン買おうかなって思ってるの! ゆりがよくオークマンで音楽聴いてんのカッコいいから! 5万もあればオークマンの他にも買えそうなんだけど」

 モモの買いたい理由に私は赤面するしかなかった。

「私は、まだこれといって欲しいものないんだけど、強いていうならパソコンかな。 家族共有のはあるから、自分専用の。 5万もあればちょっと大きめのパソコンが買えるのかな」

 梓はキーボードを打つジェスチャーをしながら答える。


 3人の答えを聞いて、3人とも最後に余計な一言があることに気付く。

「あのさ、買いたいものが買えるのなら良いんだけど、最後の一言いらないよね?」

 私だけが5万円も貰えることを凄く羨ましそう。

「え、もしかしてわざと?」

「「「うん」」」

 だろうなと思ってたけど、何の迷いもなく即答されると、妙なチームワークを見せつけられてるようで悔しい。

「で?」

「ゆりは何を買うの?」

「その5万のお年玉で」

 3人のチームワークは見事で、3人が迫ってきた。

「え、え~……コンサートDVDとかCDとか?」

「もっとさ、高めのものを買いなよ。5万あったら買えるでしょ?」

 梓の問いかけの後ろに、朱音とモモが頷くのが見える。

「え~、でも誕生日もあるし。その時のおねだりに高めのものはもう予約済みだしな」

 独り言のように呟いてみると、朱音が机に力一杯叩いて立ち上がった。


 教室だというのも忘れた朱音の為に、静まり返ったクラスメイトに軽く謝ると同時に雑談を再開させる。

 またザワザワと楽しそうに雑談を始めたクラスメイト達。

「羨ましすぎなんだよ!」

 朱音の声に驚いて「うおっ」と声をあげる私。梓とモモも最初は驚いたが、その後で同意するように頷く。

「お年玉で5万貰っといて、おんなじ月に誕生日もあるとか――羨ましすぎだよ!」

 思いの丈を言う朱音は、その後も「あぁっ! 何であたしは9月生まれなんだぁ!」と言い始めた。

「そうだよ! 何で私も2月生まれなの?!」

「梓はいいよ。あたしなんか3月!」

 話の方向性が変わってきてる。

「いやいや、朱音には誕プレあげたじゃん!」

 軌道修正する前に突っ込ませてくれ。

「梓とモモにだって誕プレあげる予定だし、その為にお年玉を使わないで取っとくのもアリでしょ?!」

 とりあえず3人の興奮を宥めた所で、昼休みの時間が終わってしまった。




 放課後、何故か軽音楽部の先輩――2年生の中島先輩が、教室前の廊下で待ち構えていた。

「何帰ろうとしてんだ? キーボード担当さん」

 笑顔を見せる先輩だが、それとは別のオーラを醸し出していた。

「え、中島先輩? どうしました?」

 ひしひしと伝わってくる中島先輩のオーラに負けじと、とぼけてみせる私は肩に掛けている鞄から、絶対に手を離すまいと握りしめる。

「誰?」

「軽音の先輩。2年生バンドのベース担当」

「あ、この間の人だ?」

 後ろから朱音の「そうそう」という相づちが聞こえる。

「せんぱーい、私ィ今日は予定があってーぇ? 離してもらえますぅー?」

「ぶりっ子のマネしてるつもりか? 残念ながら俺には効かねぇ。部室来いよ」

 ぶりっ子作戦の失敗に舌打ちをしながら、鞄を持つ手を緩める。


 手首を掴まれた私は、仕方なく部室に向かう。

「え、え、ゆり本気?」

「見て梓、手首しっかり掴まれてる。これ絶対逃げられない」

 3階分の階段を下りながら、隣を歩く梓に説明する。

「きっと、最終下校時刻まで練習させられると思うから、梓達は帰っていいよ?」

「え……」

 きっと、部室にはキーボードがもう設置されていて、着いたら楽譜渡されて部活終了まで練習させられるのだろう事は想定済みだ。


 階段の下りきると、何故か手首を掴まれたまま先輩だけが上履きから靴に履き替える。

「ちょっと先輩、ここ2年。私1年。下駄箱あっち」

「離したら逃げるだろうが」

「逃げないですよー」

「信用なんないからな」

 そんなに信用ないのだろうか。決心したのだから大丈夫なのに。

 靴に履き替えた先輩は、私を1年の下駄箱に連れていく。

 そこには、先程分かれた梓達が楽しそうに話ながら靴に履き替えていた。

「茅野の下駄箱どこ?」

「あ、ここです」

 サンキュ、と短く礼を言った先輩は、容赦なく私の下駄箱を開けた。



 帰ってもいいと言ったにも関わらず、梓達は先輩と私に着いてきた。

「キタ――!!」

「よろしく」

 私の想定通り、キーボードはドラムの山崎先輩と、ギター&ボーカル担当の浅野先輩によって、ドラムの横に設置されていた。

 部室着いて早々に、山崎先輩の叫び声に若干疲れたが、浅野先輩の微笑み「よろしく」に元気に挨拶をする。

「早速だけど、これ楽譜な」

「はーい」

 渡された楽譜。太字で大きく書かれた曲タイトルに思わず声をあげた。

「ああぁぁあ!!」

「……なんだよ」

「あ、あらっ……あらしぃ~」

 想定外の選曲に私は感激した。私は今、顔面崩壊している。

「あらホント、良かったじゃん、ゆり」

「モチベーションも上がるねぇ」

「俄然やる気になったんじゃない? ゆり」

 勿論よ。そりゃやる気も上がるよ。

 これ何て運命?


 楽譜を設置して、弾き始めようとすると、

「なになに、茅野ちゃん、好きなの?」

 山崎先輩が、ドラムスティックをブラブラと振りながら尋ねてきた。

「はい、アーティストも曲も好きなやつです」

 嬉しい、と言う私に山崎先輩は笑顔を向けたまま「じゃあ好きな気持ちを持って弾かなくちゃだね!」と私に笑顔を促す。

「そうですね」

 最初は、それこそ“上手に弾ければいいな”程度の気持ちで挑戦する事を決意した。 だが、好きアーティスト、好き曲だと知ったからには上手に弾くことは勿論な事で、その上でこの曲を沢山の人に“大好きなんだ”と思い知らせたい。

 改めて、ギターもキーボードも、沢山練習しようと堅く誓う。



 知ってる曲だということもあって、これといって躓きそうな所はなく、順調に一通り弾き終えた。

「……どうですか?」

 歌うことはせずにセッションした後で、先輩達に尋ねてみる。

「……もう少し――」

「「喋った!」」

 浅野先輩が話初めてすぐ、見守っていたモモと梓が声を揃えてあげた。私は身体をビクつかせて驚いた表情をするが、浅野先輩もまた同じ表情だった。

「……デジャブ」

 そんな光景に中島先輩は苦笑しながら小さく呟き、山崎先輩はゲラゲラと笑う。

 一方で、叫ぶように声を揃えてあげたモモと梓は、何故か咄嗟に口を手で塞ぐ。そんな光景をみた朱音が、声を抑えて静かに笑っている。


 浅野先輩は「俺、喋っちゃダメだった?」という顔で周りを見ている。オロオロしている浅野先輩が可哀想で、思わず笑ってしまった私。

「浅野先輩、何か問題ありました?」

 言いかけた言葉を思い出して浅野先輩に尋ねると、表情をそのままに口を再び開く。

「もう少し強く弾いてもいいかも」

 浅野先輩の言葉に私は納得した。

 バンドしては優しい曲で、イメージを壊さないように優しく弾いてみたが、それだと他の音に負けてしまう。

「分かりました。次、ちょっと強めに弾いてみます」

 浅野先輩の頷きで先に進めることが出来た。



 好きなアーティストの好きな曲のお陰で、私の心はハッピーだ。

「あぁ、これ相羽ちゃんのドラマ主題歌だったんだ?」

 私の隣で、練習風景を眺めながらスマホを操作していたモモがいきなりそんな事を言い出した。

「そうだよ、金曜日の深夜ドラマ」

「見てたの?」

「見てたよ!」

 個人練習するのも忘れてモモに対して、当時のドラマを思い出しながら熱弁する。


 最初は「へー」とか「そうなんだ?」と相づちから興味を示していたが、次第に「ふーん」とか「はいはい、そうだね」と変わっていった。

「もー! ちゃんと聞いてます? それほどに相羽ちゃんの演技が良かったの!」

「分かったから、練習しなきゃ先輩に怒ら――」

「練習しろ!」

 頭に衝撃が走って振り向くと、筆箱らしき物を手にした中島先輩がいた。

「いっ……たいっ! 先輩加減してよ!」

 痛みを感じる後頭部を擦りながら、収まらない興奮と共に反論する。

「だったら個人練習しろよ。ペチャクチャ口を動かすんじゃなくて手を動かせ!」

「分かってますよー。でも友達のために熱弁しないといけない時だってあるんです!」

 自分自身、何言ってんだと思うが、練習せずに口を動かしていたことについては分かっている。


 私達の口論の最中、浅野先輩も山崎先輩も個人練習に集中していた。

 その光景をバックに中島先輩はため息を吐く。

「とりあえず、少しは喋ってもいいが、それで練習出来てないような事はあるなよ」

「はーい」

 潔い私の返事に、中島先輩は立ち位置に戻って練習を再開した。

「まったく~……」

 練習意欲はあるのだが、やっぱり久し振りにこんな本格的にキーボードを始めると指が痛くなってくる。

 握り拳を包んで、指の骨を軽く鳴らす。

 いつの間にかモモは居なくなっていて、梓と朱音と一緒に楽器や道具が収納されている所からアコースティックギターを取り出して、楽しそうに弾いていた。

 指を解し終えてキーボードに再び添える。

 相羽ちゃんの、当時のドラマの雰囲気から優しく、尚且つ強く弾いてみよう。



 何回目かの通し練習を終えて、感想とともに課題を述べられた私。

 そして部活も終わり、初めて先輩達と校門を出る。

「じゃあな」

「うん、また明日」

「またね~」

 私達とは別に、先輩達は先輩達で別れを告げて左右に歩き出す。

 自転車を押すのは私だけだったが、浅野先輩が同じ方向に徒歩で帰ろうとしていた事に驚いた。

「浅野先輩、待って」

「ん」

 先輩達の後でモモ達に手を振ってから、浅野先輩に駆け寄る。

「途中まで一緒に帰っていいですか?」

「……いいよ」

 答えるまで本の少しの間があったが気にしない。

 浅野先輩のギターケースを背負っている後ろ姿は格好良く見えた。


 無口な浅野先輩と、あまりお喋りが好きではない私だけでは、盛り上がる話題が出ない。

「寒いですね」

「そうだね」

「暗いですね」

「そうだね」

「……浅野先輩って、何で軽音部入ったんですか?」

「……先輩に誘われたのと、歌うのが好きだから」

「そうなんですか」

 駄目だ。盛り上がる話題が出てこない。

「……茅野は?」

「へ。あ、私は、朱音の誘われたのと、音楽が好きだから、ですかね」

 初めの頃は、朱音に無理矢理誘われた感じだったけど、今となっては誘ってもらって有難いと思える。不思議だ。

「きっかけはどうあれ、そこから広がれたのなら悪くない、よね」

 もしかして、浅野先輩も無理矢理誘われた感じなのだろうか。

「……そうですね!」

 親近感が沸いて、思わず笑ってしまった。浅野先輩の笑ってるところを初めてみた。


「明後日で、2学期終わりだね」

「そうですね」

 独り言のように「楽しみだなー」と呟くと、浅野先輩の笑い声が聞こえてくる。

 見上げると、浅野先輩はマフラーに顔を埋めて、声を殺すように笑っていた。

 無口な先輩、それでも笑うとカッコ良く見えてしまったのは何故だろう。

 ギャップ効果凄いな。と思いながら、浅野先輩の横で自転車を押す。

――きっと、顔は赤くなってる。



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