66話「頑張りまーす!!」
長かった2学期も後1週間で冬休みだと思うと、張りきれるのは何故だろう。
今日は2学期最後の部活動。2学期最後の金曜日、私と朱音は部室でギターの練習をしている。若干2名余計な人がいるが、お構い無しに左手の形を覚える。
「ねぇねぇ、ドラムとかないの?」
「軽音の部室が畳って、なんか違和感」
「ギターやベースは買ってもらえるけど、ドラムは無理じゃん? ないのー?」
「ゴロゴロしていい?畳見てるとゴロゴロしたくならない?」
「あ、ドラムがあればピアノとかもあるのかな?」
「あぁ、畳の匂い……すげぇ!」
あぁ、もう!
「うるっせぇ! こっちは練習してんの!」
「まぁまぁ、ゆり落ち着け」
畳に座ってた私は思わず立ち上がる。
ギターを抱えながらも自由に楽しんでるモモと梓に言い寄る。
「だいたい、何故用事がないからって『部室を覗こう』ってなるの! 違うでしょ、そこは家に帰って家族と楽しむもんでしょ!」
私だったらそうするけど?!
「ね! 朱音もそう思うでしょ!?」
「え、ならない」
忘れてた。朱音は以前、用事がなくて暇だという理由で先輩達が練習してるであろう部室に押し掛けたのだ。しかも私を巻き込んで。
「畳の匂いってこんなに落ち着くんだね」
「ほら、梓も落ち着いてる畳の匂いでも嗅ぎんしゃい」
朱音はいつの間にか畳の横になっていた。日曜日に寛ぐお父さんに見えたのは内緒にしておこう。
休憩と称して私も横になる。
「お? ここなにー?」
ずっと無視していた好奇心発動しているモモが奥の扉を発見する。それはドラムやら電子キーボードやら、必要最低限のものを仕舞っておく場所。
「あなたがさっきから気にしてる事の答えがそこにあるよ」
ちょっと格好つけた私を無視してモモはその扉を開ける。
少しして感嘆の声が聞こえた。
私が朱音の顔を伺うと、朱音も私を見ていたようで目が合い笑った。
その後、気になったらしい梓も後を追いかけて再び感嘆の声が聞こえた。何故か電子キーボードを2人で持ってきて、セットしてすぐに弾き始めた。
キャッキャキャッキャと楽しそうに電子キーボードを弾く2人を横目に、起き上がった私は胡座をかいてギターを抱える。
そのままコードを確認しながら練習していると、朱音も次第に練習を始めたようだ。
譜面とコード表を並べて練習していると、聴き慣れた音が連なっている。
つい最近、引っ掛からずに弾けるようになったメロディーだ。流れるように、朱音が弾く音に合わせて音を出していく。
朱音がこちらを見ているように感じたが、私には見つめあう余裕なんかなく、譜面を睨み付けるように凝視する。
私が音を出さなくなって流れは落ち、セッションは終わった。
「スゴいじゃん! 結構出来てきたね!」
「私頑張った! スゴくね?」
「凄い凄い!」
このまま順調にいけば、来年の文化祭で披露するのは余裕かもしれない。
「こっからだよ、ゆり。初心者が完璧に出来るまでは結構掛かるんだから。諦めたりしちゃダメだよ」
「何を言っている、私の諦めが悪いことは近所で有名なのだよ?」
「そうだったのか!」
「そうだよー!」
そうかそうか! そうだよそうだよ! とギターを抱えながら、自分自身の自信を高めていった。
その後、電子キーボードに未だ飽きない2人を横目に、黙々とコードを譜面とにらめっこをしていた。が、
「ゆーりー!」
「なにー」
「何か弾いてー!」
「むりー」
「なんでもいーからー!」
突如として電子キーボードに夢中だった2人がこちらに声を掛けてきた。
「なんで今なのー?」
「今でしょ!」
「今こそ、ゆりの能力が開花するとき!」
「私の能力ってなんやねん」
無視しようとしてもウザく絡んでくる為、仕方なくギターをスタンドに立て掛けて電子キーボードに近寄る。
最近鍵盤を弾いてない事や、さっきまで弦を弾いていた事もあって、感覚が分からない気がする。
電子キーボードの白い鍵盤を確認程度に弾いてみると、私の知ってる音とは違う音が聞こえた。
「これ、ピアノに戻してもいい?」
「どーぞどーぞ!」
音色をピアノに戻すと、椅子に座っていたモモが立ち上がって私を椅子に座らせた。
真ん中辺りの白い鍵盤に、音階の書かれたシールが7つ貼ってある。それを便りに弾いてみると、音階は合っているようだった。
「何聴きたい?」
「んー、何弾けるかにも寄るよね」
「んー……」
モモも梓も選曲が決まらず無言が続いた。
「あ、じゃあ私の十八番でいい?」
「十八番とかあるんだ」
「弾いて弾いて!」
モモに急かされるように鍵盤に指を乗せて一息吐く。
「きらきら星だ!」
「すげぇ!」
ギターの音が止まり、部室内にピアノの音が綺麗に鳴る。
ぎこちなくも、綺麗に奏でる音は部室内だけではなく、建物全体を優しく包む。
「……すごっ!」
少し離れた所でも短い感嘆の声が上がる。それでも止まらない両手は次々に音を奏でる。
歌声も聞こえてきて、さらに奏でた音は本校舎にまで届く。
次第に終わりが近付き、とうとう歌と同時に演奏が終わった。
意外と弾けるものだと自分に感心した。
「ゆり凄い! カッコいいよ!ね、梓」
「うん、めっちゃキラキラしてる。選曲のお陰で、私の目にはゆりがキラキラしてるように見えるよ」
「うん、ありがとうなんだけど、梓の褒め方なに?」
興奮してるらしい2人は私の言葉なんか聞こえないようで、私が弾いていたのを見よう見まねで弾こうと頑張っている。
褒められて嬉しくなった私は、手の感覚が戻ってきたことを良いことに、少しだけ難易度を上げた曲を頭の中で決めた。
「ねぇ、もう1回弾いていい?」
「おっ、いいよいいよ! 何弾くの?」
「まぁ聴いてて」
再び鍵盤に手を添えて、今度はゆっくり深呼吸をした。
「キラキラぼ…し? あれ?」
「ん?」
先程弾いた曲より手の動きが変わっていて、でも基本のメロディーは同じ。
「いや、キラキラ星だよ」
「さっきのとは手の動き違いますけど?」
「アレンジとか?」
ギターの音が再びなくなり、戸惑いの声を添えてピアノが鳴る。
「んん? いや、凄いなっ。よく指動くね」
「……ね、ゆりの能力が開花してるよ」
今度はピアノの音だけが、建物全体を包む。次第に本校舎にも届きそうになるピアノの音。
歌声は聞こえてこなくても、音だけで癒してくれるような。しかしそれは突然止まった。
間違えた。
「ごめん、間違えちゃった」
「え、うん。いや、充分凄いからね?!」
「ゆりの能力が、マジで開花してたよ」
間違えた事を悔しがっていると、朱音が駆け寄ってきた。
「今のって君嘘の?」
「きみうその? のだめで聴いてから練習したけど」
「そっちかー」
私がピアノをやり始めたきっかけはテレビドラマだった。元々、小学校の頃にピアノ弾いている子をカッコよく見ていたが、やりたいとは思っていなかった。 しかし、テレビドラマでピアノを弾く主人公に憧れて、お兄ちゃんの後を追うように教室に通い始めた。
きらきら星変奏曲を格好よく弾く主人公がカッコよくて練習を始めたのだ。お陰で通常のきらきら星は十八番と言ってもいいほど弾いてきた。
指の関節をポキポキッと鳴らしていると、部室の外からダダダダッと階段を駆け上がってくる音。認知して直ぐに部室のドアが強引に開かれて、見慣れた人が入ってくる。
「ハァハァ、ハァ、今のってお前が?」
「中島先輩、どうしたんすか」
「今、弾いてたのは茅野か?」
2年生バンドのベース担当、中島悠斗先輩だった。
朱音の質問に答えず、また質問してきた中島先輩に、私は軽く返事をしながら頷いた。
シューズを乱暴に脱いだ中島先輩は、ズカズカとこちらに歩み寄ってくる。
嫌な予感がした私は、椅子から立ち上がって梓の後ろをギリギリで横切って先輩から逃げる。
それでも先輩は、私を捕まえたそうに腕を伸ばしてくる。ギリギリで交わしながら、楽しそうに弾いている梓とモモの周りをぐるぐると歩く。
私を捕まえられない事と、朱音がオロオロしているのに嫌気が差したのか大声を出す。
「逃げんじゃねぇ!」
「あいっすいません!」
私に向けられた言葉の筈が、何故かモモが謝るという、なんとも不思議。
突然の大声に私も梓も朱音も動きを止めた。
「茅野、お前ピアノ弾けたのかよ」
「まぁ、ある程度なら弾けますけど」
「さっきのってモーツァルトの変奏曲だよな?」
「あぁ、はい」
「“ある程度”で変奏曲弾けるかよ」
「まぁ、間違えましたけど弾けましたね」
「……もっと早く言えよぉ」
今度は突然しゃがみこんで悄気た。
一体なんなんだ。
訳が分からないまま先輩の復活を待っていると、固まっていた筈の朱音が恐る恐る尋ねた。
「中島せんぱーい? 突然どうしたんすか? 大丈夫っすか?」
「……ダイジョブだ」
ほんとかよ。
「ゆりのピアノの能力に驚いてるんじゃない?」
と梓が呟く。
「なんで?」
「ゆりがピアノ弾ける事知らなかったようだし。ピアノ弾けないって思ってた人が弾けてて、しかもめちゃくちゃ上手いの聞いたら誰だって驚くでしょ」
ヤンキーのような見た目の人って何事にも動じないと思っていたが、どうやら私の偏見だったようだ。
ユラユラと立ち上がった先輩。
「茅野、ギターの調子はどうだ? うまくいってるか?」
「はい。今日少しだけ朱音と合わせられました」
「初心者にしては出来てる方だと思うっす」
「冨田がいうなら大丈夫だな……」
もしかして、中島先輩は様子見しようと来てくれたのかもしれない。こちらに着く途中で私のピアノ演奏を聴いて急いで来た、とか? そうならば、私は褒められるのかもしれない。
「先輩、ドーンと褒めてください。私、褒められて伸びるタイプなんです」
胸を張ってドヤ顔を決め込む。
「バカか。まぁ、すげーじゃん。こん調子で来年頑張れよ」
「頑張りまーす!!」
よっしゃ。褒められた。
嫌な予感は外れたらしい。
褒められた優越感に浸っていると、先輩から「そんな凄い茅野にお願いがある」と真剣な顔つきで言われた。
いつの間にか電子キーボードで遊んでる朱音と梓とモモを尻目に、私は先輩に胸を張ってみせる。
「私に出来ることなら何でもどうぞ」
「一時的に俺達のバンドに入ってくれ」
「いいですとも!……え?」
「いいんだな? いいんだな?!」
予想外なお願いに、勢いで答えたが我になって気付く。無理だ。
「ちょっと待ってせんぱい! 違う!」
「いいですって言ったよな? な!?」
焦る私を無視して、電子キーボードで遊んでる朱音達に同意を求める先輩。
「……良く分かんないけど、そうですね!」
おい、モモ! 分からんのに答えてんじゃないよ!
「なに? 何の話?」
「……さぁ。とにかくそれっぽい相槌を」
「いいと思います!!」
「そうですね、ゆりは凄いですから。大丈夫です、はい」
朱音! 梓ー!!
「『いいと思います!』じゃないよ!あんた私とバンド組んでるの忘れた?! あんたの相方、今先輩に取られちゃうよ?!」
「まぁまぁ、ゆりなら大丈夫だって」
いつの間にか私の隣にいた梓が肩に手を置く。
「いや、むしろ1番怒りたい人あんただから! なによ“それっぽい相槌”って。最後テキトーすぎでしょ!!」
どうしよう。どうしたらいいのか、私分からないよ。
満足そうに帰っていった先輩を見つめたまま10分。
無になって考える。
どう考えても無理じゃね?
だって私、不器用だもん。2つの事を並行して進めることが苦手なタイプだもん。
ギターだって、1番簡単な所を今日合わせられただけで、他の部分はまだまだだ。
ピアノだって、ギターにハマる前まで弾いてたのがきらきら星変奏曲だっただけで、全然知らない曲を“練習してくれ”って言われたら1から練習は当たり前。期間が短かったら間に合わない。
私は、“私に出来ることなら”って言ったのに、先輩は私には出来そうにないことを頼んできたのも可笑しい。
勢いで答えちゃったのは私がバカだったからしょうがないにしても、弁解の余地を与えずに帰ってしまった先輩。
めんどくさい事を引き受けたのだと今知った。数十分前の嫌な予感は当たっていたらしい。
これはヤバイぞ。
並行して練習することは可能なのか?と考えながら、ギタースタンドの前で胡座をかく。
「ゆりー、ピアノもう弾かない?」
「うん、ギター弾くー」
モモを筆頭に電子キーボードを片付けていく。
「で? 中島先輩と何話してたの?」
「……あのねぇ、聞くのが遅いのよ!」
えぇ?と不満げに声をあげる朱音に、私は一息吐くと話始めた。
説明に時間は掛からなかった。
「一時的にバンドに入ってくれって……えぇ?!」
事の重大さにやっと朱音も気付いた。
「朱音うるさい」
「どしたー朱音」
片付けを終えた梓とモモが扉を閉めながらこちらに声掛けてきた。
梓とモモが座ってから、朱音は口を開いた。
「ど、どうしよう……あたしのゆりが取られた……」
「は?」
「ひ?」
「ふへほ。取られてないから」
変な解釈をした朱音に、私は再度説明をする。
「キーボードとして、一時的にバンドに入ってくれって事」
頭の回転が早い梓はともかく、お馬鹿なモモと朱音の為にもっと分かりやすく伝える。
「勢いで答えちゃった後でちゃんと抗議しようとしたのよ? でも、先輩に同意求められた朱音達がテキトーに同意するから、先輩満足げな顔で私の話聞かないで帰っちゃった」
梓の顔は「やってしまった」と言いたそうな顔をしている。
「それは……ごめん」
「いや、その前に私も勢いで『いいです』って答えちゃってるし」
「どーすんのー!私のバンドのボーカルがぁー」
「うん、あの、朱音さん? 一応朱音にも非はあるのよ?」
「やだよ?! 結局あたし1人で披露することになって、たった1人でのボーカルで赤っ恥掻くの!」
「そこなの? 朱音さんの不満はそこなのね?」
「朱音、心配することはない。 もしそうなったら、私が軽音入って一緒にバンド組んであげるから」
「私は?! 梓、私を取り戻すって選択肢はないの?」
まず梓はボランティア部に入ってると思うのだが。
「もしかして、最初に同意したのってあたしじゃない?」
説明からずっと無言だったモモが呟く。
「……そうだね」
「……確かに、そうだった」
「……うん、モモからだった」
次第にモモが顔を歪める。
「うぅっ、ごめぇえんゆりぃー」
「あぁ、モモ泣かないでー」
ギターをスタンドに立て掛けてモモに寄り添うように座る。すると、朱音と梓も寄ってきた。
「モモー、泣かなくていいんだよー」
「そうだよー。元はといえば勢いで承諾したゆりが悪いんだから」
「急に責任転嫁?!」
梓に睨まれたので、目を逸らして必死にモモを宥める。
何とか梓を見ないようにして、モモを宥めることに成功した。
最終下校時刻に迫っていてオレンジ色の夕日が部室内を照らしていた。
「ギターだけでも大変そうなのに、ごめんね」
「気にしないで。 ギターもピアノも私が好きで始めたことだし」
「そうそう、ゆりなら出来るって」
他人事のように言う朱音に対して「おい!」と抗議しそうになったが、唾と一緒に必死に飲み込む。
「まぁ、ゆりの事だし、なんとかなるでしょ」
梓から意味深な表情で見られてしまうと、頑張らなければいけないな、と思ってしまう。
趣味程度の遊び感覚でやっていたピアノでこんな事になるなんて、ピアノ教室に通い始めた小学生の私には到底分からないだろう。
何か一言、小学生の私に言えることがあるならば、「勢いに任せて答えちゃいけないよ」と教えてあげたい。
「なんとか、なるのかなぁ」
なんとかなるさ。と自分自身に言い聞かせて窓から見える夕日を眺めた。




