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62話「任せろ」



 11月、中旬。ストーブ登場。

 そう、冬の強い味方――ストーブがやっと登場し、私達は歓喜した。


 ストーブが登場するのを気に、席替えを実行された。新しい席順、私は教室の出入口付近に移された。 廊下側になのでロッカーからは離されてしまったが、教室の曇り窓に寄り掛かれるのはちょっとした贅沢だ。

 ストーブが登場して1週間。昼食時は、ストーブの周りの陣取り競争が毎日発生している。

 ストーブは、教室内の前方に設置されている。黒板横の時間割り表が張られていたりゴミ箱の近くに置かれている。 その為、時間割り表を見るためにわざわざ見に来ては暖まっていたり、ゴミを捨てに来たついでに暖まっていたりと様々だ。

 石油ストーブな為、教室掃除担当が石油を持ってくる役目があったりする。


 4時間目の今も、ストーブは活発に活動している。ストーブから遠い席の私は、膝掛けを毎日使っている。

 現代文では、段落毎に音読しては問題を紐解いていく。

「ここ大事だよ」

 先生が黒板に答えを書いて赤色チョークで線を引く。


 遠くから先生の手が見える。赤色チョークを使ったからか、指先が赤く染まっている。

 夏とは違って、冬は乾燥してすぐにチョークの粉が取れない。その為、先生の右手の汚れが凄いことになっている。

 チョークで汚れたら洗えば良いだろ?なんていうやつ、何も分かっていない。 冬だから水は冷たいし、それが原因で手荒れになったりする。そのままにしておくと、乾燥して悪化、最悪なのは紙で手を切ってしまうこと。

 私はカサカサの掌を撫でながら先生の言葉を耳に入れていく。



 今日の陣取り合戦では、私達が勝ったようだ。

「今日は弁当だ」

 黒板前の段差に座る私は弁当箱を膝上に置くと、それを見ていた朱音が呟く。

 昨日は寝坊して弁当を忘れたのだ。その為、昨日の昼食は購買で手にした唐揚げパンとサンドイッチだ。


 見慣れた弁当箱を開けて、ご飯容器をストーブの近くに置いて箸を手にする。

「いただきます」

 お母さんの厳しい教育の元、家でも家でなくても手を合わせて“いただきます”と口にするようになっていた。 中学の頃は皆で号令していたので違和感がなかったが、高校初日の頃は変わった人とした見られていた。 まぁそれも、最初の1ヶ月程経ったら皆も慣れたようで何も言わない。


 改めてストーブが登場してくれた事に感謝している。こうやって、冷えてしまったご飯が微かでも暖かいと、なんだかいつもより美味しく感じる。

「うわー、やっぱりそうなんだ」

 右隣に座る朱音がより大きくリアクションを取る。手にしているおにぎりをそのままに話を聞いている。 朱音の目線の先は、席に座って弁当箱を広げて食べている梓。私と朱音は梓を見上げる形で話を聞く。

「なんか、先輩から告白したらしいよ。最初は、その(・・)ちゃんも断ったらしいけど、3回目?かな。告白でアタックして、渋々受けたらしい」

 朱音が「へー、一途だね」と相づちを入れる。

「何の話してんの?」

 梓の話す言葉を一言一句聞き逃すことは無かったが、いまいち誰の何の話をしているのか分からなかった。


 梓は咀嚼を何回かしてから飲み込んで口を開いた。

「3組にいる園川さん。2年の先輩に告白されたらしいんだけど、断ったんだって」

 その(・・)ちゃんとは、園川(そのかわ)さんの事だったのか。

「さっき梓は『最初は』っていってたよね」

「うん、最初は断ったらしいんだけど、それから1週間後にまた告白されたらしくて」

「へー」

 (その)ちゃんの事を諦めきれずにもう一回リベンジした、って事か。良いじゃないか、付き合っちゃえよ!


 告白を断られてももう一度告白するなんて、その告白した先輩は男だな。さぞかし、園ちゃんは可愛い人なのだろう。

 私はおかずの卵焼きを口に含む。

「ゆり、もしかして知らないの? 園ちゃんは学年で1位、2位を争う学年美人の1人だよ?」

 卵焼きの甘さを感じながら“園ちゃん”を検索する。

 1位、2位を争うほどの……学年美人……?

「あっ、学年美人の園川(そのかわ)愛七(あいな)さんか。整った顔してるよね~」

 結構話題は上がっていたりするが、興味がない為、すっかり忘れていた。

 まさか、あの園ちゃんが先輩に取られるなんて、学年内で園ちゃんを狙っていた男子はギリィと悔しがっているだろう。


 園ちゃんが断ってもめげずにアタックした人の勝ち。園ちゃんを手にした彼氏さんの顔を見てみたい。そして褒め称える。

 頑張ったね。最初に傷付いた心は勲章だ。

「そう! その園ちゃんさ、知らない人にはきつく話すでしょ? なのに、その先輩は2回ならまだしも、3回目の告白をして、やっとカレカノになったらしい」

 3回目……しつこい男は嫌われるぞ。

「それは……凄いね」

 気付いたら弁当箱が空になっていた。


 弁当箱を片付けながら私は疑問を梓にぶつけてみた。

「あ、園ちゃんの彼氏さんはどんな人なの?」

 先程から話に出ていた先輩がどういう人なのか。園ちゃんの恋愛事情が気になってしまった。

「あぁ、先輩ね。2年2組だってのは分かるけど、名前まではなぁ……」

 梓がなんだかブツブツ言い出した。分からないならしょうがないな。

 風呂敷で包んだ弁当箱を保冷バックにしまった私は、重くなった保冷バックを梓が座ってる席の机に置く。 そのまま黒板に向かう私。


 今日は私が日直。授業の号令は学級委員長がするからいいが、それ以外は私が仕事なのだ。 黒板消して、授業中に日直が呼ばれたらプリント配ったり回収したり。移動教室があれば鍵は日直が管理することになっている。 凄くめんどくさい。

「ゆり、思い出したー」

 黒板の汚れを消していると、背後から名前を呼ばれた。

「名前じゃないけど、容姿は見たから教えて貰ったんだ」

 梓が先程の園ちゃんの話の続きを話してきた。

 私は黒板消しを手にしたまま教卓に凭れながら聞き始める。

「背は高いみたいだよ。180はあるんじゃないかーって話してた。 ガタイは良い方だけど、部活はしてないみたい」

 180センチ、このクラスで言うと、菅谷くんくらいか。ガタイ良いなら興味のある部活でもやれば良いものを。 でも部活やっていると、デートが限られてくるか。


 顔は分からないが、まぁイケテるのだろう。彼氏先輩の顔をアニメの顔に置き換えて想像してみるとにやけてしまう。

「顔は見えなかったから分からないけど、イケボだったらしいよ!」

 梓の顔がイキイキしている。梓ってクールに見えて、恋愛話には目がないのだ。

「良いよね~。イケボな彼氏とか、耳許で囁かれたりしたら興奮するでしょ」

 机に肘ついて頬杖をしながら妄想でもしているのだろう梓。

「梓って意外と声フェチだよね」

「まぁ、声を聞いてると落ち着くんだよね、特にイケボ」

 前に梓のスマホで動画を見ようとしていた時、オススメ動画に、イケボが収録されている動画が出ていた。

 梓に説明してもらった所、トラブルがあった後などにイヤホンで聞いて落ち着かせているらしい。


 イケボが聞きたくなったのかイヤホンを耳にしながらスマホを操作する梓。

 梓を見ていた私は、黒板消しの最中だった事を思いだし、再び黒板に向き合う。

 黒板で思い出してしまうのは、やっぱりあれだ。よく男子がふざけて黒板に爪たてて音を出す行為。 小学校の頃に私も初体験したが、何が楽しくてあんな音を出すのか。高校生になった今でも分からない。

 しかも、音を出すときの男子の顔。非常にむかつく。出来れば殴りたいのだが、どうしても手が耳に来てしまう。

 何か、あの音から逃げ出せる方法はないのか。



 何とか黒板を綺麗にした私は、昼食時座っていた場所に戻ろうとして足を止めた。

 “茅野”と黒板の端に書かれているのを見て、無性に書き直したくなった。

 シャーペンだと綺麗に書ける私の名字も、何故かチョークで書こうとすると少々歪になってしまう。

 あーでもない、こーでもないと頑張って綺麗に書けた私は、目線を上に向ける。

 今日の日付が書かれている。黒板を綺麗にして、名字も綺麗に書いたら、全部を綺麗にしないと気にすまない。

「うおぉぉお!」

 教室内が急に騒がしくなる。食べ終わった男子共が遊び始めたようだ。体を動かすならグラウンド行けよ。

 男子共を無視してチョークを手にする私。丁寧に書こうとして左側に衝撃が来た。


「ゆり!」

 何とか耐えた私は、誰かに呼ばれてチョークを手にしたまま振り返る。と、同時にまたもや背中に衝撃が来た。

「おわっ」

 さっきよりも強かった。耐えきれず倒れる体を支えようとして段差があることに気付いた。が、遅かった。

「いっ……あっつ!!」

 足が引っ掛かりそのまま前に倒れた。丁度ストーブのある方向。思わずチョークを落としてストーブの角に手を置いてしまった。

 火傷がこんなに痛いだなんて聞いてない。

「ゆり! 大丈夫?!」

「あーうん。まぁ大丈夫」

 なんていうのは嘘で、実を言うと凄くジンジン痛む。

「いや大丈夫じゃないよね。赤くなってる」

「保健室! 冷やさなきゃ!」

 モモの後から梓と朱音も駆け寄ってきた。


 ストーブに手を置いてしまった私は、反射的に手を離して教室の出口に立っていた。

「ちょっと男子!! 遊ぶなら外行けよ!」

 赤くなってしまった手を見ていると、男子に注意する声が飛び交った。

 一緒に昼食を食べていた谷さんや中庭さんが声を荒げていた。教室にいた女子達も味方についたようで続けざまに声を荒げる。

「早く保健室行くよ!」

 皆を宥めようとして私が口を開くよりも先に、モモが私の火傷してない手を握って駆け出した。

「あっ、朱音と梓! 宥めてあげて!」

「任せろ」

 親指を立てる梓のドヤ顔は、階段を下りていく毎に見えなくなっていった。



 全速力で階段を駆け下りたせいか、保健室に着いた頃には息が上がっていた。

 しかし、保健室の扉を開けてみると電気はついているものの、先生は居なかった。

「えぇっ、火傷の処置とか知らないっ」

 慌てたモモは今度は職員室に全速力で駆け出した。

 保健室に入った私は、机の奥に水道を見つけて駆け寄る。許可なしに蛇口を捻ると水が出てきた。そのまま水圧を上げながら、右手全体を濡らす。

 冷たい水が火傷した部分に触れてジンジンと、脈を早く打っているように感じる。痛みも感じて、生理的に涙が出てくる。


 今になって涙が出てくるのはどうなんだろう。

 教室で涙を流していたら、谷さんや中庭さんは余計に男子を責め立てるだろう。でも、男子達が全面的に悪い訳じゃない。 あの時、背中に来た衝撃に私が耐えていれば、こんな痛みを感じることも、男子達が責められることもなかった。

 もっと言えば、私が黒板前にずっと居なければ。黒板の文字を気にしなければこんな事態は起こってない。

「はぁ」

 今更後悔しても遅くて、冷やしている右手には水(ぶく)れが出来ている。


 5分程経ったのだろうか。

「先生っ、早く!」

 モモの声が聞こえてきた。事情説明に手間取ったのだろうモモが先生とともに戻ってきた。

「あ、先生、水道使わせてもらってます」

「右手って聞いたけど、大丈夫?」

 入り口付近で息を整えてるモモ。その後ろから、長い髪を縛りながら、近寄ってきた養護教諭の浅井(あさい)先生。

 普段の浅井先生は大人しくて、真面目そうな先生。おっとりした雰囲気が一部の生徒には人気らしいが、今の浅井先生は焦っていた。

「指じゃないのが救いですけど、水膨れが……」

 火傷箇所は右の(てのひら)。小指根元から広がるように赤くなっていて、親指はほぼ赤くなっている。親指の根元部分には水膨れが出来てしまっている。

「結構酷いね」

 浅井先生はそのままいつものテーブルに腰掛けてガーゼと軟膏らしきものを取り出す。


 火傷したことの私が、初めての火傷でこんなになってしまうなんて。火傷したら冷やせ、というのは分かっていたが、正直、今の私の火傷でどのくらい冷やしていればいいのかは分からない。

「あの、どれくらい冷やしてれば良いですか?」

 つい最近、保健室にお世話になっておいて説教された事もあり、出来れば早く保健室を出たい所。浅井先生の背中に問い掛けると、浅井先生は考え出した。

「そうだねぇ。う~ん、今何分ぐらい冷やしてる? 痛みはどう?」

「5分ぐらいだと思います。痛みは、ジンジンしてて痛みはあります」

「結構酷いから、1時間……」

「1時間?! そんなに冷やすんですか?!」

 びっくりだよ! そんなに冷やさないと駄目なの?!

「えっ、浅井先生、それじゃあゆりは5時間目、ここにいた方が良い?」

 静かにしていたモモが疑問を浅井先生にぶつける。

「そうだねぇ。出来ればちゃんと冷やして、早く直せるようにしたい所だけど、茅野さんは? どうしたい?」

 浅井先生がこちらを振り向いて優しい笑顔で問い掛けてきた。


 早く直したいのもそうだけど、5時間目にも普通に出たい。

「いいよ、ゆり。先生にはあたしから言っとくから、ちゃんと冷やして?」

 モモの心配そうな顔。そんな顔を見てしまうと、モモの言うことを優先してしまいがち。

「じゃあ……5時間目はここで冷やしてるよ」

 モモは安心したように笑った。胸を撫で下ろすのが分かった。

「じゃあ、ゆりをお願いします」

 モモは笑顔で保健室を出ていく。話すこともなくなり、無言の保健室に水の流れる音だけが大きく響く。


 モモが居なくなって直ぐにチャイムがなった。今から50分間、右手を冷やすことになる。




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