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60話「……よ、よーし」




 何を隠そう、私は料理が苦手だ。専ら食べる専門なのだ。

「先日のように手順をしっかり踏まえて調理しましょうね?」

 先生の合図で、みんなが一斉に動き出した。

 料理が苦手な私が、調理実習だなんて。


 料理は苦手だが、今日作るのがなんと、私の大好物のハンバーグだ。白米、味噌汁、ポテトサラダ。 今回のメニューは全て私の好きなものなのだ。食べるのは楽しみなのだが、問題はその間の調理だ。


 私の今日の担当は、米研ぎだ。先生からあらかじめ量られた米を貰い戻ってくると、水道に半分程水が入っている炊飯釜が置かれてた。

「あ、ゆり。水半分ぐらい入れといたよ」

「わぁーありがとー」

 炊飯釜に米をドバッと入れる。どうして米を洗う時、浮く米と沈む米に分かれるのだろう。そこについては教わってないので分からない。

 前回の授業の時に、先生が言っていたポイントを思い出す。

『米は洗いすぎると、炊き上がった時に旨味がなくなっちゃうので、2回ほど研げば丁度良いです』


 そう言っていたが、2回ほど研いだだけでも大丈夫なのだろうか。まだ水が少しだけ白いのだが。

「茅野さん出来た?」

 同じ班の霧山(きりやま)さんが覗いてきた。

「あ、まだ白いんだけど大丈夫なのかなって」

「あー、大丈夫だよ。白いのが完全に無くなっちゃったらそれこそ美味くないでしょ」

 この白いのが旨味になるというのか!米って凄いな。


 何とか炊飯器にセットして、霧山さんに話しかける。

「霧山さん、何かする事ある?」

「あ、じゃあ野菜持ってきてもらっていい?」

 霧山さんは、ポテトサラダ担当だった。丁度じゃがいもが茹で上がるのを待っていたらしく、野菜を持ってこようとしていたのだろう。私、なんてナイスタイミング。


 野菜を貰いに行くと、先生が話し掛けてきた。

「茅野さん、さっきも米取りに来たよね」

「はい。私、料理とか苦手なんで。得意な人が3人も居てラッキーです」

「んー、この授業は、そういう苦手な人も出来るように工夫された授業なんだけどなぁ」

「前回の調理実習で私頑張ったので、今回はサポートに回ったっていいじゃないですかー」

 先生はため息を吐いた後に、「まぁ頑張りなさい」と呟いた。


 霧山さんに野菜を渡すと、その中から胡瓜(きゅうり)を手渡され、まな板を2つ出してきた。

 追加で包丁も2つ出てきて察した。切るの手伝え、ということだ。

 調理工程の中で特に苦手な作業をやらされる羽目になった私は、左手を猫の手にして胡瓜を押さえる。

 確か、胡瓜を切るときは、端を小さく切って捨てちゃうんだよね。その後、薄く切っていく。


 無理だー!!

 

「茅野さーん、頑張ってー」

「うぅ、霧山さんが苛めるー」

 泣き真似をしながら切っていくが、厚く切ったり薄すぎに切ってしまったりと、情けない結果となった。

「はぁー、疲れたー」

 水道で手を洗ったついでに、重ねられた洗い物を洗っていく。

「ゆり、お疲れー。ハンバーグ少しの間だけ捏ねといてもらえる?」

「モモー、もっと労ってよー」

 いつもは優しいモモから労っている様子がない。まぁそれもそうかもしれない。

 調理実習となると人が変わるのだ。霧山さんと同じで、料理が得意だと豪語するのだから。 家でもよく弟くんに作ってあげるようで、特性であるドジも調理するときはないらしい。


 洗い物を終えた私は、そのままモモからの頼まれごとを遂行するべく、挽き肉が入れられたボウルに手を突っ込む。

 あー、ねちょねちょするよー。


 3分程捏ねていると、モモが戻ってきた。

「ごめん、ありがとー」

 モモと交代した私は、油でベタベタの手を洗う。

 石鹸のついた手を擦り合わせながら他の班を見てみると、順調に進んでいる所と、ちょっと工程が滞る所とあるようだ。

 私達の班はその中でも順調に進んでいる方だろう。 なんたって料理得意な人が3人もいるんだ。


 手を洗い終えたと同時に小松崎(こまつざき)さんにミニトマトを切ってくれと頼まれた。

 小松崎さん曰く、ミニトマトを切るのが難しくて上手く切れないらしいが、私もきっと無理だと思う。 だって私だもん。

「小松崎さ~ん、頼む人間違ってるよー」

「だって~。 霧山はジャガイモ潰し始めたし、大澤さんはハンバーグ焼き始めちゃったし、ハルちゃんは先生の所行っちゃったしー」

 “ハルちゃん”とは、料理得意な3人の内の1人で、私と同中――同じ中学校出身でそれなりに仲良くしてる子だ。

 見事に料理得意な人がタイミング悪くバラバラに料理を作っているようで、偶々近くで暇してそうな私を見かねて頼んだのだろう。


「……よ、よーし、ミニトマト切っちゃうぞ!」

「行けー、私の敵を取って茅野さーん」

 先生から貰ってきたであろうミニトマトは全部で5つ。その内2つは小松崎さんが既に切ったミニトマト。残りは3つ。

「……よ、よーし」

「茅野さん!頑張って!私の敵を取って!」

 小松崎さんに励まされつつ、私は再度包丁を握りしめる。


 ほら、切った結果がこれだ。

「……どうしよう」

「……どうしようね、この惨状」

 まな板の上には、私が切った1つのミニトマト。それから、トマトの汁のようなものが。

 ミニトマトをこんなに憎たらしく思ったことはない。普段は切らずにそのまま食べていたからか、今になって凄いミニトマトの切りずらさが憎たらしい。

 まな板の上はトマトを切ったときの汁で薄赤くなっているし、切ったはずのミニトマトはブヨブヨ。


 私は今思った。この班は、料理の得意不得意の差が激しすぎる。


 小松崎さんの顔を確認すると、顔面蒼白とまではいかないが、やっちまった感が感じ取れる。

 やっちまったよ。

「諦めよう。誰かが手ぇ空くのを待とうか、ね」

 その後、戻ってきた“ハルちゃん”こと、阿久津(あくつ)(はるか)に見つかり、少々怒られた。



 モモが担当していたハンバーグも良い焦げ目でお皿に盛り付けをし、霧山さんが主に作ったポテトサラダも見た目からして美味しそうだ。 私が頑張って切った胡瓜(きゅうり)もちゃんと具材として入っている。

 遙が担当していた味噌汁も美味しそうに湯気を立てている。具材は大根と油揚げ。

 ハンバーグと味噌汁から出てくる湯気が匂いを乗せて私に攻撃してくる。小さくお腹がなった。


 白米担当は私なので、私がご飯を装う。

 炊きたてのご飯を程よく混ぜると、湯気によりしゃもじを持つ手が暖かくなって、またもやお腹がなった。

「茅野さん、私大盛りね」

「はいよー」

 この調理実習で仲良くなった小松崎さん。大盛りに装ってあげる。

「ゆり、あたしも大盛りー」

「はいよー」

 モモは私の大好物を焦がさずに作ってくれたので大盛りに装う。

「ゆりちゃーん、私も大盛りー」

「はいはい」

 遙は、中学の時から大食いで、大盛りにして食べていたのを思い出す。

 この流れで言ったら霧山さんも大盛りかな?


「茅野さん、私は普通盛りで」

「そこは霧山さんも大盛りーって言うとこでしょ!」

 思わずツッコんでしまった。

「……いいの?」

「……駄目!」

 炊飯器を覗いて確認すると、2人分がギリギリ足りる程度だった。

 何とか霧山さんと私の分を装ってから先生を呼ぶ。


「……うん、じゃあ先にどうぞ」

 先生からの許しも出て、他の班より早く食べ始める事が出来た。

「はーい!1位は霧山さん達の班でしたー!」

 先生が室内全員に聞こえるように叫ぶと、他の班から色んな感想が飛び交った。

 早くねー?!とか、スゲー!!とか。それを聞いた私達は、顔を見合わせて笑った後に両手を合わせた。

「「「「「いただきまーす!!」」」」」


「はい、ゆり。少しだけご飯分けるよ」

「やったー、ありがとー!」

 私はモモから本の少しだけご飯を分けて貰い、上機嫌にハンバーグに手を伸ばす。

「んっま。大澤さん天才!ハンバーグ上手いよ!」

「ヤッター!ありがとー! デミグラスソースどう?丁度良い?」

「っん!丁度良い!」

 小松崎さんから天才だと誉められたモモは嬉しそうにハンバーグに伸ばした。

「……モモ、天才!チョー美味しい!」

「マジで?!」

 その後、ハンバーグと味噌汁とポテトサラダについての感想を一人一人述べていった。



 大好物のハンバーグが大変な工程がいくつもあることを学んだし、ミニトマトがあんなに切りずらいものだと言うことも今回の調理実習で学んだ。

 暇なときにでも家でハンバーグ作りに挑戦しようかな。なんて考えは、きっとすぐに忘れるかもしれない。

 家でハンバーグが出された時は、今回の事を思い出して有り難く頂こうと考えた。




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