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59話「……無理だ」




「リストアップしてみました!」

 ドーン。という効果音が聞こえてきそうなくらいに、紙を畳に置いた朱音。

 ここは部室。軽音楽部の部室だが、楽器を手にしていない私達。


 朱音が出してきた紙には、ボカロ曲と思われるタイトルがずらりと書き並べている。

「おぉー……」

 といっても、私はあまりボカロ曲を知らない。メジャー曲か、気に入った曲しか知らない。 リストアップされた紙に目を通すと、知ってる曲がちらほら書かれている。

「ゆりさ、今日オークマン持ってる?」

「持ってるよー」

 ポケットに入っているオークマンを取り出して操作する。丁度嵐の新曲をリピート再生している途中だった。

 何故か時々、再生されたままになってるときがある。今回も同じ状態だったようで、徐に停止ボタンを押す。 きっと色々移動する中で、イヤホンがボタンを押してしまうのだろう。


 私は、そのままオークマンを操作して、ブックマーク『ボカロ曲』を表示する。

「私の知ってるボカロ曲ならここにあるよ」

 朱音にオークマンを差し出すと、表示を下にずらして見ている。

「へー、意外と知ってるんだ」

「お姉ちゃんならもっと知ってると思うけどね」

 ボカロ曲を聞くようになったのは、お姉ちゃんの影響なのだ。

「んー、どれ弾こうかー?」

「出来れば簡単なやつが良いんだけど、そんなのある?」

 朱音は紙を凝視しながら考え出した。

 ギターもベースも中学の頃からやっていた朱音に対して、つい最近やっと分かってきた私では結構な差がある。 それを感じさせない程度の簡単さを求める。

「……これとかは?」

 朱音が指差したのは超メジャーな曲だった。

「これアップテンポじゃん。出来るの?」

「コード進行がシンプルだから大丈夫!うちも始めたばかりの時はこれやったよ」

「そうなんだ……」

 

 オークマンに入っていた超メジャーなボカロ曲を掛ける。専用のスピーカーは少し大きめなので学校に持ってくるのは無理だったのだ。 代わりに、愛用のヘッドフォンを持ってきた為、音は無造作に置かれた緑色のヘッドフォンから流れてきた。

「私久しぶりに聞いたかも……」

「マジで?」

 長いイントロを聞きながら呟いた私の言葉を朱音が驚きながら拾う。

「うん、最近は新曲をリピートで聞いてるからね。聞く?嵐」

 ノリで朱音に尋ねると、キッパリと断れてしまった。

 今は嵐の新曲より来年の文化祭の発表曲でしょ、と。

 流していた曲がサビにくると、同時に歌い出す。

 久しぶりに聞いたとしても、サビが始まると自然と歌っているのだから不思議だ。


 結局そのまま最後まで歌いきって分かったことがある。

「これさ、途中ギターのソロっぽい所あったよね?」

「……気のせいだよー!」

 いや、絶対あったから。

「ほらほら!他のも聞いてみよう!」

 そう言った朱音は私のオークマンを操作しだした。


 徐に、リストアップされた選曲を見ていくと、聞いたことのない曲があった。

「この曲なに?ブリキ?ダンス?」

「あー、聞いてみる?あたしも1回聞いたぐらいだし」

 そういうと、朱音はスマホを操作しだした。動画サイトで検索して再生するとテンポの早いイントロが流れ出した。

「あー無理だ」

「とりあえず最後まで聞こうよ」

 こんなテンポの早い曲を初心者が弾ける訳ないじゃん。

 そうこうしてると、無機質な高音が歌詞を歌っていく。テンポ早い上に、早口な歌を誰が歌うんだ。



 テンポの早い早口の歌は、4分掛からずに終わった。

「……無理だ」

「……だよね」

 再びリストアップされた選曲を見ていく。

「……パッパッパーッ、パーパッパラパー」

「ふふんふふん、ふーふふふふん」

「パッパッパラッ、パッパパラパー」

「ふふーんふふんふ、ふんふんふん!」

 朱音の顔を見た途端、笑いが込み上げてきて、思わず吹き出してしまう。

「あたしこの歌結構好きー」

「あ、私も。歌も好きだけど、踊ってるの見ると踊ってみたくなる」

 朱音と話ながら、スマホを起動させて動画サイトを開く。検索する必要もなく、オススメコーナーに出ていたのをタップして再生する。


 ちょっと独特の絵が怖いように見えるけど、歌っていると何だかスッキリするのが不思議な曲だ。

「あー、んー」

「んー?どうした?」

「いや、お互いに好きな歌も良いけど……これ弾けるかな?」

「あー……無理だ」

「……だよね」

 そして振り出しに戻る。



 曲を聞いては弾けるかどうか考えて、また曲を聞いては弾けるかどうか考える。 何度も繰り返して、やっとリストアップされた選曲を全て聞き終えた。

 この時点で、弾けるかもと思われる曲はたった1曲だけ。運良くオークマンに入っていた。

「どうする?とりあえずこの曲だけでも練習始めてみる?」

「……そうだね」

 朱音が持っている楽譜は、今の3年生――木村先輩と清水先輩が初めて弾いた曲だという。

 今の3年生達はバンドとして仲が良いが、1年生の時はバラバラだったらしい。 そして、今やボーカル担当を務めている清水先輩は、元々ギターをやっていたようで、当時ギター初心者の木村先輩とセッションとして弾いたらしい。


 木村先輩の名前が書かれた楽譜を手にする。所々に清水先輩の直筆らしいポイントが書かれている。

「よし! ゆり!音楽ガンガンに掛けて!」

 いきなりの朱音のお願いにオークマンの音量を上げて流し始める。

「イエーイ! 盛り上がってるぅ?」

 アンプに繋がってないギターをギャンギャンと鳴らしながら、見えない客に声掛けをする朱音。

 なにやってんだ?


 約4分程経って曲が終わると、朱音は燃え尽きたかのよう座り込んだ。

「なに?何やってんの朱音」

「も……燃え尽きた、ぜ」

「……ジョー!立ち上がれジョー!」

「真っ白な灰に……」

 朱音は辛うじて抱えていたギターを横に寝させて、朱音自身も横になる。

「……で?さっきやった変なやつはなんなの?」

 朱音の息が整った所で、私は疑問をぶつけた。

「……あ、さっきのはその~、なんというか、浸ってみたというか……」

 しどろもどろに言い訳をする朱音。

 朱音の言われた通りに音量を上げて掛けてみたら、いきなりアンプに繋げてないギターをベンベンと鳴らしながら歌った朱音。これをどう説明するのか。


「んとねー、あたし……曲を練習する前に1度はしてるんだよねー」

 はぁ?なにそれ?

「はぁ?なにそれ? 楽しいの?」

「楽しいよ! なんて言うの?こー……ギタリストの疑似体験みたいな?」

 ……あー。そういうことか。

「つまりは、音楽をガンガンに掛けて弾けてる自分をイメージしてるって事?」

「そーそー!そーなんだよ! それを最初にやることで目標が出来る、みたいな?」

 アハハーと笑う朱音。

 そんな朱音を余所に、私は止めてたオークマンを再び掛けて念入りにギターの音を耳に入れる。


「ほら!ゆり! ゆりもやりなって!」

 真剣にギターの音を拾っていた私が悪いのか、何の脈絡も無しに朱音に手を引かれて立たされる。

「もーなにー?」

 立たされても尚、ギターの音を拾う私に、朱音がギターを押し付けてきた。

「ちょっと待ってね!最初に戻すから!」

 ギターを手にした私を見て、朱音がオークマンを操作する。

 すぐさまイントロが流れだし、朱音には催促される。仕方なく私もギタリストの疑似体験とやらをさせられる。



 意外と楽しい。

 約4分弱で終わったギタリストの疑似体験は、右手を少し痛めたぐらいで、朱音のように息が荒くなったりはしなかった。

「いやー、意外と楽しいね」

「だろー?」

 床に寝かせたギターを手に取ると同時に、最終下校時刻になったようだ。

「とりあえず、この木村先輩のがゆりで、清水先輩のがあたしの楽譜ね!」

「了解!」

 前もって持ってきた部活用のクリアファイルに楽譜を挟んでリュックに仕舞う。


 そのままギターも仕舞っていく。と、そこで見回りの先生が顔を見せてきた。

「あ、良かった。ちゃんと帰る準備してる」

 先生は時々失礼で、私達を小バカにしてくる。

「ちゃんと帰るよー。ねぇゆり」

「流石に最近暗いし、早く帰りたいし」

 私達の言葉に先生は納得したのか、「気をつけて帰るんだよー」と言い、次の部室に歩いていった。

「さぁて、帰ろー」

「帰ろー」

 部室の鍵は先程の見回りの先生が持っているので、引き戸を少し開けたまま部室を後にする。 そのままにしておくと、見回りで戻ってきた先生が室内を調べて鍵を掛けていくらしい。

 


 雲があるせいか、いつもより暗くなっていた。

「そういえば今日さ、モモのスマホスゲーなってたじゃん。あの4時間目の時」

「あーうん。なんとか先生を誤魔化せたけど、お陰で私の喉がちょっと痛くなったよ」

 朱音は突然、今日の4時間目のハプニングについて話し出した。

 丁度、現代文の授業で、段落の多い物語を段落ごとに読んでいる時だった。 そして、丁度私が10行程読んでいるときにモモが座る席の方からマナーモード特有の音がきこえてきたのだ。


 残りの5行程を、私はゆっくり大きく読んでいた。

「あたしが咳払いしたりさ、梓も少ししてたね。 で、なんとかゆりが読み終わると同時に聞こえなくなったでしょ?」

 そうそう。確かあの時、本の少し先生の顔を伺ったら普段無表情で授業するのに、ニヤニヤしていたのに気付いたのだ。

「あれね、終わった後でなんだったのかモモに聞いたの。 何かね、弟君が間違えてモモのスマホに掛けちゃったんだって」

 何で掛けてきたのかは知らないけどね!と朱音は笑う。

「しかし、あの時のゆりはカッコ良かったよー。 あたしだったらゆりみたいに出来ないな~」

「んー。でも、きっと先生気付いてたよ」

「えっ、何で?」

 直後の先生の顔がニヤニヤしていた事を朱音に説明すると、朱音も納得した。



「あたしだったら無表情で耐えれるかも」

「梓が変顔してきても?」

「……」

「私が変顔してきても無表情貫ける?」

「……無理だ」

「だよねー」

 朱音はツボが浅い。ゲラだと言っても良いほどに良く笑う。そんな朱音を、私は瞬時に笑わせる自信がある。

「朱音、見て」

 変顔を朱音に見せると瞬時に吹き出す。

「まって、わっ笑っちゃうだろ!そんな不意打ちっ」

 1人で笑っている朱音を余所に、私は自転車を押しながら駅とは逆方向に歩き出した。





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