57話「おっけぃ!」
1年生193人。2年生186人。合計379人が体育館に集う。
何故3年生が居ないかは私にも謎だ。
担任の先生からは道徳だとしか聞かされていない。 道徳の授業で、体育館に集まるのも謎だが、何故2年生も一緒に習うのかも謎だ。謎だらけだ。
「早く並べー!」
先生が2年生に声を荒げている。
私達1年生は早くも並び終えてその場に座って待っている。
2年生が並んで座ると、急に静かになる。私と話していたモモが前を向くと同時に、マイクを通した先生の声が体育館に響く。
「これより、道徳の授業もとい、命の授業を始めます」
え、聞いてないんですけど?
「それでは、講師の先生。お願いします」
体育館の端に居た人が、真ん中まで歩いてきて長く礼をした。座ったままそれを見ていた私は、軽く頭を下げる程度の礼をする。
「ご紹介にありました越塚勇太です。2時間ちょっとの間だけ私の話を聞いて頂くと嬉しいです」
越塚さんの話を聞くと、ある大きな事故が原因で足が動かなくなってしまったらしい。 それでもリハビリをして日常生活に支障がないようになるまで頑張ったのは凄いと思う。
「……それでも、私はちょっと恐かったですね。これからはずっとこのままなのか、と。それでも諦める事は私の性に合わなかったのです」
越塚さんすご~……。私だったら諦めちゃうかも。
ある程度話した後、越塚さんはステージに上がり椅子に座った。そこにはテーブルに乗ったパソコンが置いてある。
越塚さんは、そのパソコンを片手で操作しながらマイクを通して私達に問い掛ける。
「君達は将来どんな生き方を選びますか? 誰かの為に生きるのか、自分自身の為に生きるのか。 今から流すビデオを見て、どう生きたいかを考えてくれると嬉しいです」
そういうと、スクリーンに絵が浮かんでビデオが始まった。
ビデオの内容は、越塚さんと似たような境遇に立たされた人の選択と挑戦だった。
医者からの宣告に、初めは「無駄だ」と考えながらリハビリを続けていた。 一向に良くならない足に嫌気が差したのだろう。飛び降りて死のうと考えて、病院の屋上の手すりに手を掛ける描写があった。
このままこの人は飛び降りて死ぬのかな、と適当に見ていると、ここでやっと彼自身が気付いたようだ。
当然、死ぬような高い所から命綱なしで飛び降りようとすると誰だって“怖い”と感じる。 高所恐怖症の私は、その場にいるだけで腰抜けるだろう。
『俺は……俺は何で生きてるんだよっ』
『――っ……愛してるっ……生きたいっ!』
手すりを掴んでいた手が、顔に移り、目に移る。
家族ではない女性が出てきて名前を呼ぶシーン。 そこで私は、障害持ちになってしまった彼には彼女がいたのだと分かった。
そこからは早かった。リハビリに積極的に取り組むようになり、少しずつではあるが動かせるようになっていった。
私が1番感心したのは、彼女が逃げなかった事。 彼女は当たり前のように、笑いかけていた。 私だったら躊躇ってしまうかもしれない。
彼女の明るさに釣られたのか、リハビリに励む彼も笑顔だった。
彼は、日常生活に支障がないまでに回復した。やはり走ることは出来ないようだ。
彼と彼女が結婚して、子供が出来て。幸せそうな描写がある。
最後、彼が彼女に『ありがとう』と言って、ビデオは終わった。
体育館の電気が着いた。
電気の眩しさに目を細めながらステージを眺めていると、越塚さんがステージの真ん中に向かうのが見えた。
「……どう思ったでしょうか? 先程の彼を見て、可哀想だと同情から手を貸すのか。 それとも1人で頑張ってと無情に突き放すのか」
もしビデオの彼と私が知り合いだったら、私は少しでも手を貸すかな。
「ビデオの彼は途中で気付きましたが、人は1人で生きているように見えますが、側に心強い誰かがいることで生きています。それを心に留めて置くことが大切です」
心強い誰か……。今の私にとっては、家族なのかな。
毎回美味しいご飯を作ってくれるのは勿論、掃除や洗濯をして、綺麗に使えるようにと備えてくれるから、私は普通に学校に登校できるのだ。お母さんに感謝しなきゃ。
「人の口は、人を励ます言葉や感謝の気持ちの言葉を言う為に使います」
お父さんのことは、よくおふざけで話を聞かない事があるけど、それは駄目だよね。 私だけじゃなくて、お姉ちゃんお兄ちゃんが小学校の時から働いてお金を稼いでるんだもん。 お姉ちゃんの真似をして無視とかもしてたけど、今度向こうから話しかけてきた時にはちゃんと聞いてあげよう。
「人の耳は、人の言葉を最後まで聞いてあげる為に使います」
なんだか、さっきから私の考えてる事と越塚さんの言う事がマッチしてる気がする。
「人の目は、人の良い所を見る為に使います」
お母さんお父さんって続くと、次はお兄ちゃんかなぁ。
お兄ちゃんはね、お父さんの遺伝を強く受け継いだからか、家での弄られキャラが定着してるんだよ。 雰囲気イケメンで、彼女は高校時代に1人居ただけ。 まぁ、それなりにお兄ちゃんの良い所は分かるが、まだあるのかもしれない。 今日帰ったらじっくりお兄ちゃんを観察してみよう。
「人の手足は、人を助ける為に使います」
最後はお姉ちゃんかな。
お姉ちゃんは、意外と体が弱かったりする。 私やお兄ちゃんはあまり病気にならないのだが、お姉ちゃんはすぐ病気になるのだ。 風邪は勿論、毎年のようになるインフルエンザや、持病の偏頭痛とかいう病気のお陰で、私までもが看病には慣れている。 今度また寝込む事があったら最初から最後まで看病してやろう。
高い位置にある体育館の時計をチラリと見ると、後30分程で終わりそうだった。
「人の心は、人の痛みを分かる為に使います」
え、まだあったの……。
人の痛み、か……。今日のビデオを、私は他人事のように見てたかもしれない。自分がこんな事故を起こして、こんな障害を持つことはきっとないだろう。そう思ってるからかな。
「しかし、他人の心の痛みを完全にわかる人なんて誰もいません。『人の痛みがわかる』とは、『人の痛みを出来る範囲で想像して思いやりを持つ』ということです。 だから、『親切心で人にやさしくする』ということとしていることは変わりません」
越塚さんが言ってる事を、私は出来てるのかな。
越塚さんがステージを降りて真ん中に立つ。
「君達が今後どのように学校生活を送って、どのように生きていくのか、僕は分かりません。 進んだ先が良かった人もいれば、悪い人もいるかもしれません。 でもそれは損ではありません。悪い事の後には良いことがついてきます」
そういえば最近進路ガイダンスを受けたな。まだ1年生だから、と余裕ぶってたら、またあっという間に3年過ぎてしまう。 中学の経験を踏まえて、今からでも少しずつ将来の事を考えた方が良いのかもしれない。
将来の事を考えていたら、越塚さんによる経験論は終わったらしく、体育館の端に戻っていく。
司会の先生によって感想タイムに入った為、先程まで手にしていたワークシートを再び手にする。
今回の内容を自分流に分かりやすく纏めてみたが、これで合ってるだろうか。 再度自分流のまとめを確認した後に、感想欄にペンを合わせる。
適当に感想を書いたら、思いの外長くなってしまった。
「これにて命の授業を終わります。礼」
ワークシートを手にしたまま立った私は、軽く礼をした後に感想文を確認するように黙読する。
「2年生から教室に戻って下さい」
2年生側が騒がしくなり、私達も体を伸ばし出す。
「やっと終わったねー。少し寝ちゃったー」
モモが目を擦りながら振り返ってきた。やっぱり寝てたか。
モモが手にしてるワークシートには、本の少しばかり文字が書いてあるだけだった。
「感想見せてー」
モモは私の有無を聞かずに私のワークシートを奪っていった。
ワークシートが私の元に戻るより前に教室に戻ってこれた私は、何故か私のワークシートを持っていた卜部に突撃した。
「何で卜部が持ってんだよ」
返しなさいよ。とワークシートを手にして席に戻ると、何故か私の机でワークシートを完成させてる朱音がいた。
「ねぇ朱音?なんで私の机でワークシート書いてるのかな?」
椅子に座ってる訳ではないので、何の問題もなく席には着けたが、黙々とワークシートに記入している朱音。
「……えーっと、ちょっと貸して」
「聞けや」
私の質問をスルーして私のワークシートを覗く朱音。
こうやって朱音達とバカな事で笑えることも幸せなのかな。
「……っし!おっけぃ!」
書き終わったワークシートをそのまま提出しに行った朱音。私のも無くなっている。
おいおい。ワークシート見せてやったんだから感謝の1つでも言いなさいよ。越塚さんも言ってたじゃないか。口は感謝の言葉を言う為に使うって。……なぁ。
「ゆりのも提出しておいたよー」
「あぁ、うん。ありがと」
朱音は私の言葉に満足したのか、そのまま席に戻ろうとした。私はそれを阻止するように腕を掴む。
「どうした?」
「……朱音も、私に言う事あるよね?」
怒ってると思われないように、笑顔で朱音に尋ねる。
「え……いやっ」
ないと思うけど……。と尻込みする朱音に対して、分かりやすく説明をする。
「朱音さ、私のワークシート見てたよね?私の言葉を借りて感想書いてたよね?何か言う事は?」
「あ……ワークシート、見せてくれてありがと、ゴザイマス」
何か最後片言に聞こえたけど、まぁ良いや。
私が腕を放すと、朱音は駆け足で席に戻っていった。
やっぱり思った事を口にするのは良いね。その為に口がついてるんだもん。越塚さんの言う事は間違いないね。今日の授業は良い勉強になった。




