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55話「うん、ソウダネ」




 文化祭1日目は一般公開せず、生徒や先生達だけで楽しんだ。

 文化祭の開会式は体育館で行われ、その後お店PRを披露する。それだけで午前が終わり、午後から色んなお店を回った。

 お昼ご飯をお店で食べる事を知らなかった私は、いつも通りに弁当を持ってきてしまって朱音達に笑われるという恥ずかしい思い出も出来てしまった。

 恥ずかしい思いを仕舞って、いつメンでお店を回っては回し食いをして1日目を終えた。




 そして2日目。一般公開なので、1日目より人が多く少し歩きずらい。

「茅野さーん、大丈夫?」

 始まって早々、人の多さに少し酔ってしまった私は、美術棟の前の芝生に設置されている椅子に腰掛けてテーブルに突っ伏す。

 1日目と2日目の人の差に驚きつつ、平静を戻していると、誰かに呼ばれた。

 顔をあげると見知った顔が間近に迫っていた。

「わあぁっ!す、菅谷、くん……」

「ごめんね、脅かせちゃった?」

 菅谷君は向かいの椅子に腰掛けて手にしていた物を差し出してきた。

「食べれたら食べて?」

「菅谷くん……」

 その優しさに全私がトゥンクしたのは言うまでもない。


 容器に置かれていた割り箸は、下からの湯気で暖まっている。勢い良く割ると、やはりバランスが悪くなる。

 麺を2本程一緒にあげると、そこからも湯気が出てくる。ネギと絡めてから息を吹き掛ける。

「いただきます……はぁっ、うまい!」

 心配させないように、とびきりの笑顔を菅谷君に向ける。

「そっか……良かった」

 菅谷君は私の言葉に俯いてしまった。それほど心配してくれた事に申し訳なさを感じる。

「そういえば菅谷君、店番大丈夫なの?」

 私が座っていた所から、丁度私達の店が見えた。行列が出来ていて、繁盛しているようだ。

「あ、うん。山上が暇だからって代わってくれたんだ」

 菅谷君曰く、山上といつも一緒にいる畠山君が彼女と回ってしまったらしく、1人になってしまった山上が店に戻ってきたらしい。


 もし、いつメンの皆が彼氏と文化祭を回ることになったら、私も山上と同じ事になるのだろうか。 などと怖い事を考えてしまった。

「えっと、じゃぁ俺も中学の友達と回ってくるね。バイバイ」

 うどんを半分食べた所で、菅谷君も行ってしまい、1人で黙々とうどんを啜る。

 菅谷君に買ってもらったうどんは美味しく完食し、暫くその場で周りを観察する。

 今校内にいる人は、生徒や先生達の知り合いの人で、誘われたりサプライズで来てる人が多いんだろうな。 小学生の子供から、お年寄りのおじさんやおばさんもいる。楽しそうな光景を見ていると、私も楽しみたくなってきた。


 椅子に腰掛けたまま伸びする。不意に見上げた空には雲があるものの、晴れと言っていい程清々しい。

 空になった容器を手に、立ち上がろうとしたが失敗に終わった。

「君1人?友達居ない?もしかして彼氏待ち?」

 2人の男性に無理矢理座らせれて質問された。

「今は1人ですけど、後で友達と合流するつもりです。合流場所に行きたいので腕退かしてください」

 首に回っている男性の腕が気持ち悪い。私の向かい側に座る男性もニヤニヤしていて気持ち悪い。

 これは俗に言う“ナンパ”というやつではなかろうか。

「彼氏は?彼氏は居ないの?」

 向かい側に座る男性がしつこく聞いてくる。出来れば言いたくなかったが、答えないとしつこい質問からは逃れられないだろう。

「居ないですけど、それが何か?」

 何故か冷静に対処出来る私に、ナンパ野郎共は一緒に店を回ろうと提案してきた。


 キッパリと断ったものの、一向に退こうとしない2人にイライラし始めた。

「てか君何年生?」

「1年じゃね?俺のダチが“シロコウの文化祭で制服なのは1年ぐらいだ”って言ってたし」

「じゃぁ俺ら先輩だー。ほら、1年生ちゃん、先輩の言うこと聞きましょーねー」

 ナンパ野郎共が交互に話したと思ったら、横に座ってた奴が私の腕を掴んできた。

 咄嗟に手を引いて奴の手から離した私は、あまり出すことがない低い声でナンパ野郎共に呼び掛ける。

「いい加減にしないと、先生呼びますよ?」

 内心、出来るだけ早くここから逃げたいという気持ちがある。

「えー?そんな事しないでさー、一緒に回ろうよー。ね?」

 ニヤニヤと笑うそのキモい顔にラリアット決めてやろうか?

「その手にしてるのって、あそこのうどんでしょー?だったらデザートにクレープでも食べようよー」

 俺らが奢るよ?なんて提案してくるナンパ野郎共。 誰がお前らみたいな不細工ナンパ野郎共の金でクレープ食うか。

「ほらー、早く早くー」

 気付いたら奴に腕を引っ張られる形で歩いていた。


 咄嗟にテーブルを見てみると、私の食べたうどんの容器だけがポツンと置かれていた。

「っ離せよっ、マジであんたら目ぇ可笑しいんじゃないのっ?」

 奴の手を離そうとするが、もう1人が私の背中を押していた。

「早くこいっての……ほらっ!」

 強く腕を引っ張られた私はその場で足が縺れる。 まだ芝生の上だから大丈夫だったが、それがきっかけで周りからの目が痛かった。

 ナンパ野郎共は気付いてないのだろうか。


「おい、なにしてんだてめぇら」

 聞こえてきた声はいつも聞く声で、でもいつもの優しい声ではなかった。

 恥ずかしさから俯いていた顔をあげた私は驚いた。

「あえっ?お兄ちゃんなんで文化祭来てんの?!」

 確かにお兄ちゃんは家にいるのは分かってたが、今日は夜勤明けで寝ているはずなのに。

「そりゃ妹の文化祭には毎回来てるからな」

 私の質問に、先程の怖い声とは違う――いつものお兄ちゃんの声で答える。

「あぁ?お兄さんだかなんだか知らないけど、俺達この子と普通に店回ってただけだけど?何勝手に変な想像してんだよ」

 ナンパ野郎がお兄ちゃんに向かって啖呵を切る。

 1つも店回ってないのに嘘吐いてるお前らの方が想像力豊かだよ。

「生憎、俺は妹達に想像力ないって何年も言われてるからそれはないね。 それに、さっき妹の腕無理矢理引っ張ったよね?」

 おっと、これは鬼キレだ。久しぶりに見るお兄ちゃんの鬼キレはやはり怖い。

 “鬼キレ”とは“鬼のようにキレている”の略だ。普段温厚なお兄ちゃんが鬼のように怒った事が由来だ。


 目が笑ってないよー。お兄ちゃんの笑顔ってこんなんだっけー?

「どうしてくれるの?妹の腕に君の痣が残ったら消えるまで慰謝料払ってくれるの?俺にどうされたいの?死ぬの?」

 で、出たー!お兄ちゃんの“俺にどうされたいの”ー!ヤダー、あの人ホントに私のお兄ちゃん?!かっこいー!

「あ……あぁ……すっ、すみませんでしたーっ!!」

 お兄ちゃんに詰め寄られて立ち尽くしていたナンパ野郎共は目から涙が溢れたまま逃げていった。

「……だらしないなぁー、すぐに逃げちゃうんだったらナンパしてくるなよー、なぁゆり?」

「あ、うん、ソウダネ」

 お兄ちゃんは先程までの声とはガラリと変えて、いつもの調子に戻った。

 けどなんだろう。いつもお兄ちゃんがキレた後って、いつもより怖いと思ってしまうのは何でだろう。



 その後は普通に店を回った。途中、先輩の屋台にいた先生とお兄ちゃんが仲良く話していた。お兄ちゃんが高3だった時の担任らしい。

 今まであったことのない先生だったので、ちょっと距離を置きつつ、アイスを食べていた。

 てか、朱音とモモと梓は何処に居るのだろうか。

「いやぁー、すっごい懐かしい」

 アイスを食べ終えた頃、やっとお兄ちゃんが戻ってきた。

「おっそいよお兄ちゃん」

「ごめんごめん」

 困ったように笑うお兄ちゃんは私の頭をポンポンと軽く叩いてきた。

「……良かった」

「なんて?」

 人混みの中、何か言ったお兄ちゃんだったが、私が聞き返しても首を横に振るだけだった。

 


 お姉ちゃん達にお土産を買おうと思って立ち寄ったのは2年4組の“駄菓子屋サンサン”と言う屋台。500円で詰め放題らしい。

 私の袋は途中で破けてしまい、袋に入っている分だけ手に入れたが、お兄ちゃんは上手く詰めたようで、パンパンになった袋を抱えていた。 なんと、お兄ちゃんが詰めた物を図ると、2位に差をつけて1位になったらしい。

「お土産も買ったし、色々楽しめたからもういいかな」

「じゃぁ私の友達探すの手伝って」

 袋に入っている駄菓子の数々を見ながらお兄ちゃんは満足したようだった。 まだ文化祭を続いてる訳で、私は朱音達を探さないといけない。

 私の提案に乗ってくれたお兄ちゃんに、友達の特徴を話ながら歩く。


 最初に見つけたのは朱音だ。体育館近くの屋台で先輩に捕まっていた。

「初めまして、ゆりの兄です。いつもゆりがお世話になってます」

 他所向けの笑顔を朱音に向けると、朱音はいつもの調子で返す。

「冨田朱音でっす!つい最近誕生日を向かえました!ピッチピチな16歳でっす!」

 ダブルピースする朱音が、アニメですっごいムカつくキャラと重なった。


 次に見つけたのは梓だ。体育館の中で音楽を聞いていた所を偶々来ていた後輩に捕まっていた。

 男装コンテスト前の梓はこの間見たカッコいい服を着ていた。

「初めまして、ゆりの兄です。ゆりがいつもお世話になってます」

 朱音の時と同じように他所向けの笑顔で梓に挨拶する。

 朱音のパーリーピーポーが予想外だったのか、ちょっと梓を警戒してるお兄ちゃん。

「どうも、新垣梓です。ゆりにはいつも助かってるので大丈夫です」

 私にとっては梓の態度は普段通りだったが、警戒していたお兄ちゃんは拍子抜けしたようだ。

「良かったぁ、女だよね?」

「女ですけど何か?」

 失礼な人ですね。と話す梓に苦笑いをする私とお兄ちゃんであった。


 体育館には沢山の見物人がいた。その中に見覚えのある後ろ姿を見つけると朱音が突撃していった。

「いったぁあい!」

 ステージからの光で朱音とモモの表情が見えた。

「仲の良い友達がゆりに出来てて良かったよ」

 お兄ちゃんは私の頭を撫でながら笑顔を向けた。隣にいる梓がニヤニヤしながら私を見てきた。


「……お兄ちゃん」

「ん?どうした?」

「……今すぐ帰って」

「……え?」

「恥ずかしいから帰ってよっ」

「え、え~っ、なんでぇ~?」

 私はお兄ちゃんを無視して、朱音とモモがいる方へ駆け寄る。

「お兄ちゃんもっとゆりと居たいよぉ~」

「お兄さん、ドンマイ」

 梓ちゃ~ん!と後ろからお兄ちゃんの嘆く声が聞こえたが、ダンス部の音がお兄ちゃんの嘆き声を消してくれた。


 その後、男装コンテストがあり、何故か帰ってくれないお兄ちゃんも見ることになって、梓が恥ずかしがっていた。

 どれくらいの完成度で、お兄ちゃんが騙されたのか聞いたところ――

「ゆりに友達だって言われて梓ちゃん見たとき“男か”って戸惑ったぐらいだよ」

 と、こんな返しを言っていたが、優勝は出来なかった。

「お兄ちゃん、ちなみに梓と一緒にいた女の子ね、卜部だよ」

 そう教えてやった時のお兄ちゃんの顔は面白いくらいに驚いていた。




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