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54話「よしきた!」




 クラスマッチの熱が引いていくと同時に、文化祭の熱が増してくる今日この頃。教室の後ろには未完成の壁新聞が置かれている。

「では、準備開始!」

 そんな今日は、授業そっちのけで文化祭の準備をする。いよいよ明日には文化祭だ。


 壁新聞に関しては、朱音と谷さんが殆ど絵を描いたお陰で後は切ったり貼ったりの簡単な作業らしい。

 壁新聞担当ではない私は、先生に隠れて音楽を聴く。

「ちょっとぉー?何楽して音楽なんか聞こうとしちゃってんのー?」

 先生の目は掻い潜れたけど、モモの目は掻い潜れなかった。

「オークマン没収ー」

「あぁ、あたいのオークマンがぁ」

 私のオークマンはモモのスカートのポケットに消えた。イヤホンだけが耳に残っても意味がないので仕方なくポケットに仕舞う。


「みぃつぅけぇたぁ……」

 モモのドヤ顔に私が顔を歪めてたら、ドスのきいた声で梓が顔を出した。

 実を言うと、やる事がなく暇だった私とモモは廊下で立ち話をしていたのだ。

「って、あれ?朱音は?」

 ドスのきいた声から戻った梓は朱音が居ないことに気付いた。

「あー、トイレ」

「まだトイレかよ」

 モモの答えに対して呆れたように言葉を放つ梓は壁に寄り掛かりながら朱音が居るであろうトイレに目を向けた。

「今回は長いねー」

 “今回は”と言うくらい朱音はよくお腹を壊す。約1ヶ月に1回は腹痛を起こすが、それの殆どが食べ過ぎが原因なので、どうしようもない。

「とりあえず、何もする事ないならテントの装飾手伝って!」

 梓は私とモモを無理矢理引っ張って教室内に促す。

 机を後ろに移動させて床に壁新聞を広げていたり、テントに着ける装飾品が散らばっている。

「これで輪っか作って長くして」

 梓は別の作業があるらしく簡潔に説明すると、その場を去っていった。

 周りを見渡した私は、手元に置かれた折り紙と鋏を手にして作業を始めた。



 積み重なっていた折り紙がなくなった事で、作業を止めてそれを持ちながら立ち上がる。 繋げた輪っかを伸ばしてみると、私1人では測る事も出来ないほど長く作った事に気付く。

 時計を見てみると、長い針が一回りしていた。我ながら、集中出来る時間が長くなったな、と思った。

「おぉ、ゆり凄く長く作ったね」

 いつの間にか私の目の前には朱音が仁王立ちしていて、時計を眺めたまま固まっている私を腕組みをしながら眺めていた。

「朱音、いつの間にトイレから戻ってきたの」

「少なくとも40分前からここにいたよ!」

 私の問いに少し恥ずかしそうに答えた朱音は、私の手を取って駆け出した。

 え、なに。と思っていると、朱音は教室の横――使われていない空き教室の扉を開けた。

「げっ……」

 そこには、格好いい姿にジョブチェンジした梓がいた。手には赤いバラを1本。

「……あずさ?」

「他に誰がいんだよ」

 やだ、かっこいい。


 ふてぶてしい態度はとっているものの、そこがまたクール。元々顔が整っている為、男装しても違和感がない。

「……何か言ってよ」

 梓の言葉に我に返った私は先程作った物を手にしていた事に気付いて、咄嗟にそれを梓の首に掛けて抱き締めた。

「抱いて!!」

 ヤバい。身長もいつもより高く感じて、ますます男性のように思えてきた。

「いや、抱きにきてるよね?」

 梓は少しテンションが低いようで、いつものようなノリに乗ってくれなかった。


「てかこれどうしたの?」

 私が抱き付いた状態のまま、梓は首に掛けられた物を手に取り私に問い質してきた。

「私の手作り、だよ」

 ハートマークを漂わせて言い切った私だったが、梓に思い切り引かれた。

「朱音、写真撮ってー」

「よしきた!」

 朱音はすぐにスマホをカメラ機能にして構えてきた。

「ポーズどーする?」

 なんとなく梓に聞いてみたら、梓が私の顎に手を添えて顔を近付けてきた。

 突然の事に最初は何をしているのか分からなかったが、パシャパシャと聞こえる中で次第に分かっていって顔が熱くなった。



 顔の熱がやっと引いた頃、男装の梓と女装の卜部が教室でお披露目となり、撮影会が始まった。

 先程私にしてきた事を卜部にやっている梓は楽しそうだ。ある意味吹っ切れている。

 私と朱音と、テントの下見から戻ってきたモモは廊下で先程撮った写真を加工していた。

「ちょっ、これとかいいじゃん!カッコいい!」

「朱音、送って」

「よしきた!」

 朱音が加工した写真を私とモモで品定めしては画像を送り会う。



 梓と卜部の撮影会が終わると、今度は完成された壁新聞がお披露目となった。

 先生の似顔絵が描かれていて、その下には2週間程前にアンケートを取った事柄がトップ3で並べられている。

 第一印象最悪だった人。頭良い人。声高い人。 怒ると怖そうな人。寝起き悪そうな人。 遅刻魔といえば。お調子者といえば。 見た目と中身のギャップが激しい人。

「モモ凄い!“遅刻魔と言えば”で2位じゃん!」

「せめて“声高い人”の方で褒めてよ!」

 クラスメイトが群がる中で、私とモモは腕を組みながら壁新聞に目を通していた。

「ゆり、こっちおいで、ランキング入ってる」

 モモとあーだこーだ言いながら見ていると、いつの間にか戻ってきていた梓が私の腕を掴みながら誘導してくれた。

「ほら、“怒ると怖そうな人”で1位だよ。良かったね」

「良くねぇわ!なにこの好感度下がりそうなランキング!」

 よく見てみると、3位には梓がランクインしていた。

 普通に考えれば卒業文集などに使いそうなランキングを乗せた壁新聞は、騒がしい教室から校門近くに移動された。




 お昼休みを挟んだ後、急いで体育館に向かう私とモモと朱音。 男装コンテストに出る梓は、女装卜部との理想のシチュエーションを考えるべく、コンテスト実行委員の人と会議を始めていた。

「じゃー並べてー!」

 やることがなかった私達3人は先生に命令される形で体育館に行くと、2・3年生も疎らにいた。 先生の声にノロノロと動き出す先輩達を見ているとサボっていると思われて先生に大声で叱られた。

 パイプ椅子が収納されている、ステージ下の大きな引き出しに悪戦苦闘する先生をギャハハと笑いながらも、手伝ってあげる男子生徒にキュンとしながら並べていく。

「……せんせー、出した椅子拭かなくていいのー?」

 モモのいつもの口調に注意する事なく、先生は少し考えた後に濡れ雑巾を持ってくるように催促してきた。


 私と朱音が濡れ雑巾を持ってきた時には大体のパイプ椅子を適当に並べられていた。

「もー、おっそーい、待ったんだぞー?」

「ハイハイ」

 モモのノリを躱すように手にしていた濡れ雑巾をモモに渡すと、端から拭き始める。

 先輩達は拭く人もいれば、椅子に座って話し合っている人や、そのまま帰ってしまう人など自由にしていた。

 私達後輩が頑張ってんだから先輩の威厳見せろよ、と心の中で愚痴りつつ丁寧に拭いていくと、濡れ雑巾の拭いた面には埃やら茶色い汚れが着いている。 前にパイプ椅子を出したのはいつだろうと頭を回転していた。



 汚れを拭き終えてから綺麗に並べると、達成感で溢れる。

 汗が出た訳ではないが、こんな地味な作業をよく飽きずに最後まで出来たなと妙な達成感である。

「後30分で6時間目終わるよ」

 達成感と同時に疲労感も味わった私は、パイプ椅子に腰掛けて背凭れに体重を預けていた。

 そのまま寝そうになっていた私は、モモの言葉で何とか持ちこたえてモモの次の言葉を待った。

「この後どーする?教室戻る?」

「教室で遊ぼうぜー」

 モモに続いて朱音が楽しそうに会話を弾ませる。

「教室戻っても遊べないかもよ?」

 私の思いがけない一言に朱音はシュンと顔を萎らせる。

 そんな朱音を他所にモモが何でなのか尋ねてきた。

「あれやってると思うんだよね、お店PRの練習」

 お昼休み中に一部の女子達がキャッキャしながらお店PRについて話していたのを思い出したのだ。


 少し考えたが、結局教室に戻ることになった。

「梓も会議終わってると思うし」

 先程出た“お店PR”とは、各学年、各クラスでお店に来て貰えるように魅力を伝えるものだ。 明日の1日目の開会式で“お店PRコーナー”を面白おかしく伝えるのが恒例らしい。

 教室に戻ってみると、案の定お店PRの練習をやっていた。

 余った段ボールを使って焼きそばの値段をでかでかと書き立てている。

 お店PRでは曲の使用が許されていて、どこのクラスも色んなアーティストの曲を使用するらしい。 私達のクラスも例外ではなく、今人気の韓国アーティストの曲を使用するらしい。

 楽しそうにあーだこーだと意見を出し合いながら進めていく。 私達は廊下側のすりガラス製の窓を開けて楽しそうなその光景を見ている。


 暫くその光景を見ていると、階段をバタバタと駆け上ってくる音が聞こえてきた。 4階まで駆け上ってくるのだから、1年生なのだろう、と思っていると調理室にいた筈の調理班が息を切らせながらも声を掛けてきた。

「あっ、これ、試作品作ったから皆に配ってあげてっ」

 調理班の子は近くにいた私達に焼きそばを渡してそのまま戻ってしまった。

「おぉ、作りたてっぽいよ」

 中くらいの大きさのフードパックに収められている焼きそばは具材がたっぷり入っているらしく、キャベツやニンジン、肉やもやしなどが入っている事が分かる。

 受け取った朱音はパックの底に手を当てながら熱さを確かめている。

「あっ!焼きそば!」

 配ろうか。と言う前に匂いを嗅ぎつけてきた子の大声で、教室に群がっていた皆が我先にと温かいフードパックを手にしていく。


 出来立てを持ってきてくれた調理班の子に感謝をしないと、と思いながらフードパックを開ける。 付属品の割り箸を思い切りパンッと割ると、バランスがおかしくなってしまった。

「ん~っ、うまいっ」

「ソース濃くない?」

「え~、あたし丁度良いよ?」

「肉ちっちゃ!」

 ちゃんとした感想を言ったのが私だけに感じたのは気のせい?

 梓と朱音がクレーマーに見えたのも私の気のせい?

「ソースも丁度良いし、肉もこれくらいのほうが食べやすいと思うよ?ね、ゆり」

「え、うん」

 焼きそばのフォローをするモモは凄く美味しそうに食べている。それを見ている私も箸が進む。


 沢山ありそうに見えた焼きそばは3分程でなくなった。

「量としては丁度いいかもね」

「うん、ペロリと食べ終わっちゃった」

「足りない……」

「いや、十分だから」

 食い意地が張っている朱音はお腹を擦っている。

 教室内を見てみると、殆どの人が食べ終えていて作業の続きや練習のしていた。食い意地が張っているのは朱音だけだった。



 放課後は、殆どの人が教室に残って作業したり、楽しみから友達と喋ったり、遊んだりする人が多かった。 私達も暗くなるまで駄弁ったり、遊んだりした。

 夜道は危険だから1人で帰らないように。と言いたい所だが、実際私は今、夜道を自転車で家に帰っている途中なので、偉そうに言えない。

 風に当たりすぎて少し寒くなってくる。この季節だもん、そりゃそうだ。

 お母さんには遅くなることを言っていたので温かいスープでも用意してくれるだろう。




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