4話「ファイナルアンサー?」
朝は慌ただしい家庭が沢山だ。この家も例外ではない。
両親が共働きで、家族が全員休みの日は日曜日だけだった。だけど、兄が医療関係の仕事、姉が介護関係の仕事に就職してからは全員が休みの日は月に1、2回程度になってしまった。
まぁ、それは置いといて今学校に向かっている最中。
家を出る前に入部届けの印鑑が押されているのを確認したので大丈夫!
問題なのは、今遅刻しそうな事。いつもより漕ぐスピードを早くして学校に向かう。 理由は、今朝お母さんが寝坊したせいでいつもより家を出るのが遅くなった。別に、私が寝坊したわけじゃない。
弁当はコンビニで買って行こうと考えて着替えてたら、「お弁当はちゃんと作るから持っていってね」なんて、お母さん自身の朝ご飯すら作れてないのに、何故か私の朝ご飯と弁当を作り始めた。 有難いけど、出来ればお母さん自身の朝ご飯ぐらいは食べて貰いたかった。
そんな事を考えていたら、学校が見えてきた。
朱音と同時にそれを差し出す。
「お願いします!」
先生は私達が渡した紙を凝視する。
「本当に軽音部でいいのね?」
私達は先生の問いに一つ返事で答える。
「ちょっと待ってなさい」
卜部の前に椅子を置いて座っていた先生は、教卓まで歩いて何かを探している。私達がその後ろ姿をずっと見つめていたら、先生が振り返った。
「まぁ、頑張りなさい」
先生の手が私達に伸びてきた。その手にはさっき渡した入部届けを持っていた。
私達は見詰め合って「よっしゃぁー」と小さくハイタッチ。
入部届けを手に席に戻る。
「なんでそんなに嬉しそう?」
「えー?だってぇ、軽音部でギター出来るもん」
「まぁ、部活が決まったってだけでこんなに盛り上がるわけじゃないけど、軽音部楽しそうだし、先輩達も面白い人がいっぱいだし?」
「なんで最後疑問系?」
モモの質問に私が苦笑いすると、釣られて朱音が笑う。そんな私達を見てモモはどう思ったろう?
放課後、主任印鑑を押してもらう為に、主任担当の稲田先生にお願いすれば完璧だ。
行き違いとは、時にめんどくさい。
「稲田先生?確か職員室に行ったよ」
「さっき職員室に行ったんですけど居ませんでした」
「おかしいなー。もう一回行ってみたら?」
先生の言葉に私と朱音が顔を見合わせてため息をついた。まただ。
「もう一回行ってみます」
私達は体育館を出た。もう何回目かの往復で疲れてきた。
「うちら、何回ここ往復してんだろう」
言うなよ、それは。確かに私も思ったけどさ。
ブレザーのボタンを外し、肘ぐらいまで袖を捲る。
「職員室、また居なかったらどうしよう?」
「稲田先生の行きそうな所って何処だろう?」
2人で考えながら職員室までの道のりを歩く。
「学年主任だから進路指導室?」
「1年の教室の何処かかな?」
2人して意見を出しながら歩く。
すると突然、職員室の扉を開けて入る人影が出来た。遠くから見るその後ろ姿は背が高く、何かノートみたいなのを数冊腕に抱えている。
「朱音、早く行こうか」
トロトロ歩いていた朱音の腕を引っ張り、早足で職員室に向かう。 朱音は、「え、どした、いきなり、え?ゆり?」と戸惑っている。
絶対さっき入っていったの稲田だ。 くっそ、こっちがどれ程歩いたか分かるか。 体育館から職員室まで結構廊下歩くんだぞ。 半袖着て何涼しそうな格好しとんじゃ!こちとら制服なんだよ! ブレザー脱いでも暑いんだよ!
職員室の前に着いた。それと同時に朱音の腕を離す。 未だに何か言ってる朱音を無視して職員室の扉をノックする。
「失礼します。1年1組の茅野ゆりです。稲田先生に用があってきました。」
冷静に職員室を見回して稲田先生を見つけると、すぐに稲田先生のいる方へ歩いていく。後ろで朱音も同じ事を言って着いてきた。
涼しい職員室が余計にムカついた。
「稲田先生、印鑑押してください」
持っていた入部届けを出して見せる。探し始めた時からずっと手にしていたそれは、自分の汗で書いた文字が少し滲んでいた。問題はない。
「おう、いいぞ、お前ら大丈夫か?汗が」
笑いながら言った先生に少しムカついた。
「あぁ、はい。まぁ何処かの誰かさんがふらふらとあっち行ったりこっち行ったりしなければ私達は体育館と職員室の往復を何度もしなかった思いますし汗も掻かなかったと思います。」
私の嫌味に苦笑いする先生。体育館と職員室の他に何処行ったんだ。
「悪いな。はい!これから部活頑張れよ!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、朱音行こっか」
職員室を出ると職員室が恋しく感じる。
これからどんどん暑くなるんだよなぁ。嫌だなぁ。
「暑いなぁ」
だから言うなよ。余計暑くなる。
「ね、ゆり」
「ソーダネ」
「何で片言?」
「教室行って鞄持ってこよう」
「え、ちょっとゆり?」
「教室まで競争、負けた方は自腹で2人分のアイスね。よーいどん!」
「えぇ?!ちょ、え、ちょっと」
早口で言い終えると勢いよく階段を駆け上る。
よっしゃ!勝った! アイス何にしよう。
な、なんで……何でですか。
「何でそんななのにうちより早いの?!」
ハァハァと荒く息をしながら朱音に問う。我に返った私は朱音恐る恐る窺う。
言ってはいけない言葉を言ってしまった。案の定、朱音も下を向いている。 その為、朱音が今、どんな顔してるのか分からない。 少し前までは笑いながら話してたのに、今はどうしていいのかも分からない。
「朱音…」
朱音をずっと見ていたら肩が震えているのが分かった。泣いているのか、それは少しずつ大きくなっていった。とりあえず謝らなきゃ。
「朱音、ごめ――」
「あはははは!」
突然朱音が笑った。それによって私の言葉は消えた。
何、どうしたの?泣くの通り越して笑っちゃったのかな?だとしたら相当嫌な気持ちになったんだろう。
「ゆり、何でそんななのに早いのって言ったね?」
「え、うん、ご――」
「そんなの、私が動けるデブだからに決まってんじゃん!」
……は?
「ごめん、朱音。もう一回言って?」
「?だから、私は動けるデブなんだよ!」
……えーっと?
「ごめん、朱音。そのドヤ顔うざい」
「えぇ!?なんだよ、さっきまで言ってはいけない事言っちゃったって顔してたのに!」
「いや、それはそうだけど。なんかドヤ顔はムカつくっていうか、うざいっていうか」
「もー、とりあえずゆりが2人分のアイス買ってね」
「あー、うん。てか、本当に怒ってないの?」
「?何で自分のいい所褒められて怒るの?」
「?動けるデブって朱音のいい所なの?」
「うん。だって凄いじゃん!デブなのに素早く動けるんだよ?」
「朱音、モモの次にポジティブだね」
「まじか!嬉しいな」
嬉しいんだ。
教室には私と朱音のリュックしかなくて、他に人が居なかった。
「もう少しで部活終了の時間だね。どうする?部室行く?」
「う~ん、今日はもう帰ろう、とその前にアイスね」
「あー、うん」
今日何回も訪れた職員室に鍵を返しによってから学校を出る。
あれ、今日はちょっと雲が出てる。明日は曇りかな?なんて考えてたら朱音が伺うように呟いた。
「ゆり?自転車いいの?」
あ、忘れてた。
駆け足で自転車を取りに行く。
校門で待っていた朱音に軽く謝って2人で近くのコンビニに向かう。
職員室とはまた違った涼しさがあるコンビニ。
「朱音、何のアイス?」
何がいいかな~?と自分の分を考えながら朱音に問うと、朱音も結構悩んでいた。
う~ん。よし!君に決めた!メロンアイス!
懐かしい容器。メロンの形がいいよね。
それを手に取ると、朱音が思いついたように言った。
「あ、懐かし~。昔食べたなぁ」
朱音は何で私が思った事をいつも言うんだろう?エスパーなの?
「朱音も昔食べたんだ?」
「うん。結構好きだった」
「だよね!おいしいよね」
「うん!ゆりメロン好きなんだ?」
「うん!メロン好き!あたしこれにしたから、朱音も決めちゃって」
「了解!」
朱音が敬礼したのを無視して、お菓子コーナーに行く。
何か他に買おうかなぁ。あ、これ懐かし~。まだあるんだ。相変わらず変な蛙だね。
「ゆり!決めたよ~」
お菓子を眺めてたら、アイスを決め終わった朱音が来た。手に持っていたのは最近出来た新しいアイスだった。
絶対高いじゃん!欲張りだなぁ~。
「朱音、何かお菓子買う?」
「え、いいの?」
「うん、あたしの買うついでに」
「わーい」
朱音は遠慮という言葉を知らないな。勉強になったよ朱音。
沢山のお菓子とにらめっこをしてる朱音を見る。
いや、どんだけ必死だよ。
ため息をついてお菓子に手を伸ばした。ジャガリーのサラダ味。定番中の定番だよね。
目当ての商品を手にして朱音を見ると、まだ悩んでる途中だった。いや、適当でよくね?
「まだ決まんないの?あたしもう決まったし、買っちゃうよ?」
「ま、待って!もうちょっと待って!」
「待・っ・て。も・う・ちょ・っ・と・待・っ・て。はい待った、もう買っちゃいまーす」
「わー!えっと、えっ、はい!これ!」
急かすようにレジに向かうと、朱音が何かを手に取ってこちらに見せてきた。 それはジャガリーの新味だった。 これまた値段を見ると、普通のジャガリーとは違い、数十円高かった。
高校生にとってお金はとても大事だという事を知ってほしい。ましてや、朱音は電車通学なんだから分かってよ。 “自転車通学だからいいだろう”って考えていたら一発殴りたい。
「ファイナルアンサー?」
ノリが良い朱音は「ふぇ、ファイナルアンサー」と答えた。朱音のそういう所は好きだよ。 何気にテレビで見てる芸能人の緊張感も少し出している。 でも、噛んだのは駄目だったね。
会計が終わるまで緊張感を出していた朱音は、疲れたのか顔を解している。
レジの横の休憩所に座って食べ始めた。
アイスを食べ終えた頃には少し赤かった空が殆ど暗くなっていた。6時過ぎだったから、もう少ししたら夕飯のはずだ。
ご飯入るかな?
朱音とはコンビニの前で別れて帰った。