48話「残念でした!」
頑張って考えたプランと言うのはそう簡単に成功してくれない。今回は成功してくれよ、と小さく折り畳んだルーズリーフに祈りを込めた。
「ゆりー!じかーんっ!」
小さく折り畳まれたルーズリーフをスカートのポケットに仕舞うと、お母さんの声に答えるように鞄を手にして玄関まで走る。
「久保田君とは別れた方がいいよ、理由はちゃんとある、一昨日の放課後に久保田君と少し話をしたけど内容が考えられない物だったよ、私にエッ、…」
昨日の私の文字を声に出して読んでいく。『エッチ』なんて言葉、学校では言えない。
「おはよう」
後ろからの声に持っていたルーズリーフを反射的に握ってしまう。 後ろを振り返ると、どうやら私に向けた挨拶ではなかったみたいだ。
クシャクシャになってしまったルーズリーフを丁寧に伸ばすと、再び小さい声で朗読し始める。
「私に……したいっていってきたんだよ、変態にしか見えないよ、だから別れたほ――」
「――茅野さん!!」
「ギャッヅ!!」
教室の前で変な声をあげてしまった。
「茅野さん!おはよう!」
「――なんだ、菅谷君か」
脅かさないでくれよ、菅谷君。
「なんだって、俺何回もおはようって言ったのに茅野さんずっと紙見てブツブツ言ってるから」
10回位言ったんだよ?と首を傾げる菅谷君。高身長の人の首傾げは萌えない。
教室に入ると、生徒の半分が私を変な目で見てきた。何も言わないのが逆に怖い。
「さっきから何見てるの?」
皆からの視線に耐えきれない私が、持っている紙を凝視しながら席に着くと、菅谷君が疑問をぶつけてきた。
「昨日ね、帰ってからプランを考えたの」
プラン?と首を傾げる菅谷君にルーズリーフを見せる。
「久保田君とモモを別れさせよう作戦」
「長くない?」
モモは可愛い紙袋を持って教室に入ってきた。
「ゆりっ、おはよっ!」
「おーはよー!」
「おはよ」
テンションが高いモモと朱音に対して、テンションが低い梓は小さい声で挨拶をしてくる。
「モモ、それ誕プレ?」
「うん!そう!」
私の問いに紙袋を掲げて嬉しそうに笑うモモ。少し複雑な気持ちでモモの笑顔に答える。
「あのさ、モモ」
話があるんだけど、と言おうとして止められた。チャイムだ。
モモは私の声など聞こえないのか、すぐさま席に戻ってしまった。
1時間目の後の読書の時間、私の頭の中は久保田君とモモの事でいっぱいだった。手には小説を持っているのに、読む気にならなかった。
「ゆり、元気なくない?」
大丈夫?と尋ねてくる梓。席が隣同士だと顔色を窺う事も簡単だろう。
「無理しないで、保健室行けば?一緒に行く?」
こんなに優しい梓は貴重だ。普段の梓とは全然違い、眉間に皺を寄せてこちらを見つめている。
「いや、大丈夫、決心はついてるから」
「……決心?」
席を立った私はモモの席の前に立つ。いきなりの私の登場に谷さんと話していたモモは、驚きながらもどうしたのかと尋ねてくる。
「モモ、話がある、お昼休み2人だけで食べよう」
机に手を付いて、モモの顔を真っ直ぐに見つめる私。
「うん、いいよー」
キョトンとしながらも了承してくれたモモに満足した私はそのまま席に戻る。私の行動を一部始終みていた梓もキョトンとしていた。
3時間程黒板に向かうと、約束の時間になる。私は弁当を手にすると、モモの席まで向かう。
「ゆり、どこで食べるの?」
「屋上」
回りに聞こえないように小さい声で答えると、モモは驚きの声をあげる。
「しーっ」
人差し指を唇に押し付けるのをみて、モモも声を小さくする。
「屋上って行っていいの?」
「いいんだよ、鍵も貰った」
屋上の鍵をモモに見せながらニヤリと笑う。
ガチャンという音に扉を開くと、誰1人いない屋上。私とモモは少しはしゃいで、屋上を走り回る。
上がった息を整えながら地べたに座って弁当を開ける私達。私の頭の中には考えたプランが浮かび上がる。
「で?話って?」
「……うん」
話ずらい事も話さなきゃいけない。今一度決心した私は、口に開く。
「この間ね、久保田君と話す機会があったんだ」
「誕プレの事で?」
「違うよ。一昨日かな、梓が部活の日で、モモは誕プレの候補を見に行った時」
ここまで私が言うと、思い出したように「あーあの日ね」とモモが肯定する。 私は話を続ける。
「私と朱音だけになるから、なんなら部室に行こうかってなって、まぁ、部室には2年生だけがいて、一緒に過ごしたんだけど」
モモの打つ相槌が絶妙なタイミングで入ってくる。 話をする私は少しずつではあるが、弁当のおかずを口に入れる。
「久保田君と話したのはその後で、先輩達が帰った後に校門で朱音と2人で話してるときに来て、話があるって、駐輪場の横に多目的ホールあるでしょ?」
あるね。とだけ言ってご飯を頬張るモモ。
「多目的ホールで話したって事?」
「うん、そう」
「何話したの?嫌な話?」
「うん、えっと」
「何?」
「エッチしたいって言われた……」
「は?」
モモの顔が見れずに、弁当のおかずの見る事しか出来なかった。
「……それで?」
「へ?」
モモは平気そうに弁当のおかずを咀嚼していた。
「それでゆりはどうしたの?」
「どうしたって、久保田君にはモモがいるんだから私に言わないでって言った」
「他には?」
「高校生なんだから、清き良い交際をしろって」
そこまで言うとモモが笑った。
「フフッ、フッ、ゆりらしいね」
「だっ、だってそうでしょ?エッチてのは大人のやることで、まだ子供の私達がやることじゃないと思う!」
「うん、そうだね」
「だから私は、そんな事を言う久保田君と別れてほしくて、モモに、こうやって、話して……」
段々と小さくなっていく私の声。
「……うん、別れる」
少しの静寂、モモが短く宣言する。
「っでも!その、久保田君も、一時的な気の迷いかも、しれないしっ! ちゃんと話し合えば、その、ちゃんとした交際も、してくれる……」
慌てる私にモモが首を横に振る。
「……きっと昨日のゆりは、その事を言いたくて、でも言いずらかったんでしょ? 梓の言葉に言いずらくなって、それで今日も午前中元気がなかったんじゃない?」
モモの言葉に私が頷くと、モモは私の頭に手を乗せる。 私の頭を撫でるモモを、ちょっとだけお姉ちゃんと重ねてしまった。
「言ったら嫌われると思った? 残念でした!これ程の事で私はゆりを嫌いになりません!!」
頬を伝うのが何なのか分からなかった。
5分前のチャイムで慌ただしく教室に戻った私は、目の腫れを梓に指摘された。梓に対して何でもないを装うのは大変だった。
「誕プレ渡してくる!先に校門で待ってて!」
放課後、モモは予定通り久保田君に誕プレを渡しに行った。でも事情が違う。 恋人としてではなく、友達として。この事を知っているのは、多分私だけだ。
「いやー、モモはいいね」
結局、プラン通りには行かなかったが、結果的に目的は達成した。 心配そうにしていた菅谷君にも伝えると、嬉しそうに笑っていた。 ハイタッチを求められた私だったが、高身長の菅谷君に合わせたハイタッチは苦労しかなかった。
「久保田君!これ誕プレ!この日の為に色々見て選んだんだ!」
「マジか、嬉しい、ありがとうモモ」
「えっ、久保田君ってモモって呼んでんの?!」
「知らない、適当にやった」
朱音と梓による短い芝居コントは、前に見たときよりも精度が上がっていた。朱音の裏声にはムカつくが。
朱音と梓が真実に気付くのはいつになるのだろうか。
ふと見上げた空は、朱音と梓のコントを初めて見た時のように真っ青で、いつもの放課後には珍しく青が続いていた。