45話「朱音は黙れ」
始業日は午前中で終わり、近くの公園で昼食を食べる。弁当を持ってきていた梓とモモをその場に残して、私と朱音は近くにあるミクドナルドへ向かう。
テリヤキセットを注文した私は、後に注文していた朱音を待つ。
「おまたせーっ」
朱音が持っているのは私の袋より大きめなサイズだった。
「何買ったの?」
公園への道のりを歩きながら私は訪ねる。
「チーズバーガーセット」
「それだけじゃないよね?」
明らかに私のより大きい袋はチーズバーガーセットだけではない筈。
「えへへー、シャカッチキとナゲッツも買っちゃった」
テヘッと短く舌を出した朱音。
「可愛くないから私にナゲッツ寄越せ」
「おまたせーってもう食ってるし!」
朱音が駆け足で公園に入ると、屋根付きテーブルに弁当を広げてる梓とモモ。
「おっそーい!もう食べてるよー?」
お箸を口にしながらモモが不満を言う。梓も口を動かしながら何か言いたそうな顔をしている。
「ごめんごめん!」
テーブルにミクドの袋を置きながら軽く謝る。梓の横に座る私と、モモの横に座る朱音。
「ポテト食べていいよー」
袋の中身を全部出しながら梓とモモに向けて言う。
「あ!あのさ、好きな人にあげるのって何がいいの?」
皆で他愛のない話をしていると、デザートを食べていたモモが思い出したように話題を変える。
「え……」
「……モモどうしたっ!」
梓がポテトを落とし、朱音がナゲッツが飲み込んだ。私は手にしていたジュースを溢さないように飲んだ。
「誕プレだよ?!ただの誕プレ!」
私達の反応に訂正をするモモだが、私達が驚いているのはそこじゃない。
「モモっ!相手は誰?!」
「モモ、春は過ぎた、今は夏だよ」
「モモが、恋?!」
最初に言葉を発したのは朱音。やっぱり気になるのはそこだ。次に発した梓はモモの肩に手を置いて論破しようとしている。私は混乱したように大声で叫んだ。
「あたしだって恋くらいするからっ!」
デザートの容器を両手で包みながら私達を睨んできた。涙目で言うモモは凄く可愛い。
「そっ、か……恋を覚えたんだねモモ」
何故か泣いている梓。涙で濡れている目を擦りながら、モモの頭を撫でる。
「で?!相手は誰?!」
未だにモモの相手を聞きたがる朱音。モモの肩を両手で掴みながらモモの体を揺すっている。
「うっ、くっ……久保田君だよ!」
「……久保田?久保田ってうちのクラスの?」
久保田とは、同じクラスにいる男子生徒の1人。確かアニメオタクで、モモとは好きなアニメが同じだったらしい。夏休み前に私に興奮気味に話してきた。
「他に誰がいるの……」
「4組にも久保田はいるっ!」
「で?久保田とは何処までいってんの?」
未だにジュースを手にしている私は、ストローを噛みながらモモに進展状況を聞く。
「何処までって?別に普通のカレカノだけど?」
「付き合ってんの?!」
驚いたのは朱音だけではない。私は持っていたジュースの容器を強く握った。梓はポテトを食べていた手が止まった。
「え!そう言ったじゃん!」
「言ってないわ!」
あれ?と首を傾げるモモ。
ジュースで濡れた顔を拭いた私は、タオルをリュックに仕舞いながらモモに聞く。
「付き合いだしたのは何時なの?」
「そうだよ!何時なの?!私に黙って何時付き合ったの?!」
私が質問した事に朱音も興奮しながらモモに問いただす。
「んーっと、夏休み入ってすぐ」
「1ヶ月は経ってるってこと?」
モモの答えに今度は梓が聞き返す。
「そうなるね!」
笑顔で肯定するモモは可愛い。
「あっ、それでね?今月久保田君の誕生日なの」
「あたしも今月誕生日だよっ!」
思い出したように話を切り出したモモに朱音が反論する。ちなみに朱音の誕生日は9月23日。
「あ、それで誕プレをどうしようかって私達に聞いてきたの?」
「そう!男の子って何渡せば良いのか分からない……」
「あたしへの誕プレも忘れないでねっ!23日だからねっ!」
梓が冷静に状況を把握し、モモは良い考えがない事に落胆する。梓はそんなモモの頭を再び撫でる。 うるさい朱音には黙って頂きたい。3人の様子を見ながら私は残りのポテトを食べる。
「久保田の誕生日って何時なの?」
公園から近くのショッピングモールに移動した私達は、本屋への道のりを歩いていた。
「9月10日だよ!」
「あたしの誕生日は23日だよ!」
「朱音は少し黙れ」
私の問いに答えたモモは少し恥ずかしそうに顔を隠す。可愛い事を知っていた私に死角はない。
「今月大変じゃない?2人もいるじゃん」
「え?あ、そっか!大丈夫だよ!」
「一瞬忘れたでしょ!」
「朱音は黙れ」
2人で話を進めていると本屋に着いた。彼氏にあげる誕プレについてこれから本で調べるのだ。
「久保田君の何処が好きなの?」
私は気になった事をモモに聞いてみた。彼氏の気持ちが分かる本を持っているモモが手を止めて考える。
「んー、やっぱり優しい所かな?あっ、後アニメに詳しい所とか、好きなアニメが同じ所とか、アニメの話になると饒舌になる所とか!」
「殆どアニメ関係っ!」
モモのノロケにツッコミをした私は、梓に頭を叩かれた。
「うーん、いまいち良く分からなかった……」
本屋に留まった時間は約30分。結局何1つ分からずに本屋を出る。
「ゆりは卜部君と幼馴染なんでしょ?誕プレとか上げないの?」
落胆しているモモの頭を撫でていると、思い出したように朱音が質問してきた。
「そうだよ!ゆりは卜部君がいて、お兄さんもいるじゃん!何かプレゼントとか上げないの?! 前に何上げたか教えてよ!」
落胆していた筈のモモが顔をあげて朱音と同じ質問をしてきた。朱音とモモからの期待の眼差しにたじろぐ私は梓に助け船を求める。
「……頑張れ~」
見捨てられた。
「んー、前の卜部の誕生日にはハンドタオルとか日焼け止めとか上げたよ」
「ひっ、日焼け止めぇ?!」
すっとんきょうな事を上げる朱音と、いつ取り出したのか分からないメモ帳にペンを走らせているモモ。
「ハンドタオルは分かるよ?野球やってるもんね! でも何で日焼け止め?」
近くのベンチに座ると、朱音が疑問をぶつけてくる。梓はあまり興味がないのか、スマホを弄っている。
「あいつ肌弱いんだよ、その癖に野球やるから変に焼けた部分だけ赤くなって痛い目見るの。 そんな事を小学生の時から見てるから中学から上げてる」
だから卜部君肌白いんだぁ!と納得している朱音と、必死にメモ帳にペンを走らせているモモ。 相変わらずスマホを弄っている梓は、つまらなそうに欠伸をしている。
「お兄さんには何上げてんの?」
私の話をメモしていたモモが、もう1つの質問をしてきた。モモの質問が気になるのか朱音が何度も頷いている。
「お兄ちゃんには~、お姉ちゃんと一緒に作ったケーキを上げてるよ」
「ゆりケーキ作れんの?!」
朱音が驚きながら声を上げる。モモはメモを取っていて、梓は何処かに行ってしまって居なかった。
「まぁほぼお姉ちゃんが作ってるようなものだけどね?私はただ混ぜてる」
私がケーキ作れる訳がない。自信を持って言える。毎年私はお姉ちゃんの手伝いをしているようなもの。
「やっぱりね!」
ニヤニヤしながら私を見てくる朱音。何かムカつくその顔を殴りたい衝動に駆られる。
悩んだ挙げ句、久保田君――もといモモの彼氏への誕プレは別日に1人で買う事になった。
あのドジばっかりのモモに彼氏が出来た事はとても良い事だと思う。 娘に恋人が出来て泣きたくなる父親のような感情は気のせいだと思いたい。
ふと空を見上げると、電線に鳥が2匹止まっていた。あんなに暑かった強い日差しも、外を歩きたくないくらいのアスファルトからの熱気も全然苦ではない。 泣きそうになった私が深呼吸をすると、微かに夏の緑の匂いがした。
今後のモモの恋愛模様を考えながら、秋を取り入れつつある景色を背に帰路に着く。




