44話「しゅーりょーっ!」
今日からまた学校だと思うと憂鬱。ずっと続けば良いのにと思っていた夏休みも無情に終わってしまった。
「ゆりー!おはよー!」
学校についてすぐ、駐輪徐で鍵を掛けていると名前を呼ばれた。振り向くと、昇降口に朱音達がいた。
「おっはー!」
リュックを肩に掛けながら駆ける。
学校は嫌だけど、友達に会えないのはもっと嫌だ。
夏休みが終わる1週間前、いつメン4人で集まったあの日から毎日朱音ん家で課題の手伝いをした。 その為、モモも朱音も何とか課題を終わらせる事が出来た。
夏休みが終わる2日前に終わらせたモモに対して、朱音は最終日の夕飯前に終わったらしい。 モモが課題を終わらせた為、私とモモはその日以降朱音ん家に行かなかったので、その後の朱音と梓を知らない。
夏休み最終日、報告と生じていつメングループにメッセージが来たのは私が夕飯食べてる時だった。
始業式は1時間程で簡単に終わり、その後で課題を提出していく。
「朱音さーん、良かったですねー?」
課題を終えた筈なのに、ソワソワしている朱音。そんな朱音にニヤニヤしながら質問する。
「うおっ、んだよー」
私に驚いた朱音は手にしていた読書感想文の原稿用紙を床に落としてしまう。慌てて拾い上げる私と朱音。ふと、1枚の原稿用紙を読み上げる。
「ん?『本を買った後で近くの洋服売り場に向かいました』? 『色々と見ていたら、本の帯と同じ色の洋服を見つけました。 私は、即座に手に取り会計所に向かいました』? 何これ?何で本を買った時の事まで書いてんの?」
読書感想文だよ?と質問する私に朱音はキョトン顔を晒す。
「え?こういう事じゃないの?」
「こういう事じゃない」
自分の席に戻った私は朱音から貸してもらった読書感想文を1人で読んでいた。
「えーっ、次数学プリントー!後ろから回せー!」
副担の先生の声が教室全体に響く。生徒から預かった課題を担任の先生が確認している。
数学プリントを前に回すと、読書感想文の続きを読む。
『靴下と合わせて2千円位しました。本を2冊買ったので、全部の合計は3千円位になってしまいました。 財布の中身が小銭だけになってしまいました。悲しいです。』
――……知らねぇよ!大体何で服と靴下も買った?!その情報入らねぇよ! 本だけの情報で十分だよ!朱音の財布事情なんか聞きたくねぇわ! 悲しいです、じゃねぇわ!朱音が衝動買いしたんじゃねぇか!
『帰り道に大型犬とすれ違いました。その犬に吠えられたのでビックリして転んでしまいました。 痛かったです。それでも吠える大型犬に、私は急いで走り去りました。怖かったです。』
――帰り道情報も入らねぇ!! 逆に帰り道情報を読書感想文に入れてくる朱音が凄い!! 帰り道情報より本の情報をお願いぃ!!
「えーっ、次英語ノート!回せー!」
副担の声に反応して英語ノートを前に渡す。
『何とか家に着いた私は、早速服を体に合わせてみました。丁度居たお母さんにその服を見せると、変わった柄だと言われました。 本の帯と同じ柄なんだよと伝えると、お母さんは笑いました。本を取り出して服と一緒に見せると、もっと笑いました。 釣られるように私も笑いました。面白かったです。』
――小学生じゃないんだからっ! 何が面白かったです、だよ!服の情報じゃなくて、本の情報を書け!! 家に着いたら服より先に本だろっ!!読書感想文!!
『笑い疲れたお母さんは台所に行きました。私は服の値札をハサミで切ってタンスにしまいました。 部屋に戻った私は、買ってきた本を読みました。漫画は面白いから好きです。』
――一緒に買った本って漫画なのね! 漫画じゃなくて小説読んでぇ!読書感想文!!
「次はー、漢字ノート!ギリギリまで課題やってる奴、しゅーりょーっ!」
副担の声に続いて、男子生徒の声が聞こえてくる。
『漫画の次にもう1冊を読みました。少しでも簡単に読もうと薄い小説を買ってきたのに、結構時間が掛かりました。 途中コーヒーを飲みながら読んだり、お昼ご飯を食べてから読んだりしました。』
――やっと来た!残り1枚にしてやっと読書感想文っぽくなった!
『主人公の男が王子になったのはビックリしたと同時にシュールで面白くて笑ってしまいました。 ヒロインの女の子の事を思って言った言葉に私もキュンとしてしまいました。 こんな彼氏が欲しいなと思いました。 戦いの途中で主人公の決断が描写された絵がありました。 その絵の主人公がかっこよくて、主人公の彼女になりたいと思いました。』
――彼氏、出来るといいな。主人公の彼女にはなれないと思う。
「数学ノート回せー!」
副担の声に数学ノートを前の席に渡す。そろそろ読書感想文も回収される。早く読んでしまおう。
『主人公の男には決められた結婚相手がいました。残念です。でも主人公の男には別に好きな女がいました。 それがヒロインでした。 ヒロインの女の子も主人公の男が好きみたいだけど、2人の間を切り裂くように結婚相手の女が邪魔をしてきます。』
――あらぁ、決められた結婚相手と本気で好きな女がいるのか。残念だな。
『ある日、結婚相手が主人公にキスをしました。しかもヒロインの前で、わざとキスをしました。最低です。 ヒロインは1人で泣きました。私も泣きそうになりました。 泣いているヒロインに主人公のライバルが慰めます。主人公のライバルは悪魔に魂を売ってました。 その為、自我がなくヒロインを襲います。殺されるかと思った時、主人公が駆けつけて助けました。 何とか誤解を解いた主人公は結婚相手に謝りました。』
――結婚相手最低だな。
『最後のページには幸せそうに笑いあう主人公とヒロインの絵の描かれていました。 私もいつかこんな風に笑いあえる人と一緒にいたいなと思いました。』
すべての課題を回収した先生達は一度職員室に行った。他のクラスの先生達も職員室にいったようで隣から凄い笑い声が聞こえてくる。 私のクラスとは違う五月蝿さだ。
「梓ー、朱音の読書感想文読んだ?」
暇な私は雑誌の読む梓に声を駆ける。梓は捲る手を止めて私を見る。
「読んでないよ、なんで?」
「朱音の読書感想文って言うのかな?なんか朱音のある1日を書いてるみたいだったよ」
首を傾げる梓に説明すると、余計に首を傾げる梓。
「ちょっと良く分からない」
「いいから聞いてっ、暇なんだよー」
雑誌を読もうと手を動かす腕に縋る。
「……暑い」
鬱陶しそうな顔を私に向ける梓。
「私の話聞いてくれるなら離すよ」
「朱音の奴、本を買った日の事を丁寧に書きやがって、肝心の本の感想が1枚にしか書けてないんだよ?可笑しくね?」
梓は顎に手を添えて考える仕草をする。
「んー、私が言った事に忠実に書いたからじゃない?」
「なんて言ったわけ?」
梓は再び考える仕草を取る。
「んー、本を買った時の事でも書けば結構埋まるよ、的な」
「それであーなったのか?」
私は何分か前に読んだ読書感想文を思い出す。
「何、朱音何書いてたの?」
梓も興味を持ち始めたのか、私に内容を聞いてくる。
「本の後に洋服と靴下を買ったとか、買い物した合計金額を3千円位だったとか、帰り道で犬に吠えられて転んだとか、お母さんと笑いあったとか」
私の言葉に梓は頭を抱えてしまった。梓が小さな声で「あいつはバカか」と言ったのが聞こえた。 五月蝿い教室で梓の言葉は空しく消えた。