43話「分かっているね?」
夏休みもあと1週間で終わりを告げる。楽しい時間があっという間に終わってしまうのは誰でも経験した事だろう。
「おーわったー!!」
何とか全ての課題を終わらせる事が出来た私は、机に向けていた体をベッドに預けるように倒れる。
課題を終えて気付いた事は、中学生の頃よりは課題が少ない事だ。 夏休み最初は同じ課題の量だと思っていたが、やり終えて見ると去年より早く終わった。
ベッドから起き上がって机の上の課題等を片付ける。全ての課題を登校バックに仕舞いながら、残りの夏休みをどう過ごすかを考える。
外でそら君達に混ざって遊ぶか、中でゲームやギターで遊ぶか。
色々と頭の中で連想ゲームをしていると、スマホが音を鳴りながら振動する。 画面には友達の名前が大きく表示されている。
嫌な予感を感じながら恐る恐る電話に出る。
「……もしもし?」
『……ゆりー、助けてー』
「どうしたの、朱音」
『……終わりませぬ』
嫌な予感的中。
「だから言っただろ!ゲームより漫画より課題だって!バァカ野郎!」
電話越しの朱音に叫びながら罵倒する。
『ごめ~ん!』
「ごめんで済むと思ってんの?!」
『思ってないッス』
「だったら少しでも課題進めろ」
『はい、すんません』
いつもより声が小さくて覇気もあまりない朱音の声に少しだけ胸を痛める。
「……明日朱音んち行くから」
『分かったー!』
私の言葉に少しだけ元気が出た朱音は、楽しみにしてるー!と言ってそのままプツッと切れてしまった。
夏休み前に中庭さんから言われた事を思い出した私は、無料通知アプリを開いて中庭さんの名前を探した。
中庭さんとのやり取りで注意事項を教えてもらった。
1つ、絶対泣きつかれても甘えさせない事。朱音はすぐに答えを見る癖があるから、答えだけを素早く抜き取って舵を取る。
2つ、朱音の醸し出すトークムードに流されない事。突然話を変えてくる事が多いらしい朱音。朱音のトーク術を舐めていたら危ないらしい。
3つ、絶対に目を離さない事。朱音はあの体型で素早く動くのが得意だ。前に中庭さんの目を盗んでは台所やトイレに逃げたらしい。
「課題が終わってからで良かったわね、ゆり」
玄関で靴を履いたままバックの最終確認をしていると、見送りに来たらしいお母さん。
「ん~、まぁ、あまり乗り気じゃないけどね」
お母さんに苦笑いした私は、最終確認も終えて玄関の戸に手を掛ける。
「いってきまーす!」
朱音ん家には2匹の猫がいる。前にテスト勉強で来たときにもじゃれた覚えがある。 私の目の前にはその2匹の猫の他に、見知った人が2人。1人は家主。
「お~っ来たかーっ!」
朱音ん家の門の前で突っ立っていると、朱音が私を見つけて駆けてくる。
「朱音、何でモモがここにいるの?」
駆け寄ってきた朱音に事情説明を求める。
「2人きりよりもいいでしょ?モモも助かったみたいだし~?」
朱音は、猫を抱えて駆け寄ってきたモモを見ながらドヤ顔をする。
「2人も同時に見れないよ?!」
「大丈夫!梓も誘った!」
もうすぐ来るんじゃない?と言いながら回りをキョロキョロしだす朱音。
「あ、おーいっ!あーずーさー!」
少し遠くから此方に歩いてくる梓。それを見つけると、大声で声を掛ける朱音。うるせぇ!と言う梓の声が聞こえた。
外で待っていたからなのか、動かずとも汗が自然と出てきた。
「あっついねー」
「ねー。おやつにかき氷でも作って食べる?」
「シロップは何があるの?」
玄関を上がらせてもらった私達は、おやつについて語り合う。
「えーっと、イチゴとレモンとブルーハワイの3つ」
「あたしレモンー」
「じゃあ私ブルーハワイー」
何故か語尾を伸ばしたモモに対して、私も語尾を伸ばしてみた。すると、廊下に笑い声が溢れた。
「ンフフ、じゃあ私イチゴ――なんて言うかよバァカ。朱音は課題を一番に考えろよ」
「「「……」」」
で、出たー。フェイント梓!
テスト勉強した時と同じ部屋に通された私達は、抱えていた猫をその場に放してから各自席に座る。 座布団のお陰で正座をしてもあまり足を痛めないので有難い。
「さて、何が終わってないのかな?」
皆が座ってすぐに朱音とモモに訪ねる梓。
「えーっとねー」
朱音に自室に行って持ってくるらしい。モモは終わってないであろう、今日持ってきた課題全てをテーブルに出す。
全ての課題を広げた時、朱音が沢山の課題を手にして戻ってきた。ドアを開けた勢いのままテーブルに放す。
「作戦会議させて」
梓との作戦会議の結果、私がモモを、梓が朱音を指導する事になった。 いつもは私が朱音、梓がモモなのだが、今回は課題を終わらせる事が大事なので、意地でも絶対に終わらせると梓が意気込んでいる。
「モモー、数学は終わってるんだよね?」
「うん!数学は完璧!」
お互いが向かい合うように席替えをして、私はモモに話し掛ける。やっぱりモモは数学だけが得意のようだ。
「朱音。分かっているね?」
「……はい」
私達とは対称的で、梓と朱音は暗い。何が始まるんだ。
モモは最初に漢字ノートを取った。きっと一番簡単だからだ。何故それをもっと早くやらなかったのか、凄く問いたい。
モモが漢字ノートをやっている間、暇な私は英語ノートを見る。 モモのそれは、途中からやっておらず、課題範囲のページまでは数ページ。途中、これ絶対答え見ただろと思う所もあったが、何もやってないよりは増しだ。
ふと、隣に目線をあげると、正座をしながら必死に問題を解いている朱音。 絶対に朱音から目線を外さない梓。鬼の形相だ。
わー朱音頑張れー、と心の中で応援をしてモモに目線を戻す。順調なようで次のページに入ったばかりだった。
――あれ?
「モモ、3つ前の漢字違うよ」
「えっ」
間違いを指で指摘すると、すぐさま消しゴムを手にする。
「あー、ホントだ」
『徴』と『微』の漢字は似ている為、間違える事がある。私も間違えていた事を思い出して、モモに指摘する。
モモの英語ノートに分かりやすく単語の意味を書く。今は漢字ノートをやっているモモだが、漢字ノートが終わったら英語ノートをやるだろう。 少しでも早く終わるように、少しだけヒントを書いておく。
元々、朱音よりは頭が良いモモ。数学は終わっているらしいし、英語や漢字も少しだけやっていたようで、この調子で行ったらモモは簡単に終わるだろう。
まぁ、問題は朱音なのだが。
朱音の今日までの現状は、数学2問、漢字10問、英語は単語だけをやっていた。 プリントはどれも1枚も終わっていない。読書感想文は本すら読んでないし、絵の課題は私達が言うまで忘れていたぐらいだ。 馬鹿としか言えない。
梓に朱音を任せた所、数学はやっと2ページ目が終わった所だ。ゴールが遠い。
残りの1週間で終わるのだろうか。
「余所見すんな」
一際低い声が隣から聞こえる。英語ノートにヒントを書いていた私も、漢字ノートを進めていたモモも、梓と朱音を横目で見る。
「んー、んー」
「五月蝿い」
分からないのかうめき声を上げている朱音と、指摘する梓。
「ヒント!」
「……引き算」
ヒント少なっ!
朱音がやっている所を覗いてみる。んー?確かに引き算がヒントだが、果たしてそれは朱音にとってヒントになるのか。
「……こ、こう?」
「……次」
梓の言葉に一瞬笑顔をした朱音。しかしまた、顰めっ面で問題とにらめっこを始める。
「んー、んー」
「五月蝿い」
先程と同じようにうめき声をあげ始める朱音。それを指摘する梓。
「……ヒント!」
「引き算」
ヒントさっきと同じだしっ!まぁ、同じ公式を使う問題だからしょうがないか。
「んー……こうだ!」
「せーいかーい」
棒読み過ぎだろ。
さっきから繰り返しにうめき声をあげる朱音と指摘する梓。やる気あるのかないのか分からない。
こんな調子で残り1週間、課題は終わるのだろうか。




