3話「一緒に帰ろう」
朱音と私がいるのは、軽音部の部室。
「じゃぁ、朱音ちゃんはギター持ってるんだ」
「はい」
「ゆりちゃんはまだ持ってないんだね?」
「あ、はい」
「そんなに畏まんなくていいよ」
「そうよ、ほら紅茶よ」
「ありがとうございます」
「いただきます」
なんか最初見た時は“ギターかっけぇ!” とか、“ふぉぉぉ!ドラムすげぇ!” とか思ってたけど、先輩達と話してたらギターやドラムの存在が霞む。先輩達はお話が好きなんですね。
「じゃぁ早速、ギター弾いてみる?」
「ドラムでもいいよ?」
「ベースとかもあるよ? かっこいいよ?」
「何か好きな歌とかあるの?私ボーカルやってるの。何でも歌うのよ」
本当に、これでもかってぐらいに先輩達が一斉に話しかけてくる。
「私、弾いた事ないので一から教えて貰わないと分からないです。 今度ギターかベース買ってみます。どっちがいいですか? 木村先輩、近藤先輩」
「う~んそうだねぇ、まぁそこはギターだろ!」
「いいや、ベースだ! ベースのが簡単だぞ?」
「ベースはちょっと地味だろ。ギターの方が輝けるぜ!」
「んだとぉ?」
「あぁん?」
今睨みあってるのはベース担当の近藤先輩。髪がツンツンしてる。 どうやってセットしてるんだろう?
そんな近藤先輩の髪を引っ張りながら睨みあってるもう1人は木村先輩。 近藤先輩とは逆で逆らってなく、前髪は左耳の方に流していて少し木村先輩の方がかっこいいかも。
「ま、まぁまぁ2人共、後輩の前でそんな、ごめんね?」
「いえ、大丈夫です」
仲裁しながらこちらに謝ってくるのは軽音部の部長であり、3年生チームのボーカルを務める清水先輩。 清水先輩の質問に朱音が受け答えしている間も近藤先輩と木村先輩の喧嘩は続いてる。
それを見てる私と橋本先輩。橋本先輩は3年生チームのドラムをやっている。 私達が入ってきた時、唯一ちゃんと練習していた。 このチームのしっかり者って感じ。 髪も女にしては短い方で、右耳だけに髪をかけている。
女なのにかっこいい人って憧れるよね。
あまり話さない橋本先輩はずっと男子2人の喧嘩を見ている。 止めなくていいのかな?と思う私を見て見ぬふりでずっと見ているし、後ろでは清水先輩と朱音が仲良く話している。 何故かボカロの話になっていた。 いつの間にそんな仲良くなったの?!とツッコミたくなったのを押さえて、また男子2人の喧嘩を見つめる。
「大体何なんだよ! いつも遅刻してきてる癖に何でそんなに偉そうにしてんだよ! その髪型をやめれば少しは早く来れるんじゃねぇのか?!」
「この髪は気合いだよ! お前こそいっつも髪が平べったくてキモイんだよ! 俺よりベース下手なんだから少しぐらい遅く来たっていいじゃんか!」
「俺の担当はギターだ! ベースが下手でも、担当の楽器がうまければいいんだよ!」
あ、橋本先輩がコーヒーを持ってきた。わざわざ私の分まで。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ、紅茶冷めちゃったし。あの喧嘩、元は貴方の事でなったんだから責任取らなきゃよ」
コーヒーを飲みながら橋本先輩が言った事を心の中で復唱する。
へ? どーいう事?
「え、っと、それはどーいう事ですか?」
「そのままの意味だけど」
責任取る? どーやって?
コーヒーを飲みながら考えるものの、一向に分からない。
「あの! その、私、ベースもギターもやってみます! で、ベースとギターの魅力を見つけてみますよ!」
私の大きな呼び掛けに言い合いをしてた2人がこちらに顔を向ける。2人は顔を見合わせて笑った。
ちょっとちょっと、失礼じゃない? 私一生懸命考えたのに。
「あ、あはは、ごめんね、大丈夫だよ。自分のやってみたい方を選びな」
「そうそう、別に俺ら怒ってないし、ノリで言い合ってただけだから」
はぁ? ちょっと木村先輩と近藤先輩の頭が心配になった。だって、怒ってないとか、ノリで言い合ってたって。明らかに、顔に怒りマークが見える感じがしたんだけど。
「まぁ、この2人は大体こんなだから、1週間に1・2回こんな事やってるけどいつも嘘だから。気にしないで」
2人に対して色々考えてたら、橋本先輩がそんな事を言った。てか、橋本先輩分かっててあんな事言ったのか。
軽音部は面白い人の集まりなのか?こんな面白い人がいるなら入ろうかな?
「私、軽音部入ります」
私の宣言に、話し込んでた朱音と清水先輩が顔を上げた。今この部屋にいる皆に見られるのはちょっと恥ずかしいけど、今はそんな事どうでもいい。
軽音部に入る事を宣言した私は、ちょっぴり誇らしげな顔で朱音も入るか聞いた。 そしたら何故か、もう決めて印鑑を押してもらったらしい。 早くね? 朱音よ。お友達と一緒にっていう考えはなかったのかい?
「それじゃぁ、ゆりちゃんも入部届け書いちゃおっか」
友達に裏切られた感を感じていると、清水先輩に言われて思い出した。 ここに来る前に職員室で貰ってきたそれを出す。
「まず上の線上に名前を書いて、で次の線上に部活名。それと自分の印鑑持ってる? ここに押す所があるんだけど」
清水先輩に書き方を教わりながら書いてたら、印鑑を使う事を忘れて持ってきてなかった事を思い出す。
清水先輩が指差す所を凝視する。
「わ、忘れました……」
「それじゃぁ帰ってから印鑑押してね。明日、昇降口で待ってるから、押されてるのを確認したら部長の私の印鑑押すね。 担任の先生に印鑑押してもらって、主任の先生からも押してもらったら入部完了! 晴れて朱音ちゃんもゆりちゃんも軽音部の部員!」
印鑑を忘れた私は、心の中で自分を責めた。それでも清水先輩は笑顔のまま説明をしてくれた。
外の綺麗な夕日と相俟ったその笑顔はとても可愛くて綺麗で、同じ女の私がドキッとなってしまった。 きっと近藤先輩と木村先輩は私と同じ現象が起きただろう。当の本人は帰る準備をしてる。
いつの間にこんな時間になっていたのか、時計を見ると5時を過ぎた所だった。道理で綺麗な夕日。
「皆、そろそろ最終下校時間だよ。帰る準備しないと」
「舞、一緒に帰ろう」
「わーい」
「ゆりー、今度の土日。どっちか遊ぼー」
「うん、いいよ」
清水先輩と橋本先輩が話しながら帰る準備をする。私達は片付ける物が無い為、橋本先輩のドラムの片付けを手伝いをする。
「ゆり、そっち持って」
「ほいよ」
よっ、とドラムの本体を持ち上げると、先輩に何処に運ぶかを聞く。
中学時代にドラムを運んだ事があるけど、朱音は無かったらしく「結構重いな」とか言ってる。 頑張れ。そっちからだからな、持つの提案したの。
さっきから会話が聞こえない木村先輩と近藤先輩は、未だに清水先輩の笑顔にやられてる。 効果は抜群だ。
「近藤くん? 木村くん? あの、さっきからどうしたの?」
「舞、今その2人に近寄っちゃ駄目。犯されるよ」
「え?」
動かない2人に痺れを切らした清水先輩が近寄って話しかけた。しかし、それは橋本先輩によって遠ざかれて失敗に終わった。
え。てか、清水先輩犯されるの?
なんとか指定の場所にドラムを仕舞うことが出来た私達は、清水先輩を庇うように前に出る。
「危険です! 部長逃げてください!」
「そうです! ここは私達に任せて橋本先輩は部長を連れて逃げてください! 早く!」
私達が言ったのが聞こえたのか、近藤先輩と木村先輩がやっと動き出した。
清水先輩は絶対守る!
「まっ、待って! 犯さない犯さない!」
「犯さないからその前屈みやめて!」
「本当ですか?」
「朱音ダメだよ! 口利いちゃ! 朱音も犯されるよ!」
口を手で押さえる朱音。その間も前傾姿勢をやめない。
「い、いやいや! 本当に犯さないから!」
「うんうん!」
私は騙されないぞ!
その時だった。
「コラ! 何やってんの! もう最終下校時間過ぎてるよ! 鍵閉めて早く帰りなさい!」
「……」
あれ?
ビックリしたぁ~。
先生が来るまで朱音と私は、本当に清水先輩が犯されると思っていた。 けど、それは橋本先輩のおふざけだった。 全然気付かなかった。 でも、清水先輩が犯されないで良かった。
私達は木村先輩と近藤先輩に謝った。 酷い事を言ってしまった。 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そんな私達に対して、先輩2人は笑顔で帰っていった。
「はぁ~、朱音ちゃんもゆりちゃんも面白いね~」
笑いながらそんな事を言うのは、さっきの愉快犯。橋本先輩。
「もう笑うのずっと抑えてたんだよ。2人して舞の事守るから、舞もビックリしちゃってたよ」
「本当ね。いつもやってるやり取りだから気にしないでね?朱音ちゃん、ゆりちゃん」
橋本先輩と清水先輩の話を聞いていた私達は呆気に取られた。まさかあのやり取りもいつもやってる事なの?
そんな私達の頭を清水先輩が撫でた。 その手は冷たくて少し気持ちいい。何年振りかに頭を撫でられた私は少し嬉しく思った。
「でも、これからは部員なんだから大丈夫。その内に慣れるよ」
撫でて貰った余韻に浸っていると、橋本先輩がそんな事を言った。 橋本先輩が私を部員と認めてもらった事には嬉しく思ったが、その後の言葉に耳を疑った。
慣れる? 今日あった出来事が慣れるのだろうか? でも、部員になったら週に何回かは行くだろうし。 やっぱり嫌でも慣れるのか? でも、慣れるまで時間掛かるよね?慣れるまで毎回ビックリしなきゃならないよね?
「うちらがそうだったからね。入った日にドッキリさせられたのは今でも覚えてるよ。懐かしいなぁ~」
「そうね~。本当にあの時はビックリしたわ」
まじか! 何。軽音部は代々から言われてるの? 新入部員にはドッキリすべし、とか? 誰だよ、そんな事決めた奴!
「朱音、私軽音部でやっていけるか不安」
「大丈夫、私もだから」
駄目じゃん。はぁー
「あ、そろそろ電車来るよ舞」
「あら。じゃぁまた明日ね。ゆりちゃんは自転車なのね、朱音ちゃんは電車? 車?」
「電車です」
「あ、じゃぁ一緒に行きましょ」
「はい。ゆり、バイバイ」
「うん、バイバイ。先輩達もさようなら」
「バイバーイ」
朱音と先輩達に別れの挨拶をして自転車に股がる。帰る方向の空は昨日と同じ綺麗な夕日。 また明日も晴れかな? そう予想をして帰る。
帰る時、頭の中で「印鑑」を復唱しながら帰った。忘れない為に。