36話「俺虫取りー!」
「ゆりお姉ちゃーん!あーそーぼーっ!」
玄関の扉を開けるより先に聞こえてきた声は凄く元気そう。
リビングでテレビを見ている時に、インターホンがなったから玄関まで来たけど、まさかのそら君だった。
「こんにちは、そら君」
「ゆりお姉ちゃん!遊ぼっ!遊ぼっ!」
玄関開けて一言目がそれってどうなの?私、こんにちはって言ったんだけど?
「そら君、宿題は?」
学生なら誰だって苦手とするこの手の質問。
さぁ、そら君お家に帰って宿題をするんだ!
「……ノート類は終わったよ!」
なんと!そら君優等生だったの?!
「今日は宿題しない日って決めてたの!」
結構計画的だったんだね、そら君。
「だからね?友達と一緒にお姉ちゃんと遊ぼうって決めてたの!」
ハキハキと言うそら君は水色のボールを持っている。
「そっかー」
私と遊ぼうと決めてたって、私何も聞いてないよ?
なんて事は言えないのでニコニコすると、釣られてそら君もニコニコしだす。
しょうがない、付き合うか。
家の鍵をポケットに仕舞いながら、そら君の走っていく後を着いていく。
「おー、そらーおせーよ!」
「ごめんねー!」
いつもの公園に行くと、そら君の友達であろう男の子達がいた。
ブランコの囲い枠に網取りが立て掛けてあり、丁度下には虫籠が置いてあった。
男子小学生は、そら君含めて5人だった。
「こんにちは!」
しゃがんで息を整えていると、そら君ではない別の声が聞こえてきた。 息を整えながら顔を上げると、そら君以外の皆が緊張したような面影で私を見ていた。
最初に話しかけたであろう子は、男の子のようにも女の子のようにも見えた。
「…こんにちはー、そら君がいつもお世話になってるねー」
怖がらせないようにのほほんとした口調で挨拶をする。
「あ、えっと、ゆりさんの事はそらからよく聞いてます! 今日は一緒に遊んでくれて、ありがとうございます!」
小学生とは思えない口調で話す男の子。
「んふふ、そんな畏まらなくていいんだよ? 小学生なんだから、小学生らしくもっと楽しそうにね」
笑い掛けて言うと、男の子達は顔を赤くして可愛らしく頷く。
「あ、それから、私の事はゆりお姉ちゃんとか、ゆりって普通に呼んでね」
そら君以外の皆が快く返事をする。
男の子達のお名前を教えて貰って、早速遊び始める。
最初はドッジボールだった。私の時と同じように、今小学校で流行っているらしい。
女の子のように見えるヒロ君は、夏休み明けのドッジボール大会で勝ちたいそうだ。 理由を聞いたところ、好きな女の子がいるらしく、その子に告白する前にカッコいい所を見せたいようだ。
「じゃあ、私外野行くね」
ヒロ君と同じくチームになった私は、ヒロ君ともう1人のアツシ君に告げて反対側に掛けていく。
「手加減しないでよねー?」
聞こえてきた声に拳を上げて了解の意を示す。
「っ!ゆりちゃん!手加減しないでって!」
手加減してないのに、何故か言われるこの言葉。
「これが私の限界ー!」
ドッジボールってこんな疲れる遊びだったっけ?
今時の男子小学生の体力が凄い。
ドッジボールの結果は私達の勝利で終わった。
次は鬼ごっこをするらしい。公平にジャンケンで鬼を決める。
「10秒だそ!レン!」
鬼になったレン君が10秒数え始めて、私達が逃げ始める。
とりあえず近くのブランコに腰掛ける。ドッジボールの疲れがまだ抜けないのだ。
息つく暇を与えずにこちらに駆けてくるレン君。
「休ませて……」
レン君は思いの外足が早く、ブランコに座っている私の肩をタッチして逃げる。
疲れたように溜め息をして立ち上がる。
「ゆり!ちゃんと鬼ごっこやってよ!」
逃げた筈のレン君が戻ってきた。
「レン!ゆりお姉ちゃん、以外と足早いよ!気を付けて!」
「なんだよー、ゆりちゃん!鬼ちゃんとやって!」
「やーい!鬼さんこちら!手のなる方へー!」
「ゆりちゃん、体力ない!」
レン君の後ろを皆が歩いて来る。
深く深呼吸した私は足首を解す。
「よーし、10秒数えるよ!今のうちに逃げなきゃだよー?」
そう言うと、皆してキャーキャー言って逃げていく。
「もっ……もう終わりにしよっ!」
3度目の鬼になった私は、息を絶え絶えに皆に提案する。
「ゆりってホントに体力ないね!」
いやいや、君達の体力が凄いだけだから!
息が荒い私は言いたくても言えなかった。
「次何するー?」
「俺虫取りー!」
「おっ、いいな!あっちの森に行こうぜー!」
息が荒いままの私をそのままに、皆で話を進めていくそら君達。
「何がいるかなー?」
「カブトムシ取りたいなー」
3本に網取りと2個の虫籠を持って公園を出て行こうとするそら君達。
「待ちたまえ!君達!」
息を整えた私は、その場に立ち上がって声を上げる。
「え?どうしたの?ゆりお姉ちゃん」
「あそこの時計を見たまえ!」
公園に建ててある時計を指差す。そら君達は時計を見て暫く固まる。
「3年生なら分かるよね?今が何時か」
今の時刻、お昼前の11時40分。
「お昼食べてからね!」
各自、一旦お家に帰りなさい!と言って別れる。
「よーし!全員揃ったね?!」
私の声かけにそら君達がおー!と拳を上げる。
「では今から、虫取りに参る!準備はいいか野郎共ー!」
そら君達が意思表明をする。
「ゆりお姉ちゃん!僕カブトムシ捕りたい!」
「俺もー!」
「僕はクワガタかなー!」
「カブトムシ捕るなら大物だろー!」
「カッコいい虫捕りたい!」
次々に言うその言葉は早く虫取りを楽しみたいようだ。
皆の格好を見ると、きちんと帽子を被り、虫籠を肩から掛けていて、水分を取るように水筒を持っていた。
安全性の確認して自然の森に出発する。
「あ」
「あれっ」
自然の森の中に行く途中に卜部に会った。卜部はラフな格好で、携帯と財布の両方を持っていた。
「おー、茅野!」
「奇遇だねー、何処か行ってたの?」
卜部の手元の見ながら質問する。
「おぅ、図書館に本返しに」
そう言って親指で来た道を指差す卜部。そこの道をまっすぐ行った所に図書館があるのを思い出す。
「ゆりお姉ちゃん?誰?」
卜部と話していると服を引っ張られる感覚を覚える。
「そら君達に紹介してあげよう!卜部一輝!私の友達だよ!」
一輝って呼んであげてね!と言うと、そら君達は名前を連呼しだした。
「カズキー!」
「カズキ!よろしくな!」
そんな私達に反応した卜部は叫ぶ。
「そこはお兄ちゃんって付けろよ!」
卜部に事情を説明して一緒に来ることになった。
「カズキー!カズキは何の虫が好きー?」
卜部と手を繋いで歩いているそら君が卜部に質問する。
「お兄ちゃんを付けたら教えてやるよ」
イタズラな顔をしながら言っているであろう卜部を見る。卜部の後ろを歩く私は、実際どんな顔してるのか分からないが、長年の付き合いなので多分そうだろうと思う。
「……カズキお兄ちゃんは何の虫が好き?」
「最近は興味ないけど、俺がお前ぐらいの時は――カブトムシだな」
少し考えた後に答える卜部。
不思議そうに卜部を見上げるそら君。そんなそら君を他所に、卜部が昔話をする。
「ってさ、その時にゆりが言ったんだよ!やめ――」
「バッカじゃないの?!!何言おうとしてんだ卜部は!!」
話し始めた昔話は、私に纏わる恥ずかしい小学生時代の話だった。
反射的に思わず卜部の頭を思い切り叩いてしまった。
「いってぇ!」
卜部の叫び声とそら君達の笑い声が森の中に木霊した。