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31話「えなりか!」



「あづっ…」

 何故か晴れてしまった野球甲子園、白ヶ峰高校の1回戦は皆して暑そうにしている。 帽子を被ったり、冷えピタをおでこに貼っていたり、扇子(せんす)団扇(うちわ)(あお)っている生徒が沢山いる。

 何故か応援団の人達や先生達が水を掛けてくる。別に太陽が出てるから水を被っても乾くから良いけど、せめて声掛けてー。私達ビックリしちゃうからー。

 あ、3年生の方でも水掛けられてる。キャーキャー言ってる声がこっちにまで聞こえる。

「はぁ、帰りたい…」


「ゆり、頑張って。共に家に帰ろう」

 いや、朱音と私の家じゃ2駅違うから。

「無事に生きて帰りたいね、ゆり」

 別に生死を分けた戦いとかじゃないからね?ただの野球応援だから、そこ忘れないでよモモ。

「死んじゃやだよ~」

 ヤバイ、梓が暑さで壊れた。

「ぁ~、暑い」

 冷えピタ貼ってるくせに?

「せんせー、水掛けてー」

 中庭さん!煽んないで!

「ヤバイ、ペットボトル1本なくなった」

 始まったばかりだぞ?!大丈夫なの?!


 私達が座ってるのは前から3列目。端から朱音、モモ、梓、私、谷さん、中庭さん、三宅さんの順で並んで座っている。

 丁度真ん中にいる私は、バッターの人を見つめる。今は三回裏で、私達の高校は守りに入っている。


「ストライク取ってほしいね」

 2ストライク取ったピッチャーがフォームを構える時に隣から出てきた声は心配そうだった。

 ピッチャーが投げたのを見守る私は、ストライクという声が聞こえて喜ぶ。この回で相手高校に先制点を取られてしまった。



 打った!

「走れ走れー!よーしよしよーし!」

 ヒットしたバッターはファーストに思い切り走っていく。興奮した私は、メガホンを使って声を荒げていた。

「ゆり、掛け声!」

 梓の声に私は唖然とする。曲に合わせて言わなきゃいけない掛け声を忘れていたからだ。


「ゆりって以外とこういうのに興奮するんだ?」

 相手高校が攻撃の4回裏、ピッチャーとバッターを交互に見ていると隣から声を掛けられる。

「そりゃぁね!高校野球だけじゃないよ?プロの野球選手で好きな人がいるんだよねー! 前田選手!かっこいいんだよー!まずは笑顔!笑った時に出来るえくぼが好き! でも悲しい事に結婚してるんだよねー。 でも結婚してるって事は優しいって事だから、それもまた良い所ー! そして一番良い所は実は筋肉が凄い所ー!触りたくなる上腕二頭筋! 前にね!テレビで筋肉を見せてるのを見たの!その時のは凄かった……」

 当時見たテレビを焼き付くようにマジマジと見た記憶はまだ新しい。当時を思い出した私は話しを止めて余韻に浸る。

 聞いてきた谷さんは私のマシンガントークにポカンとしている。そんな谷さんの肩を揺すっている中庭さんの焦っているような声が聞こえたり聞こえなかったり。

 私を現実に戻したのは大きな楽器の音と掛け声だった。



「打った!走れ走れー!止まれ!」

 誰だか分かんないけど、その調子で行けー!

 言った後でまた掛け声を忘れた事に気付く。隣から抗議の声が聞こえてきた。

「ゆりっ、掛け声っ!やってよ!」

「ごめんよ梓。以後気を付けるよ」

「以後気を付けるって言葉、さっきも言ったよね?」

 眉間に皺を寄せて凄んでくる梓に、慌てて抗議する私。

「いや、だって興奮するんだもん!しょうがないじゃないか」

「えなりか!」

 中途半端に言った言葉に反応して突っ込んでくる梓。以外とツッコミが上手いんだよね。頭叩いてくるけど、強く叩かないからあまり痛くない。

 そういう優しい所が梓の好きな所だよ。



 9回表、最後の攻撃。現在1対1で同点。この攻撃で1点でも多く取ってほしい。現在の状況は、2アウトで一塁二塁にランナーがいる状態。

 バッターボックスに立っているバッターがヒットを出してくれたら、二塁のランナーが一気に帰ってこれる筈。

「お!長い!走れ走れ!走れ!っしゃー!」

 周りが掛け声を出す中、私と谷さんがハイタッチして話す。

「これ勝てるかもよ!」

「かもじゃないよ!絶対勝てるよ!」

「どうするどうする?!勝っちゃったら?!」

「奇跡だよ!毎年1回戦負けなんでしょ?!」

「「ヤベー!!」」



 奇跡なんて起きなかった。否、奇跡は起きたんだ。私達の奇跡以上に、相手高校も奇跡を起こした。

 相手高校も毎年1回戦負けの高校だったらしい。

 9回表で見せた私達の笑顔は、9回裏で真顔に戻った。暑さで出てきた汗なのか、冷や汗で出てきたのか。 マウンドを見つめながら頬を滑り落ちる汗を拭う。

「打たないで……」

 隣からの声に私も願う。どうか打たないで。

「あっ」

 相手選手が打った球は何度かバウンドして三塁と二塁の間を通り過ぎる。 ショートの人が投げた先には、スライディングして点を取った選手がガッツポーズをしていた。



「結局駄目だったね」

 球場を後にし、バスまでの道のりを歩いている私達。

「ね。3年生は今年が最後だったし、残念だったね」

「そうだねー、泣いてる人いたもんね」

「ねー。もらい泣きしそうになったよ」

 確かに泣いている人がいた、きっと3年生だろう。私も泣きそうになったのは秘密。


「んー!焼けたねー!」

「凄いよ、靴下の跡。膝下が少し白く感じる」

 バスで隣同士のモモと話す。日焼け止め塗っとけば良かった、としみじみ思う。

 ちなみに朱音と梓は後ろの席に座っている。

「朱音!梓!靴下の跡ついてる?」

 まだ出発しないバスの中で、身を乗り出して後ろの朱音と梓に聞くモモ。

「ついてるよ」

「こっちでも日焼け止め塗れば良かったねって話してた」

 皆の話し声で五月蝿くなるバスの中で、モモの笑い声が微かに聞こえる。



 イヤホンを耳に音楽を聞く私は、外の景色を眺めながら学校に着くのを待つ。モモは、隣の座席に座っている男子生徒と話している。 音楽で何を話しているのかは分からないが、楽しそうな笑い声は聞こえる。



――……り……いたよー……

「ゆりー!!」

「はい!」

 寝てたみたいだ。モモの大きな声は目覚まし時計に負けないほどで、耳がキーンとする。

「んー……」

 小さく伸びをした私は、周りに目を向ける。他にも起こされた生徒がいるのか、バスの中はザワザワと皆の話し声で五月蝿い。

「そろそろ学校だってー」

「んー」

 瞼が下がってこないように擦りながら生返事をする。

「お、ゆり起きたか」

「ゆり、おはよう」

 後ろの席から身を乗り出してきた朱音と梓。見上げると丁度朱音の顔。

「……おはよう」

 寝惚けてますなー、とかある意味このゆりレアじゃね?とか聞こえる。どういうことですか。


「荷物忘れんなよー!」

 主任の先生の声がバス全体に聞こえる。

 荷物を持って外に出ると、雲が空を覆っていた。何で今になって雲出てくんだよ。そう思いながら駐輪場に向かう。


「ゆりー!バイバーイ!」

「気ぃつけなはれやー?」

「夜道に1人で大丈夫ー?」

「大丈夫ー!バイバーイ!」

 暗くなり始めてる中を全力で漕いだ。




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