30話「曲入れまーす!」
「おーつかれーサマー!!」
朱音がテストの問題用紙をシャカシャカと振り回す。モモがテストの問題用紙で紙飛行機を作り教室内で飛ばす。
何とかテストを終えた私達は、教室内でゆっくり過ごす。
「ふぃー、終わったぜー」
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、何とかテストも終わり、あとは夏休みを待つだけだー」
本当だ。もうあんな思いはしたくないぞ。
「いや、その前にあれがあるじゃん。野球甲子園、明後日だよ」
谷さんが言った言葉に、梓が思い出したように話す。 その言葉は私達を地獄に叩き落とすようで、涼しく吹いてきた風が止まった。 暫くの間、私達は何も言わない時間が流れる。
やけに蝉の鳴き声が大きく聞こえた。
「だぁぁぁああ!!忘れてったぁぁああ!!」
「嘘だろぉぉ?!」
「あー、マジかぁ、絶対暑いじゃん…」
「金曜日、か。休もうかな…」
中庭さんと谷さんが叫ぶように言う。テストで燃え尽きたのか、モモと朱音は叫ばずに机に項垂れる。
「よく覚えてたね、梓」
梓と三宅さんと飛田さんは知っていたみたいで、4人の反応を楽しんでいるようだ。
「明日の放課後、掛け声の練習やるみたいだよ?」
飛田さんが項垂れている4人に向かって言うが、何の反応もしない4人。
「とりあえず、早く行こう?カラオケ」
テストが終わったお祝いとして皆でカラオケに行こう!という事になった私達は、電車に乗ってカラオケ店に向かう。
私と谷さんと三宅さん以外は電車通学の為、定期券を持っているが、自転車通学の私達は券を買わなければいけない。この間、中庭さんに教えて貰ったやり方で券を買う。
「本当に乗った事ないんだ」
電車内を見渡していると、モモの声が聞こえてきた。
「まぁね!」
「そこドヤ顔するとこじゃない」
自信満々にモモに言うと、横から声が聞こえたがスルーする。
「でも、ちっちゃい頃に乗ったみたいだけど、全然記憶にない」
私が2才の時に電車で遠くに遊びに行った事を以前お母さんから聞いた。 一切記憶にございません!
電車から降りると見覚えのある建物。カラオケ店までの道のりを、皆で会話しながら歩く。
「皆さ、十八番とかってあるの?」
一番前を歩いていた中庭さんが皆に聞こえるように聞いてきた。
「えー、十八番ではないけど、ボカロとか?」
「あー、あたしもー。十八番としては歌わないけど、主に歌うのはボカロだなぁ」
「十八番かー、考えたことないからなぁ。知ってる歌を歌うって感じ」
「ないなー」
各々違う反応をしだすが、内容は同じのようだ。
「まず私、カラオケ初めて」
梓が口を開いたかと思うと衝撃発言をする。まさか、梓がカラオケ初めてだなんて、私でさえカラオケはやった事あるのに。
「マッジかぁ!梓!あたしがカラオケの楽しさを教えてやる!な?さ、早く行こ!」
私の隣を歩いていた梓に肩を組んで話し出す中庭さん。そのままカラオケ店への道のりを歩く。 若干歩きずらそうにしている梓をそのままに、中庭さんの後に続く。
前にお兄ちゃんと来た所とはまた違うカラオケ店のようだ。外見がまた綺麗だな。
あるテレビで、店内にはお客さんが歌っている曲が流れると聞いた事があるが本当なのだろうか。
「ありがとうございます」
疑問に思っていると、受付の店員と話していた中庭さんが振り向く。どうやら部屋が決まったようだ。
「部屋こっちだよー」
そういって歩き出す中庭さんに私達も続く。
「梓ー、まずこれがデンモクね?これで、歌いたい曲を探してー、例えばあたしはこれにして。 決めたらこの送信ボタンをタッチ!したら歌えるよ!」
中庭さんが梓にデンモクの使い方を教えている間に、三宅さんと谷さんはもう一つのデンモクでデゥエット出来る曲を探している。 飛田さんと朱音はマイクの準備をしている。 私とモモは、一緒にメニューを見ている。うん、ポテトにしよう。
~~♪~~
すげぇ、マジパネェッス。私、谷さんを尊敬するよ。
「よくあんな早口の歌歌えるよねー」
口をあんぐりと開けて立って歌っている谷さんを見ていると、隣から微かに聞こえてきた声にそちらを向く。
「ね!梓は何歌うの?決めた?」
「うん」
好奇心でデンモクを覗くと、ある有名な男性アイドルの曲だった。
「へー、好きなんだ?これ」
「うん、スローテンポだから好き」
梓が早口の歌を歌ってるのを想像すると、何か変な感じだ。
「送ったの?次」
「いや?まだだよ、まだ谷が歌ってるし」
「アハハ!大丈夫だよ!他の人が歌ってる途中に送っても、止まったりしないから」
「そうなの?大丈夫?」
「大丈夫!曲が終わって、点数が出たら、次の曲が流れるようになってるから」
不安そうにしている梓に笑いながら説明する。本当にカラオケ初めてなんだな、と思った。
「すいません、ポテト一つお願いします」
前に頼んだポテトがなくなってしまったので、皆の意見でもう一つ頼む。
「えー、お集まりの皆さん!ここであの曲を歌いたいと思います!聞いてください――」
突如、中庭さんがマイクを持ってモニターの前に立つ。タイトル名を言おうとして、予想外の間奏終わりに笑いながら歌う中庭さん。それを見た私達も笑いながら聞く。
「っはー、面白いっ、ね!」
「はっはっ!あー、ね!」
笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、隣の梓と話す。
「今凄い人気だよね!この歌」
「そりゃ、ね?確か、歌ってるの俳優さんなんでしょ?」
「そうそう!この間のMスタ見た?凄かったね」
「ねー!演技力があって、歌唱力もあって、おまけにかっこいいし、流石芸能人って感じ」
話をしていると、歌が終わったらしい。
「もー、梓にゆり!私の美声聴いててよ!」
「大丈夫!耳には入れてたから!」
「ちょっと早めに通りすぎてったね」
私と梓の言葉に「えー?」とだけ発した中庭さんは、デンモクを手にして曲を探し始める。次の歌はちゃんと聞いてあげよう。
3時間はあっという間で、皆が3曲程歌うと店員さんからの電話が来る。
「最後にあれ!歌わない!?金爆の!」
「女々しくて?」
谷さんが皆に問い掛けるように提案する。
「いーねー!」
「歌おっ!」
「曲入れまーす!」
中庭さんが入れた曲が最後になるだろう。朱音が飛び上がっている。ソファで飛ぶなよ。
「ふぃー、楽しかったー」
「歌ったねー、ンンッ、喉が……」
「アハハッ、まどかは沢山歌ってたからねー」
「暫くカラオケはいいかなー、歌いすぎて喉痛いわ」
駅までの道を歩きながら、今日の感想を各々に述べる。
「谷さんも中庭さんも、朱音やモモを巻き込んで凄い騒いでたしね」
「ホントだよ!梓とか追い付けなかったよ?」
「まぁこれで、梓も少しはカラオケの楽しさ分かったんじゃない?」
「んー、うん。まぁそれなりに楽しかった。また皆で来よう」
梓は本当に楽しかったようで、滅多に見れない笑顔をしていた。
私と同じ電車に乗るのは谷さんと三宅さん。その3人になる事があまりない為、若干気まずくなる。
「あー、面白かった」
向かいの景色を見ていると、隣に座っている谷さんが話始めた。
「キー上げた時の朱音の顔、見た?めっちゃ必死になって歌ってたね!」
「見た見た!顔赤くしてサビの最後歌ってたね!」
「あれ見た瞬間、ジュース溢しそうになったよ」
当時の事を思い出しても笑えると思うその顔は、隣に座って見てた梓も笑っていた。 その事を谷さんに言うと、「マジで?!」と嬉しそうに笑う。
3人での会話は電車を降りても暫く続いた。
「まどかの歌も狙ってるとしか思えないよ!」
「うん!丁度私が歌い終わった後にあれ歌うんだもん!ジュース飲もうとして飲めなかったよ」
「分かる。私の場合ポテト食べてる時で、ケチャップで噎せたよね」
三宅さんと私の体験談に笑う谷さん。
――3人の笑い声が駅内に響く。




