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29話「無理だよぉ」



 週末過ぎればテスト、というのに私は今、ゲームをやっている。一度やりだすと止まらないマルオカートォォォォ!自己ベスト更新を狙って手元を見ずにテレビ画面に釘付けの私。

 土曜日である今日は、お父さんは勿論、お兄ちゃんもお姉ちゃんも仕事でいない。一番の天敵であるお母さんも、お昼からママ友の家にお喋りに行った。


「っだぁぁあ!ヨッスー邪魔!!」

 自己ベスト更新出来なくてイライラする私は、一度コントローラーを置いて冷蔵庫に向かう。

 冷蔵庫を開けると、冷気が肌に当たって少し涼しい。


 冷たい麦茶をコップに注いでテーブルに置く。

「っしゃぁ!やったるでー!?」

 麦茶をコップ半分飲むと、もう一度テレビ画面を見る。


「亀やったん誰や!!」

「お?!」

「どぅえぇぇえ?!」

「あったった!」

「ああぁぁぁ!姫ぇぇ!邪魔やぁぁ!」

 自己ベスト更新ならず。


      ~♪~♪~

 スマホの着信音だ。コントローラーを置いて、スマホ画面を見てみると中庭さんだった。

『ゆり!大変!』

 電話に出てすぐ中庭さんの声が荒い事に気付く。

「中庭さん、どーしたの?」

 中庭さんの声が荒い事と、電話の内容を聞く。

『それがさ!偶々(たまたま)朱音と店で会ったんだけどさ、勉強を全然やってないようで』

「は、ヤバいじゃん」

 朱音馬鹿だろ!やれよって言ったのに!

『そう!だからさ、急遽(きゅうきょ)明日、勉強会を開く事にした!』

「勉強会?」

『うん!急な勉強会だから、他に予定があったら別に大丈夫だよ!ゆり、どう?』

 勉強会か、自分1人よりはいいかな。丁度、予定も入ってないし、一日中暇だろうから。

「うん、大丈夫だよ!勉強会、何処でやるの?」

『朱音ん()!分かる?』

「朱音の家行った事ないなぁ、何処らへん?」

 確か、朱音の家には猫を2匹買っているんだよね?触ろう。



 中庭さんに駅で待ってもらって一緒に行くという事になって、電話は切れた。

 スマホをテーブルに置くと同時に、扉の開く音がした。お母さんが帰って来たのだろう。

「あら、ゆり?テスト勉強は?」

 やっぱり聞いてきたお母さんにゲームを止めて言う。

「明日友達と一緒に勉強会する事になった。明日何もないよね?」

 私の言った言葉に、お母さんは思い出すように天を仰いで答える。

「えぇ、確かー、お父さんが休みなだけよ」

 お母さんの言葉に「ふーん」とだけ言うと、別のゲームを始める。

「またお父さんとデートしたらー?」

 テレビ画面を見ながらからかうようの言う。

「しようかしら?」

 マジか。











 日曜日、勉強する為の教科書やノート、筆記用具と貴重品をリュックに入れ、家を出る。

「行ってきまーす!」

 リビングにいるお父さんとお母さんに聞こえるように伝えると、急いで駅に向かう。

 実を言うと、未だに電車に乗った事がない私は、昨日の中庭さんとの電話でそれを告白した。 驚きながらも乗り方教えるよと言ってくれた優しい中庭さんを待たせるのは駄目だろう。


 急いで駅に着くと、中庭さんと谷さんが居た。そういえば谷さんは家が駅の近くなんだっけ。

「券売機がここね?ここで券を買うんだけど、上にある路線図で目的地とそこまでの値段を確認して買うの」

 フムフム、200円ね

「買ったら後は待ってるだけで来るよ!」

 ほぉほぉ、なるほどね。

「あ、来たよ!」

「出発しんこー!」

 目的地の駅名が表示されている電車に3人で乗る。


 朱音の家の最寄り駅を出て、10分程歩くと朱音の家にたどり着く。

「まどか!谷!ゆり!早かったね!」

「あーかねー、ドゥーン!」

「んぅ、梓は今日予定あるって言ってたよ」

 朱音自身が玄関前で待っていて、それを見つけると谷さんが朱音のお腹に衝撃を与える。 そんな谷さんをスルーするように、私達に梓が来れない事を報告する。

「そっか、うちらが電車に乗ってる時に、三宅も予定があって無理だってメール来たよ」

 中庭さんも続くように報告する。

「モモは?」

 谷さんによってぐるぐると回っている朱音に私が質問すると、目を回しながら何とか答える。

「うーん、来てるよぉ。あっぶね、庭で猫達と遊んでるー」

 そういうと朱音は、谷さんに寄っ掛かるように立つ。


 朱音の後に着いて部屋までの廊下を歩く。

「この子名前は何ていうの?」

 1匹の猫を抱きながら朱音に聞く。私の声に前を歩いていた朱音が振り返って、体の模様を見ながら答える。

「その子はー、ミオだよ」

「ミオちゃんかぁー、可愛いニァ~」

 ミオちゃんの喉元を擦ると、ゴロゴロと鳴って気持ち良さそうにする。


 テスト勉強をするには広い部屋に通された私達はテーブルに座って勉強道具を取り出す。

「さて、朱音。何をやってない?」

 教科書類を朱音に見せながら確認を取る中庭さん。

「んー?まぁ、殆ど何もやってないよね!」

「開き直んな!ドヤ顔する所ではありません!」

 ホントに何もやってないみたいだ。 私がモモと話している間に、相方を変えてしまった朱音に少し寂しく思ったり、思わなかったり。


「てか、何であたしは強制参加なの?」

 モモと話していると、思い出したかのように中庭さんに聞く。

「え、強制参加なの?」

 私が聞くと「そうなんだよー」と顔をしかめながら中庭さんを向くモモ。

「だって朱音が勉強してなかったんだもん! モモもしてないだろうなと思って、丁度予定が無かったから良かったよ」

 中庭さんの考えに、私と谷さんは納得する。

「え~?あたし、朱音程勉強嫌いじゃないよー?」

 口を尖らせながら反論するモモに、「じゃあ何勉強した?」と聞く中庭さん。 中庭さんの質問に少し間を置いてモモが答える。

「……数学!とか」

 モモは数学だけはいいからね。得意なのを勉強するのは良いことだから私は何も言わない。

「出来ればモモは、得意教科を伸ばすより、得意教科をもう一つ増やしたら?」

 考えるポーズをしながら谷さんは指摘する。

「うーん、でも数学以外それと言って出来るのないしなぁ」

「あ!家庭は?前回ので良い点取ったみたいだしさ! それか化学とかは?理数系で似てるじゃん!」

「……似てるの?」

 当の本人は、少し考えて私に聞いてきた。「さぁ?」とだけ言うと、谷さんに向かって宣言した。

「私、大澤桃子は、数学と化学が得意です!」

 宣言したモモに、私達は囃し立てるようにして励ましの声を上げる。



「無理だー!!」

「はえぇよ!まだ5分も経ってないよ?! モモは化学が得意なんでしょ!ほらシャーペン持って!」

 囃し立てる中庭さんに、モモは「無理だよぉ、出来ないよぉ」と机に顔を埋めるように目を反らす。

 私はというと、朱音に着いて教科ずつに要点を教えている。

「出来た!当たってる?」

 モモ達に向けていた顔を、解かせていた問題に戻す。

「お、合ってる。じゃあ次、これね」

 喜んでいる朱音を落ち着かせるように次の問題を出す。「またかよ」という顔をしている朱音に言う。

「梓に――」

「やります!」

 言い切る前に言葉を遮ってきた朱音は、またプリントとにらめっこを始めた。


「谷!手伝って!」

「あいよー?」

 中庭さんは、谷さんに手伝わせる。生徒一人に先生二人ってどういうことだ。 モモより出来ない人がこっちにいるんですけど?朱音に二人体制の方が良くない?

「ねぇ!ゆり!」

 モモ達が方を見ていると、朱音が肩を叩いてきた。

「答えが違う!」

 朱音が答えのプリントと見せ比べて、私に抗議してきた。

 プリントの答えは解き方が書かれていない為、解き方が分からない人にとっては難解だろう。

「あー、引いちゃってるねー。ここは足すように言ったよね?」

 間違えている所を指摘すると、朱音は肩を(すぼ)めるようにして小さく謝る。

「……大丈夫だよ、はい、もう一回やってみな」

 朱音がプリントとにらめっこを始めたので、私もやりかけのプリントに目を通す。



「おやつ持ってきたわよー」

 3時間勉強すると、朱音の母がおやつのバームクーヘンと飲み物を持ってきた。 それによって集中していた私達は、バームクーヘンに釘付けとなった。

「あまー」

「うまー」

「糖分摂取してあと少し勉強頑張ろう!」

「さんせーい!」

「ねぇモモ?何やってんの?」

 バームクーヘンの感想を言う私と谷さんに対して、堅いことを言う中庭さん。それに賛成しながらバームクーヘンを食べているモモ。

 モモのバームクーヘンの食べ方に疑問を持っている朱音は、モモの手先を見る。

「あたしよくやるんだよね、バームクーヘン食べる時に。やらない?こうやって1枚ずつ取って食べるの」

 モモの質問に首をシンクロさせる私達。梓や三宅さんはやったかもね。



「あ、誰か化学のノートの答え持ってない?」

 おやつを食べ終えてから1時間程経った時、前に居た谷さんが声を上げる。

「ごめーん、私化学持ってきてないやー」

「っはい!」

 谷さんの言葉に謝る私に対して、一斉に鞄の中を漁る皆。

「あーりがとぅー!」

 妙にハイテンションな谷さんは、モモに礼を言いながら答えを見ていく。


「“すいへーりーべーぼくのふね”の続きってあるの?」

 30分静かに勉強していると、突如隣から声が上がった。朱音だ。

 朱音の隣で現代文のプリントをやっていた私は、怪訝(けげん)そうな顔を朱音に向ける。

「は?」

「化学記号の覚え方でさ、あったじゃん!あたし、いまいち分かってなくてさ。誰か教えてよ」

 中学の頃、理科の授業で何度も見たそれを思い出す。途中から子守唄のようになって寝てしまう経験をしたが、少しだけ覚えている。

「あー、あたし中学の頃に見たよー。皆も見たんじゃない?」

「見た見た!途中から寝ちゃうよね!」

「水平リーベ、な!」

 皆も思い出したように当時の事を話し出す。

「水平リーベ、の所に記号が4つ。水素とヘリウムとー、リチウム! とベリリウム、だよ」

「おぉ!流石(さすが)ゆり!記号はどう書くの?」

「水素がエイチ、ヘリウムがエイチイー。リチウムがエルアイ、ベリリウムがビーイー」

 紙に書きながら教えると、自習ノートに書き写す朱音。

「続きは?」

「……自分で調べろ!」

 言っときますけど、私は今日化学の教科書を持ってきてないから! 化学の教科書開いてる朱音が自分で調べなさい!

「えー!?教えてよー!」

「ググれば出るよ!スマホで簡単に調べられるでしょ?」

 テーブルの上に置かれていた朱音のスマホを、朱音の手に乗せると再びプリントに目を戻す。 すると、渋々スマホを操作しだした朱音。正直にググったようだ。


 隣から同じフレーズが何度も何度も流れている中、同じ部屋にいる私達はそれをスルーしながら勉強していく。


 朱音の短い歌が終えると、何処からか良い匂いがしてきた。

「今日の朱音の夕飯はカレーか?」

 突然の声に皆して私を見てくる。

「匂いだけで分かったの?ゆり」

「うん、分かるでしょ。カレーは味も匂いも好きだから。皆好きでしょ?」

 さも当然のように言う私に、感心の声や反論の声が飛び交う。

「ゆり凄いね!ここから台所まで結構遠いよ?鼻がいいんだね!」

「ホントだよ!ゆり凄い!」

 それほどでもー。匂いに敏感なのかもね!

「ちょっとないわー、確かにカレーは独特の匂いがあるけど、ないわー」

「カレーは好きだけど、匂いまで把握出来なーい」

 日本人ならカレーの匂いぐらい分かるわ!カレーを侮辱するなー!

「カレー好きだからね!」

 私の好物ベスト5に入るカレーだぞ!


 カレーの匂いに誘われる前に朱音の家を出る。一緒に着いてきた朱音が駅まで送ってくれるそうだ。

「楽しかったねー」

「ねー、思いの外勉強も(はかど)ったしね!」

「ちょっと朱音の歌が五月蝿(うるさ)かったかなー」

「えー!あたしの美声に心が震えたでしょー?」

「耳だけが震えた」

「ん?どーいうこと?」

「つまり五月蝿かったって事」

「えー!」

 皆で笑いながら歩いていると駅に着いた。私と谷さんは同じ駅で降りる為、一緒に券を買う。

 各々に手を振って、各々の帰路に着く。



 電車の窓から見た空は雲がありものの、綺麗な夕暮れだった。

「ただいまー!」



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