2話「お願いしまーす」
私の朝は目覚ましで始まる。私のスマホのアラーム機能には平日用と休日用に2つのセットが組まれている。 それぞれ音楽は違い、今日の朝は女々しくて辛いらしい男性の声で目が覚めた。
2階にも聞こえるらしいアラーム音に時々苦情がくる。 どうにかしたいが、音を小さくすると起きるのが遅くなって、今度はお母さんから苦情がくる。 どうしたものか。
まだ重い瞼を擦りながら、アラームを止めると、ベッドを降りる。
忘れ物のチェックをして、いざ自転車に股がる。
私の家から学校までは少し遠い。自転車では30分ぐらいだが、徒歩だと1時間以上掛かるだろう。
「ゆり、これ忘れてる! 弁当!」
ペダルを漕ぐと同時に玄関からお母さんが慌てて出てくる。 出発しようとした私も慌てて弁当を受け取り、息を吐く。
危ない。急な出費に私の財布がカスカスになる所だった。
弁当をリュックに仕舞ってペダルに足を置く。
「いってきまーす」
無事学校に着いて駐輪場に行くと、幼馴染みの卜部が居た。 ついさっき来たのだろう、リュックの中身を整理していた。
「おはよー卜部」
「おー。はよ」
ぶっきらぼうに挨拶をする卜部。
殆どの生徒がもう来てるのか、自転車が多い。
停めずらさに少しイライラしながら自転車に鍵を掛ける。 学校の決まりだ。リュックの中身を整理してると、卜部が話し掛けてきた。
「茅野、軽音部入るってホント?」
「ん~? まだ決まってないけど、何で?」
何故部活の事を知ってたのかは置いといて、何故卜部がそんな質問してきたのかを問う。 整理を終え、教室に向かいながら話を進める。
「なんか岩下から昨日の夜メールが来てさ、そんな内容だったから」
「何でモトまで知ってんの?」
卜部が言った岩下という人物は、同じ中学の誼で仲良くなった1人。 家が貧乏なせいで虐められていたらしいが、部活の同輩のお陰であだ名を呼ぶぐらい仲良くなった。 私は、名前の「元春」から「モト」と呼んでいる。
「何か、昨日の放課後、用事があって帰る時間ちょっと遅くなったらしい。 その時に教室の前通ったら聞こえたんだと。……あのさ、もし軽音に入らないとしたらさ、野球部のマネージャーとかどうよ?」
「え……ん~、考えとくよ」
騒がしい教室に入ると、もう殆どの生徒が来ていた。時計を見ると1時間目が始まる10分前。
卜部が自分の席に行ったので、私も席に着く。
リュックの中身を出しながら、1時間目が現代文だったのを思い出す。
「おはよー!」
現代文の教科書を出していると朱音が駆け寄ってきた。
「おはよう、モモと梓は?」
「向こうで昨日のプリントやってる」
朱音が指した先では、梓の机で2人が一生懸命朱音のやってきたプリントを写していた。
「ゆりはもう昨日のプリント終わってるの?」
「あー。うん終わってるよ、ホラ」
朱音が言ってるプリントとは、昨日の現代文で渡されたプリントだろう。 私は、帰ってすぐにやったから終わっていた。それを示す為、ファイルから取り出して見せる。 朱音が「流石ー」とか行ってるけど当然だからね? 学生の本文は勉強だからね?
朱音と話してたらチャイムが鳴った。同時にモモが帰って来て席に着いた。と思ったら、すぐ後ろを向いてきた。
「ゆり助けて、あと3問書けてない」
おいおい、あと3問ぐらい自分で解きなさいよ。
なんて思ってもモモの泣きそうな顔を見ると、結局貸しちゃうんだよね。 はぁ、さっきまで泣きそうな顔してた癖に、貸すとめっちゃ笑顔になるんだから。あんたそれでもお姉ちゃんなの?って言いたくなる。
数分後、返ってきたプリントには付箋が付いていて、感謝の言葉が書かれていた。 まぁ、今回は許すか。昨日仇を取ってくれた事に免じよう。
4時間目が終わる頃には、皆もお腹が減ったのか、いつもの数学より少し静かだったと思う。 私的には、静かな時にお腹の音が鳴ったらめっちゃ恥ずかしいから、出来れば騒いで欲しかった。
腹が減っては戦は出来ぬ。腹が減っては体育は出来ぬ、という事で早速弁当だ!
ロッカーに近い窓側に机を並べたり、椅子だけを移動して陣取るように弁当を食べる。
ふと、横で食べてた中庭さんに目を向ける。 近くのコンビニで買ってきたであろうおにぎりを貪るように食べる中庭さんを見ていると、何故かぶりッ子キャラで話し掛けてきた。
「やだーやめてよーゆり、見ないでー。私の大きな口見ないでー恥ずかしー」
突然のキャラ変に戸惑った私は、箸を持つ手を止める。
「あにぁ?!」
突然だった。何故だ、中庭さん。何故いきなり胸を揉んだ?! 大きな口見られたから? だからなの? だから、私の胸を揉んだの? ねぇなんで?!
「ほぉほぉ、ゆりも結構あるね」
胸の前で腕を組むようにガードする。
あぁ、きっと今顔赤いだろうな。でも、どーしよう。友達とはいえ胸を揉まれた。もうお嫁に行けない……
てか、何故か中庭さんに感想聞いてる谷さんがいるだけど。そこは聞くなよ。 中庭さんも、手の揉み具合で大きさを公表するな! 何が「柔らかかった」だ! こっちはお嫁に行けない可能性があんだぞ!
俯いてそんな事を考えてたら、誰かが肩を叩いてきた。
「ゆり、心配しないで。あたしも前にやられたから」
朱音だった。 色々と戸惑っていた私に朱音は頷いた。私の気持ちが分かるのだろうか。 私と朱音は熱い抱擁を交わした。
教室だという事を思い出したのはそれから数分後。数分間抱き合っていた私と朱音は心優しい梓によって安全な場所へ移動された。 それからは中庭さんの攻撃も無く、無事に弁当を食べ終えた。私の胸は守られたのだった。
今は授業中のはずだ。現に、太っちょの先生が教壇に立って、黒板に文を書いている。
しかし、前の席のモモも、隣の席の中庭さんも。 何故か私の周りの席は、皆頭を下げている。何故に?
何。私の為に頭を下げて黒板が見えるようにしてくれてるの?違うよね? ちょっとー?
モモの背中をツンツンつつくが、微動だにしない。それはつまり寝ているということだ。
6時間目の化学の授業が眠くなってしまうのは分かる。 私も先週寝た記憶がある。 先生の声を聞いていたら眠くなるのも分かるけど、少し耐えよう?
大体この授業終わったら学校も終わりだぞ! 最後だからって気を抜くなぁ! 最後だからこそ頑張れよ! 言っときますけど、学生の本文はべん……
キーンコーンカーンコーン
えぇ?! なんでこのタイミング!? 私良い事言おうとしてたのに!
何その勉強してましたよアピール! 私は見たからな! 寝てたの見てたからなぁ!
「ゆり、何してんの?」
授業態度に対して思い思いに心の中で愚痴ってたら、朱音が話し掛けてきた。
「朱音、寝てたでしょ!」
「あ、あははー。いやーなんか気付いたら終わってたねー」
「どーしったのーっ?」
朱音と話していたら、モモが両肩を叩きながら話に入ってきた。
「モモ寝てたでしょ!」
肩に乗っているモモの手を押さえてモモに問う。
「うん、寝てたー」
即認めたし! モモが笑いながら言い訳を話す。
うん、お腹が満たされたら眠くなるのは分かるよ。 で?気付いたら寝てて? でチャイムで起きて?寝てたんだと分かったと?
「だまらっしゃい! 言い訳無用! 駄目だよ、寝てちゃ! 化学のノートはテスト後に集めるって岩木先生言ってたじゃん!」
「大丈夫! 提出前にゆりのノートを写すから! だから貸してねっ」
「あ、じゃぁ、あたしも」
はぁ、この人達に言っても無駄だって事ね。
「……分かった。でも順番ね、その時は言って」
わーい!と朱音とモモはハイタッチをする。
「あ、それうちもいい?」
いきなり梓が話に入ってきた。
「うん、いいよ」
「じゃぁ、私もー」
「うちにもお願いしまーす」
「ゆりー、あたしもー」
「ゆりー、貸してー」
うわっ! 私達の話を聞いていたのか。谷さんと中庭さんに遥に三宅さんまで! あんたら本当に何で寝てたんだよ! てか、最後に言った三宅さんはもうノート使う気?!
「え、待ってよ! そんなに一気に言われたら分かんなくなる! 三宅さんはもうノート写すの?」
「うん。駄目?」
うっ!? ……何故そんなに皆して甘えるのが上手いんだ。 そんなに目を潤ませて、女のはずの私も一瞬ドキッとしたじゃないか。
開きっぱなしだったノートを閉じる。
「はい、どうぞ」
ノートを渡した瞬間、見えていた涙が引っ込んだのは気のせいだろうか。 可愛らしい笑顔で「ありがとー」だなんて言って、自分の席に戻っていった。
帰りのホームルームを終え、教室の掃除が終わるのを待っていると、三宅さんと男子生徒が尋ねてきた。
「ゆりー。菅谷も貸してほしいって言うんだけど、良い?」
「あー。うんいいよ」
「ありがとう茅野さん、終わったら返すね」
私の返事に、2人は一緒に部活に行った。仲の良い2人は弓道部に入ってるいるらしい。
「ゆりお待たせ、行こー」
2人が消えていった場所を見ながら部活の事を考えていたら、掃除を終えた朱音が来た。
これから私と朱音は、昨日話していた軽音部の部活見学をしに行く。
朱音は元から軽音部が気になっていたらしい。高校デビューでギターを趣味としてやり始めたと言っていた。 その話を聞いて、私もやってみようかなと思い始めた。でも、ギターって結構金掛かるだろうな。
昨日とは違って、生徒が沢山いる廊下を歩く。
「朱音、ギター買う時何円した?」
「えー? うちの場合安いのにしたよ。 10万弱ぐらいの。でも、安いと弦とかが切れやすいんだって。 まぁ弦だけでもあまりお金掛からないよ。何? ギター買うの?」
何故か私がギターを買う事が分かると、凄い笑顔になった。仲間が増えて嬉しいのだろうか。 ニコニコしながら歩く朱音はちょっと不気味だった。
「ここだよ」
朱音が足を止めて見上げた。それに釣られて私も見上げる。
真っ白い建物は校舎より少し小さく、2階建てなのかなと思った。 玄関でスリッパに履き替えてすぐ近くの階段を上っていく。
昨日、少しだけ話題になった場所だ。確かー、何とかハウスみたいな?
「セミナーハウスー♪」
そうだ。セミナーハウス。
軽音部の部室は和室仕様になっているらしい。上った階段のすぐ横にそれはあった。 扉は引き戸になっていて、朱音がそれを開ける。 4人分のスリッパが綺麗に並べてあった。引き戸の音に、中の人達が一斉にこちらを向いた。
「こんにちわー! 部活見学に来ました!」