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28話「かわいーなぁー」




 警察の人達がよくやる聞き込み。それを学校内でやっている私は、少しだけ警察になった気分でいた。

 お気に入りのメモ帳とシャーペンを手にしながら3年生の先輩に聞く。

「じゃぁ、その人が来た時間とかって分かりますか?」

「彼は大体、7時40分頃に来るみたいよ。私も8前には来るけど、いつも私より早いから何時頃に来てるのかなって思って、前に聞いたのよ。そしたらそう言ってたわ」

 メモしながら先輩の話を聞く。

「ありがとうございました」

 話を終えた先輩に礼をして歩き出す。 

「今の所、3年2組の先輩が来るの早いね」

 一緒に聞き込みをしていた梓が、私のメモ帳を覗きこんで口を開く。

「うん、でも谷さんよりは遅いよ」

 谷さんよりも遅い時点で犯人ではない。



 その後、3年生の全クラスを回って聞き込みをした。結果、1人だけ谷さんより早く登校していた生徒が居た。

「何て読むの?」

牧原立樹(まきはらたつき)、これくらい読めなきゃヤバいよ、モモ」

 梓の言葉にモモが笑って誤魔化す。

牧原(まきはら)先輩は、2年2組。野球部に所属していて、最近まではセカンドを任されていたらしいよ」

「最近?って」

 朱音の短い質問に、話をした中庭さんは頷いて話を続ける。

「うん、スタメンから外されたらしい」

 中庭さんの話を聞いてある話を思い出した私は皆に聞こえるように話す。

「そういえば、卜部がこの間スタメンにセカンドとして選ばれたって言ってた」

 牧原先輩は卜部にスタメンを取られる形になる訳だ。


 私達に続いてフラワー店の店長から聞き出した事を報告する。

「フラワー店の店長に聞いた所、5時に起きて朝ご飯食べたり、店の準備をしたみたいだよ」

「あ、4時から6時までの2時間で校門や裏門からの出入りは見てないらしいよ」

「店長さんが言うにはね、6時過ぎ頃から校門に入っていく男子生徒を何人か見たって言ってたね」

「多分、それは野球部員だと思うよ」

 一緒に調べてきた4人が順番に聞いた事を話す。



――考えた結果、野球部員が怪しい。特にスタメンじゃない人。候補を出すと、牧原先輩と石田先輩と山田君と村山君の4人。 しかし、山田君は朝練に出なかったらしく、山上達と一緒に登校してきたらしい。 そうなったら容疑者は3人に絞られる。一体誰なんだ?――



 薄く朱色に染まっている空を見ながらグラウンドに歩いていると、野球部員の掛け声が聞こえてくる。 広いグラウンドには、野球部員とは逆の方向にサッカー部員が居た。

「牧原先輩は何処にいるの?」

 目線だけをサッカー部に移しながら歩いていると、モモが野球部員を眺めながら言った。モモの言葉に皆して野球部員を眺める。


 グラウンドで野球部の様子を見ていると見知った人物を見つける。

「卜部ー、牧原先輩って今何処にいるか分かる?」

 丁度バッティングを練習していた卜部を見つけた私達は、牧原先輩の居場所を聞く。

「おー茅野!えー?牧原先輩?…確か、部室でボール磨いてたぞ?」

 突然の私達の訪問に驚いた卜部だが、天を仰ぐように考えてから私達に話す。

「ありがとー」

 卜部に軽く感謝してから皆で部室に向かう。


「これもうちょっと磨いて」

 部室の前に着いた私達は、少し開いているドアに手を置くと同時に中から聞こえてきた声に耳を澄ます。

「おう。はぁ、めんどくせぇな」

「しょうがないよ。替えられたのはちょっとムカついたけど、考えるとその分勝つかもしれないと思うし、良かったのかなって思うよ」

「けどよぉ、俺のポジションは1年に取られたんだぞ?ムカつくなぁ卜部の奴」

 どうやらめんどくさそうに言ってるのが牧原先輩のようだ。牧原先輩と普通に話しているのは、石田先輩だろう。 2人の声しか聞こえないという事は、山田君と村山君は黙々とボールを磨いているのだろう。良い心掛けだ、うん。


 ドアノブに触れていた中庭さんが、私達を見てからドアノブを握る。

「すみません!失礼します!牧原先輩は何処ですか?!」

 早口で言い切った中庭さんは、中に足を踏み入れて4人の野球部員を一人一人見ていく。

「は?何?お前ら?何処の部員?」

「何の用で来たのか分かりませんが、ドアは静かにお願いします、ビックリするんで。あとコイツが牧原です」

 サラッと言った石田先輩に牧原先輩が慌て出す。

「おまっ、何で言うんだよ!絶対コイツら俺の事好きじゃん!どうすんだよー、こんな一度に何人もに告白されたら俺、嬉しすぎて死にそうになる!」

「死ぬんじゃなくて死にそう(・・・・)になるんだ」

 変な事言い出した牧原先輩に冷静にツッコミを入れる石田先輩。 2年生がコントをやっている中、山田君と村山君はボール磨きに集中する。集中力凄いな。

 未だにコントをやっている2人の間に胃を決して入った私。

「牧原先輩!少し時間大丈夫ですか?話をしたいんですが」

 私の言葉に照れながらも答えた牧原先輩は、持っていたボールを石田先輩に預けて立ち上がる。


 部室を横切るように真っ直ぐ歩くと、プールの端に辿り着く。部活の休憩中にはここに来て涼むのが運動部の中で流行(はや)っているらしい。

「で、話って何?ちょっと困るなぁー、一気にこんなにされるなんて初めてだよ」

 私も初めてだよ。こんなに勘違いする人を見るの。そろそろ気付こう?

「言っときますけど、告白じゃないですからね!」

 浮かれている牧原先輩に、モモが声を荒げて言う。そんな風に言っちゃうとまた勘違いするから!ツンデレの子が頑張って告白しに来たと勘違いするから!

「かわいーなぁー」

 ほら!鼻の下が延びてんだよ!好きじゃねぇっつーの!



 野球部の声や、吹奏楽部を音が聞こえてくる中、私達は意を決した。

「牧原先輩、今日の朝、硝子ケースを割ったのは何でですか?」

 シリアス口調で話始めた中庭さん。

「は、何で知ってんだし!」

 突然の事に驚く牧原先輩。言葉からして割ったのは牧原先輩で確定だ。

「私達、調べましたから」

 中庭さんが凄く冷たい声で言う。

「…何でって、むしゃくしゃして殴ってたら割れたんだよ!折角貰ったポジションだったのにっ、1年に取られたんだ!むしゃくしゃするだろう!」

 私達に問い掛けるように声を荒げながら牧原先輩は言う。

「むしゃくしゃしたからって、殴るのはないと思います」

 谷さんが静かに話始めた。

「だって、殴ったりして手を怪我したら嫌じゃないですか。私も、中学の頃にバスケをやっていたので、そういった争いはありました。 私よりも上手い子なんか沢山居て、スタメンだった私も後に入った子に取られました。でも私は、殴ったりしませんでした! だって、殴ってる暇があったら練習したいですもん!」

 谷さんは当時を思い出すように話す。


 暫くの静寂に今度は私が口を開く。

「牧原先輩は殴ったって言いましたけど、手は怪我してないですよね?」

 何故か牧原先輩の手はどちらも綺麗で、絆創膏等は貼っていない。殴って割った筈なのに、手に怪我をしていないのはどう考えても可笑しい。

「あ、まぁ、俺も怪我するのは嫌だから、丁度持ってたグローブを着けて殴ってたんだ。そしたら、本当に割れて、怖くなって、逃げたんだ。ごめんなさい」

 牧原先輩は私達に礼をする。

「牧原先輩、謝る相手間違ってますよ。するなら職員室行ってやってください」

 少し強く言った私に牧原先輩は握手をせがんで来た。戸惑いながらも少し手を出すと、牧原先輩はそれを手に取ってブンブン振り回す。 私だけじゃなく、皆とも握手した牧原先輩は、そのまま職員室へと走って行ってしまった。


 野球部の声も吹奏楽部の音も聞こえなくなった。

「チャラい人だったね」

「ね」

 牧原先輩の走って行った後を見詰めながら私と梓は話す。

「まぁ、楽しかったし、いっかぁ、ね!」

「そうだね、これでテストも頑張れるんじゃない?ね?朱音?」

 梓は後ろを見ながら朱音に問い掛ける。それに反応するようにビクつくのが3人――朱音とモモと谷さん。


 歩いてきた道を戻りながら会話を楽しむ。

「あと3日後ですぜ、朱音さーん。勉強、してますかぃ?」

「し、してますぜぇ?そりゃ、しますぜぇ?」

「何せ、あと3日しかないですからねぇ?」

 梓と一緒に歩く後ろで、朱音が中庭さんと三宅さんに襲われている。それを無視しながら梓と話す。

「牧原先輩、どうなるんだろうね?」

「さぁ?どうでもいいよ。そんな事より、ゆりは勉強してる?」

「してますぜぇ?!」

「何その明らかな動揺」

「やだなぁ、梓。この私が勉強をサボる訳ないじゃなーい」

「ならいいけど」

 何で先生達が音を聞かなかったのかは、後に分かった。牧原先輩は知っていたのだ。偶々、全先生が職員室を開けるタイミングを。


――探偵ごっこもたまにはあり、っと。――




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