26話「……なんかごめん」
朝、自転車で登校してきた私は、ブレザーを手に持ちながら昇降口でシューズに履き替える。
昇降口の前には校長がお気に入りの壺の一部が硝子ケースに飾られている。普段、生徒の殆どは見向きもせずに通るその場所に生徒が群がっていた。
なんだなんだ?と外から中心となっている部分を覗こうとしたが無理だった。逆にどんだけの生徒が集まっているのか、と思いよく見ると見知っている人物もその中にいた。
「あーかねー、何してんのー?」
中々進んでいない朱音の背中に声をぶつける。
「あ、ゆり!おはよー!うちも良く分かんない……進めないし……」
そう言う朱音は思い出したようにモモ達を呼ぶ。
生徒が群がっている所から何とか抜け出して、モモと梓に聞いてみた。小柄なモモが中心部手前まで潜り込めたらしく、簡単に説明をしてくれた。
「何か、壺を飾ってた所の硝子が割れてるの」
「最初に見つけたのは谷みたいだよ」
付け足すように説明をした梓はそのまま階段を上っていく。
――事件です!現場は、昇降口前の校長お気に入りの壺を飾っていた硝子ケースです。それでは、最初に割れてるのを見つけた谷さんに話を聴いてみましょう。――
いつもは騒がしい教室には生徒があまりいなかった。きっと昇降口前に群がっていた生徒の中にクラスメイトもいたのだろう。
谷さんは自席でスマホを操作していた。
「谷さんが最初に見つけたんだ?」
リュックを机に置いた私達は、時間になってもチャイムがならないことに違和感を覚えながら、谷さんの席まで移動して聞いてみた。
「あぁ、うん。普通に、7時半頃に学校来てシューズに履き替えてたら、視界の端で何かが光って、何だろうって取りに行こうとしたの。 そしたら昇降口の硝子ケースが割れてたの!最初は誰かが間違って割っちゃったのかと思ったんだけど、そう言った物も無かったし、私が言った事で先生達も知ったみたいで……」
――フムフム、なるほど
谷さんの話を聞いていると、私達の近くに寄ってきた卜部。
「そういえば俺、朝練で谷口より早く学校に来たんだ! 校舎内には入ってないから、その時点でもう割れてるかどうかは知らない。 でも俺、見たぞ?谷口より先に校内に入っていった生徒」
「うっそ?!」
卜部からの衝撃発言に私達は驚いた。一番驚いたのは谷さんだった。
「ホントホント!確か、ズボン履いてたから男だと思う」
その時見た格好を思い出しながら話す卜部。
――新事実発覚!なんと!谷さんより先に校舎内に入っていった男子生徒が居た!つまり、その人が硝子を割った犯人の可能性が出てきた!一体、硝子を割ったのは誰なのか?――
チャイムは未だになっていないが、時間は過ぎているので自席に座る私マジ真面目。
「みんなぁー、1時間目自習だってー」
硝子ケースの謎を頭の隅に置いて、このまま学校休みになんねぇかな?と考えていると、学級委員の坂本君が大声で呼び掛けた。
休校にはならないらしい。
先生が居ない1時間目を梓と話ながら過ごす。話題はやっぱり硝子ケースの謎だった。
「でもホント、誰なんだろうね?硝子割ったの」
「ホントね、でも卜部が言ってたその男子生徒が割ったってのが考えられるよね」
「うん確かに。でももしさ、その男子生徒が2年生だったら?普通は通る時に気付くそれが気付かない可能性もあるよ?」
梓は、考えるポーズをしながら可能性の話をする。
「え、なんで?」
意味が分からない私は、梓の考えを聞く。
「硝子ケースがあるのは丁度2年生の下駄箱の前でしょ?でも硝子ケースと下駄箱の間には太い柱があるじゃん?それが死角になって割ってある硝子ケースに気付かずに行く事もあり得る話だと思うんだけど…」
確かに。丁度2年生の下駄箱の前には太い柱が建ってある。
「でも、だからって気付かずに行く事は出来ないんじゃね?その太い柱は2年生の下駄箱側に建ってる訳だから、階段を登る時とか職員室の前を通る時に少しでも気付くでしょ」
私の考えに梓は黙り込んでしまった。
硝子ケースの謎が難しくて、使わない紙の裏に絵を描いてみる。
「谷口ーちょっと職員室来てくれー」
梓はスマホを操作していた。
担任の先生が教室に入って谷さんを呼び掛ける。呼ばれた谷さんはスマホを仕舞って先生の後を着いていくように教室を出ていった。
「事情聴取ってやつかな?」
谷さんが出ていった所を見ながら梓に聞く。
「警察のね。何をそんなにワクワクしてんの?」
呆れたように私を見てくる梓。
「いやぁー、マジで探偵してるみたいだね!」
別に探偵気取りで事件解決しないけど、こういった謎の事件が起こると、探偵気取りに現場見たり、第一発見者に当時の説明を聞いたりしちゃうのはなんでだろうね。
ドラマで見すぎて憧れるのは私の他にもいるだろう。
「こんなヘラヘラした探偵いるのかな?」
やっぱりこんな事しない方が良いのかな?そうだよね、私みたいなヘラヘラした頭の悪そうなのが事件解決なんか無理だよね。
「……なんかごめん」
小さい声だったが、梓が何かに謝ったのが分かった。
その後、午前中の授業は終わり、今はお昼休み。
「そういえば谷さん、1時間目の時、職員室で何か聞かれた?」
私の机には、近くで買った来たであろう袋が置かれている。中にはおにぎりが2つと小さいお菓子が1つ入っている。
1つのおにぎりにかぶり付く谷さんは私を見ながら咀嚼する。ある程度呑み込んだ谷さんは私に聞き返してきた。
「……ゆり、何か楽しそうだね?何かあった?」
「え、いや別に?」
突然の質問に私は戸惑いながらも答えると谷さんの言葉を待つ。
「んー、普通に、何時に来たのかとか、最初に見つけた時の様子は、とか?」
「ふーん、何て答えたの?」
谷さんがおにぎりを咀嚼しながら思い出すように天を向く。
「……えっとね、時間は、今朝ゆり達に教えた通りに言ったよ。見つけた時の様子としては、スマホで撮った写真を見せて、斜めになってるとか、ヒビも少し見えるとか言ったよ」
おにぎりを持っている手とは逆の手でスマホを操作して、私達にその時の写真を見せてくる。
食べる手を止めて画面を覗き込む。
「確かに、谷さんが言ったように斜めに割れてるね」
谷さんの言ったように斜めに割れている。今朝の群がりで良く見えなかったが、谷さんが見せてくれた写真を見せて貰って良く見ると、割れ方に不自然さを感じた。
「あ!ここ!ヒビだ!」
何が不自然なのか良く分からず、見せて貰った写真を凝視していると、私の耳元で誰かが大声で言った。
「おい朱音!うるせぇ!」
声の主を見て五月蝿い事を言うが、朱音は私の言葉など気にせずにスマホをタップして拡大させる。
「ほらここ!あ!ここも!」
ヒビ割れしている所を指差しながら朱音は教えていく。
不服だが、朱音の言っている事に間違いはない。薄くではあるが、確かにヒビが入っていた。
「何かで割ろうとしてヒビが入ったのかな?」
谷さんが見せてくれた写真を仕舞って、皆で食べながら話をする。
「何かね、あたしが最初に見つけた時は凶器になる物なかったんだけど、それを職員室で言ったら、先生達もまだ凶器は見つからないって言ってたよ」
思い出したように谷さんがサンドイッチを食べながら話す。
「そういえば私、今日の朝あそこ歩いてる時に硝子の欠片がシューズの溝にハマってさ、未だに取れないんだよね。誰か取ってよ」
中庭さんも思い出したように今朝の出来事を話す。中庭さんが見せてきたシューズの溝には、言った通りに硝子の欠片がハマっていた。
食べ終わった私は空いている椅子に座って、足を組んだままスマホを弄っていた。
「あ、ねぇねぇ!割れた硝子ケースの所行こうよ!」
モモの突然の提案に皆が一斉に固まった。
三宅さん、爪楊枝が中庭さんの足に刺さりそうだから気を付けて。
梓、ウインナー落としたよ。
朱音、ご飯粒が落ち続けてるよ。
谷さん、中庭さんが足を辛そうにしてるから、せめて下ろしてから固まって。
私のシューズが落ちた音で、皆が我に還ったように動き始める。
「モモが行きたいなら、私も行くよ」
弄っていたスマホを胸ポケットにしまった後、落ちてしまったシューズを履き直す。
「わーい、ゆり行こー?」
腕を組んで教室を出ていく。
――さぁ、現場検証です!――




